第11話 嘘の匂い

2023年5月29日 午後10時45分


雨上がりの路地。所轄のベテラン刑事である俺、田島力也(タジマ リキヤ)は、封筒に入った裏金をスーツの内ポケットへ忍ばせ、蒸し返すアスファルトの匂いを吐息に混ぜた。


黒田への貸しが増えるほど、署の汚泥が自分の皮膚にまで沈着していくのを感じる。


もうこれ以上は呑めない。貸しは飽和しすぎた。俺は小さく舌打ちする。


そこへパーカーを羽織ったパジャマ姿の少女が、段ボール箱を抱えて通り過ぎた。


「はぁ、まったく、仕事増やしてくれるなよ」俺は安い笑みを貼り付け、少女の袖を掴む。ご時世柄、これだけでも胃が痛む。


「保護されたいのか? 未成年の深夜徘徊だぞ。署であったかい飯でも……」そう続けようとした時、少女は静かに手を振り払った。


「保護って言葉、何度噛み直しても嘘くさいよ」


囁きのような一言に、俺の眉間が痙攣する。


心のどこかで「こっちもやりたくてやってるんじゃない」と言い訳しながら、それを「仕事」という言葉で覆い隠す。


黒田に貸しを作り、裏金を懐にねじ込む自分の手を思い出すと、吐き気が込み上げた。今日も娘と約束した面会を反故にして、ここに来ている。やるせない。


続けようと口を開いた瞬間、少女の背後に立つ少年と目が合った。深緑のタータン柄のマフラー、その焦げ跡。少年は俺を見て、瞬きひとつしない。


あの冬、俺が見て見ぬふりをした少年だ。


俺はネクタイを締め直し、踵を返す。背中を向けると、安堵と後悔が同時に押し寄せた。


遠ざかる足音が水溜まりを跳ねさせ、嘘の匂いだけが路地に残る。黒田への貸しが膨らみすぎたこの仕事からは、もう降りられない。だが、あの目を前にすると、俺の中にわずかに残った良心が疼いた。

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