第12話 変化
「…なんだか嫌な天気だな。雨が降ってきそうな空だ」
「今夜は野宿をやめておこう。この先に宿があった筈だから、そこに向かってくれ」
『うん、わかったよ。へへ、久しぶりに屋根のある場所で寝れる!』
「野宿は楽しいけど、雨の中では嫌だなぁ…」
灰色の空を見上げ、
自分の先祖である
『うーん…髭がピリピリする…雷も近いよ』
「えっ、きみはそんなことも分かるの?」
『うん!なんたっておいらは霊獣だからな!』
「…あれ、この子は妖怪なんじゃ」
「しっ…まぁ、霊獣も修行を積んだ妖怪も似たような存在だから…気にしない方が良い」
二人が密やかに会話しているのを聞いているのかいないのか、ふすふすと鼻先を鳴らし、
「…どうしたの?」
「このままでは街に入れないだろう。
「そうか、このままだとでっかいニャンコが」
『ねこって言うな!』
「おぉ…!【ニャンコ】って言葉は万国共通なんだな」
二人共に白福 《 バイフー》から降りると暁八雲 《シャオ・バーユウ》が鐙と荷物を外し、白福 《 バイフー》のしっぽの付け根を手のひらで軽く叩く。三本のしっぽがすべて二倍に膨れ上がり、叩かれた弾みで垂直に飛び上がった白福 《 バイフー》は、陽斗が瞬く間に人間の姿へと変貌した。器用に空中で一回転してから着地し、しゃがみ込んでじっと陽斗を見つめている。陽斗の基準で言えば、小学四年生くらいの背格好に見えた。長い銀色のふさふさとした髪が腰まで伸び、衣服は身につけておらず全裸だ。
「もーっ暁兄、いきなり叩くのやめてよ!」
「おまえが以前『おいらは驚かないと変化できないんだ!』と言ったからだ」
「あれ…そうだっけ?まぁ…いいや」
「おぉ!すごい!変化の術か!」
「そうだよ!へへ。修行をしてきて良かったぁ」
「まだまだ半人前だがな。猫の耳がはみ出てるぞ」
「あっ…!ちぇ、また失敗した」
白福 《 バイフー》が自分の頭部から流れるように伸びる髪を掻き分ければ、毛量の多い銀髪の間から黒い猫耳の先端を覗かせている。陽斗が我慢できず指先で彼のその先端を指先で突くと、白福 《 バイフー》はせわしなく小刻みに耳を動かした。鼻の付け根と眉間の間に皺を寄せ、むっとした表情を浮かべている。陽斗は白福 《 バイフー》の思いがけない反応に悶絶し、わしゃわしゃと頭を撫でた。
「はぁ~!なんだこの生きもの!可愛いが過ぎるだろ!」
「やーめーろーよー!おいらはかっこいいんだ!」
「…じゃれていないで早く着替えろ」
呆れたように声を低くする
「閃いた!『仙界を追われた修行中の王太子を拾い、息子として育てる道士と彼らを護る凄腕の護衛』ってのはどうだ?」
「…根拠は何だ。無ければ許可しない」
「なぁなぁおうたいしってうまいのか?」
「…うーん…なら、『かつて生き別れた息子とそっくりな妖怪を』」
「却下だ」
どちらの案もすぐに却下されてしまった。
「…なんかいけそうな気がしたのに。ほら、この武器もそれっぽいだろ?」
「一体何処からその発想が出てくるんだ…それにその棍棒はおまえのものではない」
「なぁ、おうたいしって肉か!?魚か!」
「…人間なんだから一応は肉じゃないの…?」
「えー…やだ。人間はいらない。おいら魚がいい」
「ははっ、ぐうの音も出ねぇ。…それなら、おまえは俺の息子だな。んでシャオさんはこいつの叔父で、俺の…ご先祖さまの、親友」
陽斗は残念がる素振りも見せず、へらへらと笑って二人に寄り添う。
「……あ!雨、降ってきた!」
「まずい、急ぐぞ…
悪化していた空模様はとうとう泣き出してしまったかのように雨が降り出し、地面に細かい滲みができる。一足先に走り出す
「…陽斗」
「ん?」
「まだ全快ではないのだから、無理はするな。私の腕に掴まっておけ」
ぶっきらぼうな言い方ではあるが、現代で会った赤月と同じようにやはり優しい。そんな彼に、陽斗は少し寂しさも感じながら嬉しくなった。
「…シャオさん…ほんとに優しい……イケメン…」
「何を訳の分からぬことを……いっ、言っておくが」
「分かってるよ。俺のご先祖様の身体だもん、俺だって無茶はできないさ」
陽斗は差し出された手を素直に頼り、暁八雲 《シャオ・バーユウ》の腕に縋った。空いている手で棍棒を握り、杖のように地面に着ける。ゆっくりと、しかし気持ちは焦るままで宿に向かえば、宿の入口で嬉しそうに跳躍している白福 《 バイフー》の姿が見えた。
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