第4話 先生の残り香。

「なんでお前が」

 手渡されたあの日のわら半紙の感想文の紙切れ。クリアファイルにじられたままで、まるで時間が止まっているかのようだ。

「お義姉ねえちゃんの部屋にあったの。やめちゃった。演劇部」

 おどけてくるりと体を回す。まるで舞のように。煙に巻くような態度。学年を代表する陽キャ女子、諏訪初佳の完コピで現れたかと思えば、先生の従姉妹だといい、その手には証拠ともいえる、あの日のわら半紙の感想文のじられたクリアファイルと、演劇部を退部したという謎主張。

「なんで」

 この場合、なんで海野さんがこのわら半紙を持っているのかであって、それは親同士が再婚したからだということはわかる。なので少なくとも、この答えを求めたものではない。

「ん……演劇の方向性の違い、かな?」

 海野さんが演劇部を辞めた理由は申し訳ないけど、興味ない。彼女が演劇部だったことも、やめたことも今の今まで知らなかった。でも、気になることがあった。

「なにが『だから』なんだ?」

「だから、あったから。その紙。お義姉ねえちゃんの部屋に」

 堂々巡どうどう

「ん……わかりやすく説明できない? 海野さん、現国の成績悪いだろ」

「はっ⁉ 5段階で3ですが⁉ な、な、なにか問題でも⁉」

 えっと……3は並ですが。あっ、並だから成績悪いって言われてムッとしたわけか。いや、本当に成績の話がしたいんじゃなくて、説明力、理解力共にゼロだろ。


「じゃなくて、なんて言うんだろ……じゃあ、これでどう? お前――君が演劇部を辞めたのと、先生とはよくわからない家族関係。その先生の部屋でこの紙切れを見つけたとして、それが俺に何の関係がある? あと――初佳もとかのマネをした理由がわからない」

 さすがに、お前はマズいかと思い、君に修正した。俺的には現段階では「君」の方が「お前」より距離がある。それはつまり、俺は目の前の海野岬を警戒している。


「長文ね……君、モテないでしょ?」

 大きなお世話だ。それをいうなら、君も変わらない。フリマのように商品を広げ過ぎて、どれに手を出していいかわからない。

 モテる女子はこんな焦点の定まらない話題は振らない。少なくとも諏訪すわ初佳もとかはそうはしない。

「俺がモテないと最悪、仮定して海野さんが部活辞めたのと、このわら半紙はどう関係ある?」

 やっぱ、モテないんだという呟きはスルーしよう。話が前に進まない。これ以上は時間の無駄だ、俺は先生のわら半紙が気になるものの、帰ることも考え始めていた。


「そこ? 最初から言ってよ、もう……ウチの演劇部って知ってる? 知らないよね、もう小学校の学芸会のノリなの。楽しけりゃいいじゃない? 練習もそこそこ、準備もなあなあ。ノリでどうにかなる、みたいな感じ。それもわかるんだけど、私も今年で3年生だし、最後の文化祭くらい楽しいだけじゃなくて、ノリでドタバタなオチじゃなくて――真剣なのやりたい。真剣に自分を追い詰めるっていうのかなぁ、そういうのしたかった。例えるならウチの吹奏楽部みたいな感じ? 爪痕残したい……でもかく言う私も同じで。部活のみんなと。言葉にもしないで、具体的になにをどうしたいかなんてなかった。でも、生意気にもはある、どこにでもいる奴。に出会うまではね」

 そう言って俺の手にあった、例のわら半紙の感想文をひょいと取り上げた。


「書いてよ、脚本。君の言葉でお芝居したい。その話で文化祭に殴り込みを掛ける! 青春って感じしない⁉ あっ、とはいえ、無茶ぶりなのはわかってる。だから、題材は決めてるの『オフィーリアの独白』がいいなぁって。あとひとり芝居」

「オフィーリアの……独白? ひとり芝居?」

 芝居の脚本⁉ ひとり芝居は登場人物はもちろんひとり。じゃあ、ひとりだからと簡単なのかと言えばそうじゃない。そもそも、俺は脚本なんて書いたことはないし、先生と会えなくなってこの2年、書くことから遠ざかっていた。避けていた。

「そう! オフィーリアは、かのハムレットの婚約者よ、ハムレット知らない?」

「名前しか知らない」

 先生との日々で、文章を書く楽しさを知った。でも、それは先生が褒めてくれるから。褒めて欲しいから書いただけ。先生に近づきたいから本も読むようになったが、ハムレットは読んだことも、読む予定もない。理由は食わず嫌いというか、単純に難しそうだし、簡単な訳がない。


「君、才能あるよ。感想文ひとつでこれだけの熱量出せるんだから。それをお芝居にしてよ、原作はある。それを君の解釈で、言葉で思いで色付けして」

「才能なんてない」

「あると思う。少なくともで飛び出したお義姉ねえちゃんが、わざわざ届けて欲しいなんて言うのよ。2年もの間、君の感想文が花梨ちゃんを捕えて離さない。ただの人じゃない、国語教師よ。才能がないなんて言わせない」

「届けて……」

「うん。花梨ちゃん……ほとんど荷物持たないで出て行った。よっぽど嫌だったんだね、お母さんとの再婚。まぁ、今となればわかるけど……」

 海野さんと話せば話すほど、謎が増えていく。荷物を持たないで出て行くほど、嫌だったのか? いやそれ以前に、俺が知る望月先生がとった行動とは思えない。先生は常にほがらかで、冷静で凛としていた。そんな感じで家を出るような感情的な人じゃない。

 確かにお母さんの妹さんとお父さんが再婚。複雑ではあると思う。


「えっと……」

「あっ、ごめん。再婚の話は関係ないか。でも、えっと、関係なくもないの。おばさん、長患いの末に亡くなって……その間に花梨ちゃんのお父さんと、ウチのお母さんがみたいで、花梨ちゃんは再婚にはそんなに反対はしなかった。というか、れてた。だってそうじゃない、自分の奥さんが苦しんでるのに、その妹に手を出しちゃう人、それを許しちゃうお母さんなの。もう、言葉なんか通じないってあきらめてたのね。だから、せめて私が高校出るまで待ってって。でも、ふたりは聞かなくて」

 それで先生は実家を飛び出したと。その時期がわからない、だから何とも言い難いが先生はそんなこと何も言わなかった。そんな複雑な家庭環境、一生徒には言わないか。でも、悩んでる感じもしなかったのは、俺が先生に思いを寄せ過ぎて、何も見えてなかったからか。


「花梨ちゃんね、その……ほとんど何にも持たずに家出たんだ。バックに入るだけの服とか、仕事関係の物しか。今も残ってる。でね、連絡が来たの。久しぶりに、それで頼まれた。机の中にあるファイルだけ送って欲しいって。お姉ちゃんにとってはすっごく大切なものだったみたい」

 俺が書いたわら半紙の入ったクリアファイルを、そっと指でなぞり海野さんは目を閉じた。どこからか吹奏楽の音色が響いてきた。先生といた季節、部活棟でいつも聞いていた吹奏楽の音色が俺の鼻先に、今も先生の匂いを届けた気がした。


▢作者より▢

この一歩を共に歩んでくださり感謝。


アサガキタ。






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