第10話 針がぶれた夜

ゴールデンウィークを越えた歌舞伎町の夜は、ようやく冬の硬さを脱ぎ、柔らかな湿気を帯びていた。だが、その暖かさは危うい。「家族」が増えるほど、闇は濃い影を引き連れて近づいてくる。


2023年5月29日 午後10時27分


トー横に敷かれたブルーシートの上では、二十数人分のコンビニパンと廃棄弁当が三列に並んでいる。少しがっしりした少年が人数を数え、黒いショートボブの少女は紙コップに白湯を注ぎ、どこか見覚えのあるハーフらしい少女は声を出せない代わりに指でテンポを取りながらテーブル代わりの段ボールを叩いていた。輪は目に見えて膨らみ、かつて寒さで肩を寄せ合った頃の密度は失われつつある。


輪が広がる。それは喜ばしいことのはずなのに、胸の奥に不安が沈殿する。目元にくまのある少年は広場の出口を無意識に見やり、白い腕章をつけたパトロール員の影を探しているようだった。だが、そこに立っていたのは警官ではない。


歌舞伎町の裏通り。ネオンサインの残光がドラム缶に浮かぶ。いわゆる半グレ組織〈呪死連合〉の幹部である俺、黒田は、潰した煙草を靴先で捻り消した。取り巻きが差し出すスマホの画面には、あの少年を中心に笑う子どもたちの写真が映っている。


「ふん、秩序を腐らせるウイルスか……。商品が逃げりゃ札束も逃げるってな」


俺は鼻で笑う。「抗生剤を打て」。それは殴打、脅迫、薬物の総称だ。


命令は短く鋭く、それで十分だった。その夜から「P(パペット)」と呼ばれる俺の部下が四人、トー横の出口に張り付くことになった。


俺は舌の裏で奥歯を押した。「あの冬の鍵と名簿、忘れたと思うなよ」

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