第6話 知己
「なぁ、僕が操られたことと関係あるんだろ?何を隠してるんだ?」
「隠してる訳じゃない、ただ…口で伝えるには難しいし、簡単には信じられない事なんだよ」
「
「陽斗を助ける。陽斗が何か抱えている時はそうするって決めてるから」
先程までの気弱な表情とは打って変わり、彰人はまっすぐ赤月を見つめてそう言葉を返した。現役で大学入学した彰人は、同級生である陽斗よりも実年齢は年下である。しかしその意志は、何よりも強固なもののように思えた。赤月は小さく溜めた息を吐き出し、どのようにすべきか悩んだ。
本来ならば真実を部外者に伝えた場合、リスクの方が大きい。何かあった場合陽斗も彰人も守りきれず、傷つける可能性すらある。相手が誰にせよ、陽斗に害を為す者が居るのは確かであった。そして、相手はただの人間ではないことも予想がついている。
「…真実を知りたいのならば、相応の覚悟が必要だ。知った後は元に戻ることができない。命の危険もあるだろう」
「
「あのなぁ陽斗、もう既に僕は巻き込まれてるよ。僕にも何で自分が操られたか知る権利くらいあるだろ?」
「……」
「もう一度聞く。…全てを知る覚悟があるか」
「ある。あと、命の危険ってのは何度となく経験したから…自分の身は自分で護るよ。できるだけ」
彰人は即答して頷き、何かを覚悟したかのように下唇を噛み締めた
このやりとりを見聞きするのは陽斗にとって二度目だが、あの衝撃は今でも忘れることができないでいる。それに親友が耐えられるかは分からないが、陽斗自身自分の出自を黙ったままでいることはできなかった。
「…もしかして、彰人も記憶の中に連れて行くの?」
「否…その記憶に関わる者がいなければ連れて行けないから、それは難しくなる」
「なら、俺も一緒に行く。…俺のご先祖の話をもっと知りたいし、彰人なら知ってもきっと驚かない…と思う」
「…全てを知る覚悟はできたけど、随分年季の入った話になりそうだね」
「そりゃもう、五千年前?の話だからな…」
普通ならばありえないと一蹴されてしまう年月の経過に、陽斗もその覚悟だったが彰人はただ興味深そうに聞き入っていた。そしてその先を促すように、陽斗と赤月を交互に見遣る。
陽斗は赤月と視線を交わし、何か覚悟したかのように「わかったよ」と一言だけ返した
「…陽斗は私の手を握れ。彰人は陽斗の肩にしがみつけ。振り落とされるなよ」
「ああ…こうなったら、例え火の中水の中……っ!」
彰人は陽斗の肩にしがみつき、陽斗は肘を曲げて赤月と手の平を合わせ、きつく指先を握り込めた。
「歯を食いしばれ、目を瞑れ!
目を瞑った瞬間、眩い閃光が脳裏に焼き付きそうになる。二人は赤月に言われた通り歯を食いしばった。二度目でも慣れない感覚に眩暈を起こしそうになりつつ、陽斗は両足を踏みしめ地面の砂を踏んだ。
× × ×
「……」
頬に当たる風の冷たさに、ここが屋内であることを忘れてしまいそうになる。この場に居る筈なのにいない、そんな矛盾した感覚に、陽斗は未だに慣れないでいた。恐る恐る瞼を開き、見慣れない景色に眉を潜めた彰人は小さく唸り声を上げた。陽斗の表情は伺い知れないが、向かい合わせになっている赤月の雰囲気が違うことに気がつく。
「…ここ、どこ?」
「私の記憶の中の──
陽斗は悲鳴を上げ、急ぎ辺りを見渡した。初めて見た
「こうこ…?」
「広い世の中、世間って意味だよ。武侠でよく聞く言葉だ…
「あぁ、陽斗が好きな奴…。ジャンプして宙に浮いたり、なんとか破みたいな技が出てくるアレな…」
「おまえ馬鹿にしてるだろ」
「しっ、してないよ!散々好きだって言ってたドラマの元になった時代だろ?それにしても、ここに何があるんだ?それにあいつ…赤月さん…?」
「…黙って見ていろ」
三人は街中の人々からは視認されておらず、触れても透けて通り過ぎるだけだ。慌てて手を離しそうになった彰人に「絶対に手を離すな」と釘を刺し、
客桟から出てくる人々を値踏みするように見比べ、まるで特定の誰かを探しているようだ。
間もなくして二人組の男が出てくると、陽斗と彰人は目を見張った。
ひとりは目の前にいる男、
「あれ、なんとなく陽斗に似てる…」
「ひとりは陽斗の先祖だ。
「なるほど、時代が進めばそうもなるか…!俺の御先祖が侠客…へへ…」
「…赤月さん、それ本気で言ってる?」
「ほらやっぱり疑ってるし…俺のご先祖さまは術を使う仙人や剣に生きる侠客だって言ったらやっぱり信じられないだろ」
「…そうじゃない、もうひとり"いる"んだ」
彰人が何か言い掛けた途端、彼の指が陽斗の肩をきつく握った。指が喰い込み痛むくらいの握力に、陽斗が苦悶の表情を浮かべる。
「彰人!」
『心配しないで。彼は消えたりしないから』
まるで上空から聞こえてくるような女の声に、陽斗は顔面蒼白になる。
「…貴様…何が目的だ」
『そんな怖い顔しないでよ。昔馴染みでしょう?…
「何で…さつき先生が…」
何度聴いても聞き覚えのある声に、陽斗の顔は更に青ざめる。名を呼んだ人物が近くにいないか、くまなく視線で探した。しかし彰人の姿も、声の主の姿も見当たらない。その声は空の上からのような、すぐ背後から聞こえるかのような薄気味悪さがあった。
『陽斗!俺は大丈夫だ…!』
『霧谷くんはあたしの生徒だから、講義に遅れないよう呼びに来たのよ。ただ、それだけ』
「女狐が!やはり彰人を操ったのは貴様か」
「八雲、何か知ってるの?」
『はい、質問はおしまい。時間だからそろそろ行くわね。…青天目くん』
「はっ、はい…」
『お休みの連絡は聞いてるわ。あと、急にお邪魔してごめんなさいね。…
「…は?それはどういう…」
陽斗の声に返される言葉はなく、ぶつんと何かが途切れるような音が耳の奥で聞こえた。それと時を同じくして、すぐ側にいる赤月の姿が視界の先でぐにゃりと曲がる。彼が自分の名前を必死に呼んでいるのが分かった。
赤月が自分から絶対に離れるな、と言った理由をがようやく分かった気がするが、時すでに遅かった。
陽斗が伸ばした手は、ただ空を掴んでいた。
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