第12話 変化

「…なんだか嫌な天気だな。雨が降ってきそうな空だ」

「今夜は野宿をやめておこう。この先に宿があった筈だから、そこに向かってくれ」

『うん、わかったよ。へへ、久しぶりに屋根のある場所で寝れる!』

「野宿は楽しいけど、雨の中では嫌だなぁ…」


 灰色の空を見上げ、青天目陽斗なばためはるとがやや不安そうにぽつりと漏らす。自分の背後に暁八雲シャオ・バーユウがいる安心感にすっかり慣れてしまったが、彼の言葉を信頼し安堵するのも確かだった。

 自分の先祖である天陽龍 テン・ヤンロンの肉体を借りて、彼と共に旅した軌跡を辿りながら、彼の優しさや頼もしい姿が眩しく見える。自分とは遥かにちがう、しかし何処か似ている暁八雲シャオ・バーユウと言う男は、正しく自分が理想としていた『古代中国の仙人』だった。出発時には下ろしていた長い黒髪を、今は天陽龍 テン・ヤンロンと同様髪紐で括り風に遊ばせている。

『うーん…髭がピリピリする…雷も近いよ』

「えっ、きみはそんなことも分かるの?」

『うん!なんたっておいらは霊獣だからな!』

「…あれ、この子は妖怪なんじゃ」

「しっ…まぁ、霊獣も修行を積んだ妖怪も似たような存在だから…気にしない方が良い」

 二人が密やかに会話しているのを聞いているのかいないのか、ふすふすと鼻先を鳴らし、白福 バイフーの歩く速度が次第に遅くなる。暁八雲シャオ・バーユウの言う通り、すぐ近くにはあまり派手ではない街並みが見えて、徐に動きが止まった。街の門から少し離れた場所に聳え立つ大木の影に入る。

「…どうしたの?」

「このままでは街に入れないだろう。一度白福 バイフーから降りて、奴を変化させないといけない」

「そうか、このままだとでっかいニャンコが」

『ねこって言うな!』

「おぉ…!【ニャンコ】って言葉は万国共通なんだな」

 白福 バイフーがムキになる様子に苦笑いを浮かべつつ、陽斗 《はると》は猫の額以上の面積がある額を撫でた。ゴロゴロと喉を鳴らしている姿は猫そのものではあるが、本人(?)は不服そうにニャンと鳴いている。

 二人共に白福 《 バイフー》から降りると暁八雲 《シャオ・バーユウ》が鐙と荷物を外し、白福 《 バイフー》のしっぽの付け根を手のひらで軽く叩く。三本のしっぽがすべて二倍に膨れ上がり、叩かれた弾みで垂直に飛び上がった白福 《 バイフー》は、陽斗が瞬く間に人間の姿へと変貌した。器用に空中で一回転してから着地し、しゃがみ込んでじっと陽斗を見つめている。陽斗の基準で言えば、小学四年生くらいの背格好に見えた。長い銀色のふさふさとした髪が腰まで伸び、衣服は身につけておらず全裸だ。暁八雲シャオ・バーユウが荷物の中から、子供の身の丈に合った黒い長衣と下穿きを取り出している。

「もーっ暁兄、いきなり叩くのやめてよ!」

「おまえが以前『おいらは驚かないと変化できないんだ!』と言ったからだ」

「あれ…そうだっけ?まぁ…いいや」

「おぉ!すごい!変化の術か!」

「そうだよ!へへ。修行をしてきて良かったぁ」

「まだまだ半人前だがな。猫の耳がはみ出てるぞ」

「あっ…!ちぇ、また失敗した」

 白福 《 バイフー》が自分の頭部から流れるように伸びる髪を掻き分ければ、毛量の多い銀髪の間から黒い猫耳の先端を覗かせている。陽斗が我慢できず指先で彼のその先端を指先で突くと、白福 《 バイフー》はせわしなく小刻みに耳を動かした。鼻の付け根と眉間の間に皺を寄せ、むっとした表情を浮かべている。陽斗は白福 《 バイフー》の思いがけない反応に悶絶し、わしゃわしゃと頭を撫でた。

