第八話「初めての優しさ」

 長い旅路の果て、僕たちはヴァイスハイト帝国の帝都に到着した。

 壮麗な城門をくぐり、壮大で美しい皇城へと馬車は進む。その全てが、僕の育った陰鬱な公爵邸とは比べ物にならないほど、光に満ちていた。


 そして、僕に与えられた部屋は、まるでおとぎ話に出てくる王子様の部屋のようだった。

 広々とした空間に、天蓋付きの大きなベッド。陽光が降り注ぐ大きな窓には、美しい刺繍の施されたカーテンがかかっている。調度品の一つ一つが、一流の職人による芸術品のようだった。


「ここでゆっくり休むといい。何か不自由があれば、すぐに侍従に言うんだ」


 ゼノンはそう言うと、僕の頭を優しく撫でた。その手つきに、子供のように安心してしまう。

 部屋に運ばれてきた食事は、温かくて、とても美味しかった。色とりどりの野菜、柔らかく煮込まれた肉、焼きたてのパン。こんなに心のこもった食事を食べたのは、いつぶりだろう。涙が出そうになるのを、必死でこらえた。

 ふかふかのベッドに体を横たえると、疲れもあってか、すぐに心地よい眠りに誘われる。悪夢を見ることなく、朝までぐっすり眠れたのは、本当に久しぶりのことだった。


 翌朝には、たくさんの美しい衣服が用意されていた。柔らかいシルクのシャツ、上質なウールのズボン。どれも僕の体のために仕立てられたものばかりだ。

 これまでの僕は、義兄のお下がりである、ぶかぶかで薄汚れた服しか与えられてこなかった。鏡に映る、綺麗な服を着た自分の姿が、まるで別人のように見える。


 ゼノンから与えられる、一つ一つの優しさ。

 温かい食事、ふかふかの寝台、美しい衣服。

 それは、当たり前のようでいて、僕にとっては今まで手にしたことのなかった、宝物のようなものばかりだった。

 虐待によって凍りついていた僕の心は、ゼノンの与えてくれる陽だまりのような優しさによって、少しずつ、ゆっくりと溶かされ始めていた。


「エリオット」


 ゼノンが僕の名前を呼ぶ声は、いつだって優しい。

 僕はまだ、この状況に戸惑い、彼のことをどう呼べばいいのかも分からないけれど。

 それでも、この人の側にいると、心が温かくなるのだけは、確かだった。

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