第14話 一夜
「ほら…しっかり歩け」
「んぁ…ごめん」
再び客室に戻った二人は、沓を脱いで雪崩れ込むように空いた寝台へと座り込む。そのまま暁八雲の体に寄り掛かってしまいそうになり、すぐに陽斗は起き上がって白福の寝ている寝台に向かった。しかし彼は居心地良さそうに大の字で爆睡しており、寝台の隅に寄せようとしたがすぐ寝相が悪くなってしまう。行燈の薄明りが恐怖を和らげたのだろう、遠雷くらいでは起きることなく、すっかり慣れたようだ。
「
「まぁ…猫だからな…」
「はは、違いない…雷で恐い思いしていなければいいよ」
何かをつまみ食いしている夢でも見ているのか、むにゃむにゃと口元が動いて嬉しそうな表情をしている。陽斗は苦笑しつつ、薄い掛け布団のようなものを被せてやり、彼とは同じ寝台で寝ることを諦めた。寝ている最中に蹴ったり蹴られたりするのを回避するために様々な策を考えたが、どれもピンと来なかった。
「…陽斗、こちらの寝台で寝るか」
「え?」
「言っただろう、おれは何処でだって眠れると」
「…なら、俺が壁際に寄るからシャオさんは反対側で寝なよ。俺だって言ったじゃん、疲れが取れないからシャオさんもここで寝るべきだ」
「なっ…こんな狭い場所にか」
「…別に男同士なんだから、そんなに気にすることないだろ?俺は友達と雑魚寝なんてしょっちゅうだった。狭くても平気だ」
陽斗は
「…行燈の火、消してくれよ…
「……ああ」
陽斗の背中越しに掠れた声で言葉を返すと、
「…やっぱりシャオさんの方がしっくりくるなぁ…」
「何が」
「…あんたと親しくなりたいけど、こう…一線を超えたらいけない気がするんだよ。
「そんなことを気にしていたのか?お前の言う、一線とは何だ」
「字で呼ぶの、限られた人だけなんだろ。親友とか、親とか…伴侶とか」
「既にお前もそのうちの一人だが」
「俺もいつかそうなれたら良いなって……え?」
「…いいから寝ろ」
陽斗は
「ちょっ…今のは…あ…そうだな、
寝返りを打つ衣擦れの音がして、陽斗は強く両目を瞑った。すると背中に手の平のような大きさのものが触れ、次第に全身が温かくなってくる。
「…ん…なんだこれ…あったかい」
「
「へぇ、そんなことまでできるんだね?さすが仙人!」
「…強い酒をあんな風に飲む奴を初めて見た」
「俺もあんなに強くて美味くない酒は初めて飲んだ。…匂いは良かったけど、強すぎだ」
「おまえは普段どんな酒を飲んでるんだ?」
「チューハイとかかなぁ。焼酎って酒を水とか果汁で割って飲むんだ。にほ…じゃなくて東瀛で造る酒、いつかシャオさんも飲んでみて欲しい。口に合うといいんだけど…」
「ああ……いずれその日がくるのを楽しみにしている」
「うん…その時はまた、一緒に…付き合ってくれ…」
次第に陽斗の声と意識が弱々しくなり、寝息が聞こえてくると横向きになっていた体勢が寝返りを打つ。
(…
傷ひとつない彼の頬に指先で触れ、食い入るように見つめる。彼を護ることで
しかしその顔は闇に紛れ、誰にも見られることはなく時間だけが過ぎていく。いつの間にか
× ×
寝息のような、穏やかな呼吸音が途切れ途切れに聞こえていた。
楽しい、と思っていた今までの道程が、霞んで消えてゆくのがわかる。
やけに息が苦しくなっているのは、自分が息をするのを躊躇していたから。過呼吸になるでもなく、心臓が痛い位に早鐘を打っている。
「なん、で…」
どうしてこうなったのかが分からない。しかし、自分は悲しいくらい非力なのが分かる。
ようやく陽斗たちが辿り着いた崑崙山で待ち受けていたもの。それは
先程まで笑いながら歩いていた。山道の険しさを痛感したものの、しかし
微かに唇を動かし、何かを伝えようとしている
『貴様にその名を封ずる覚悟はあるか、
「なんのことだよ……なんで…シャオさんがこんな目に…なんで俺はこんな光景を見せられてるんだ?訳が分からない!」
『…言いたいことはそれだけか』
「俺に何をしろって言うんだよ!俺は…あんたみたいに強くなれない…」
『…容易く折れてしまう
無理やり弾き出されたように遠のいていく意識の中で、自分ではない彼が何かを言っている。
【天……霊…名を……せ】
途切れ途切れに聞こえるその言葉は、何処か悲しげな音が込められていた。何故自分がこんな目に合わなければならないのだと、陽斗は半ば怒り任せにその名を叫ぶ。
「しっかりしろ!
「っ…?」
室内に大きな声が轟き、沈黙の後、エアコンの駆動音が低く唸るような音を立てていることに後になって気が付く。
そこは、陽斗と赤月八雲が初めて言葉を交わしたあのビジネスホテルだった。
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