「はぁ~!なんだこの生きもの!可愛いが過ぎるだろ!」

「やーめーろーよー!おいらはかっこいいんだ!」

「…じゃれていないで早く着替えろ」

 呆れたように声を低くする暁八雲シャオ・バーユウと、白福 バイフーの知らないにこやかな笑顔で頬やら手やらを握って来る天陽龍 テン・ヤンロンに手伝われ、上下ともに衣服を身につけるとようやく年相応の少年の姿となった。暁八雲シャオ・バーユウが荷物の中から櫛を取り出して伸び放題になっているぼさぼさの長い銀髪に通し、ひとつに纏めて自分の髪に巻いていた髪紐で括る。身綺麗にすると白福 《 バイフー》は自分の身体をあちらこちら見回して、仕舞い忘れたしっぽを長衣で隠した。結っていた髪が解けてしまった暁八雲 《シャオ・バーユウ》は同じ荷物の中から無骨な簪を取り出して、長い髪を器用に巻きつけ頭頂部で固定する。白福 《 バイフー》から降ろした荷物は手分けして持ち、三人は宿に向けて歩き出した。街の住人に何か言われたら、『義兄弟だ』と言うことで話しを示し合わせることにしていると暁八雲シャオ・バーユウは言う。しかし白福 《 バイフー》は兄弟と言うよりも天陽龍 《 テン・ヤンロン》の子供と言っても良さそうな年齢をしており、新たな肩書きを考えていた陽斗が何か閃いたように手を叩く。

「閃いた!『仙界を追われた修行中の王太子を拾い、息子として育てる道士と彼らを護る凄腕の護衛』ってのはどうだ?」

「…根拠は何だ。無ければ許可しない」

「なぁなぁおうたいしってうまいのか?」

「…うーん…なら、『かつて生き別れた息子とそっくりな妖怪を』」

「却下だ」

 どちらの案もすぐに却下されてしまった。

「…なんかいけそうな気がしたのに。ほら、この武器もそれっぽいだろ?」

「一体何処からその発想が出てくるんだ…それにその棍棒はおまえのものではない」

「なぁ、おうたいしって肉か!?魚か!」

「…人間なんだから一応は肉じゃないの…?」

「えー…やだ。人間はいらない。おいら魚がいい」

「ははっ、ぐうの音も出ねぇ。…それなら、おまえは俺の息子だな。んでシャオさんはこいつの叔父で、俺の…ご先祖さまの、親友」

 陽斗は残念がる素振りも見せず、へらへらと笑って二人に寄り添う。暁八雲シャオ・バーユウは隣に並ぶ彼に怪訝な表情を浮かべながらも、この奇妙な一団で行動することに何故か居心地の良さのようなものを感じていることに気が付いてしまった。まだ付き合い自体は短いものの、すっかり絆されてしまったのか知己としての天陽龍 テン・ヤンロンではなく彼の子孫だと言い張っている青天目陽斗なばためはるとに対しても、友でありたいと言う感情が芽生えている。しかしそれが果たして何時まで続けていられるのか、自分の知っている天陽龍 テン・ヤンロンに戻って欲しいのかそうでないのか、焦りと不安が絡み合う複雑な心境だった。

「……あ!雨、降ってきた!」

「まずい、急ぐぞ…白福 バイフーは先にいつもの場所へ向かってくれ」

 悪化していた空模様はとうとう泣き出してしまったかのように雨が降り出し、地面に細かい滲みができる。一足先に走り出す白福 バイフーから視線を離さず、それでも暁八雲シャオ・バーユウは自分の手を陽斗に差し出した。

「…陽斗」

「ん?」

「まだ全快ではないのだから、無理はするな。私の腕に掴まっておけ」

 ぶっきらぼうな言い方ではあるが、現代で会った赤月と同じようにやはり優しい。そんな彼に、陽斗は少し寂しさも感じながら嬉しくなった。

「…シャオさん…ほんとに優しい……イケメン…」

「何を訳の分からぬことを……いっ、言っておくが」

「分かってるよ。俺のご先祖様の身体だもん、俺だって無茶はできないさ」

 陽斗は差し出された手を素直に頼り、暁八雲 《シャオ・バーユウ》の腕に縋った。空いている手で棍棒を握り、杖のように地面に着ける。ゆっくりと、しかし気持ちは焦るままで宿に向かえば、宿の入口で嬉しそうに跳躍している白福 《 バイフー》の姿が見えた。

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