第七話「帝国への旅路」

 王都を離れ、ヴァイスハイト帝国へと向かう馬車の中は、驚くほど静かで快適だった。揺れをほとんど感じさせない最高級の馬車。内装にはビロードが張られ、柔らかなソファが設えられている。

 こんな贅沢な乗り物に乗るのは、もちろん初めてのことだった。


 僕の隣には、ゼノンが座っている。彼は時折、心配そうな顔で僕の様子を窺っては、「寒くないか」「気分は悪くないか」と声をかけてくれた。

 そして、その手には常に温かいミルクティーの入ったカップが握られている。


「……あの、皇太子殿下。もう大丈夫です。ご自分で……」


「ゼノンと呼べ。俺たちは、いずれ番になるんだ」


 そう言って、彼は僕の言葉を遮った。彼の金色の瞳が、真っ直ぐに僕を見つめている。その熱っぽい視線に、どうしていいか分からなくなる。


「それから、世話を焼かせるのを申し訳ないと思うな。お前を甘やかすのが、俺の喜びなんだ」


 こともなげにそう言ってのけるゼノンに、僕はただ顔を赤くするしかない。

 今まで受けてきた仕打ちとは真逆の、至れり尽くせりの待遇。全てが夢のようで、まだ現実感が伴わなかった。


 道中、ゼノンは僕の痩せた体に気づき、眉をひそめた。

「……ちゃんと食べていなかったのか」

「え……あ、いえ、そんなことは……」

 慌てて取り繕うが、食事のたびに僕の皿へ料理を取り分ける彼の様子からして、全く信じてはいないのだろう。

 僕が虐待されていたことを、彼は薄々感づいているのかもしれない。


 馬車が休憩のために停まった時、彼は僕を外の空気に触れさせようと、近くの草原へ連れ出してくれた。

 そこには、小さな白い花が一面に咲いていた。カモミールだ。


「……綺麗……」


 思わず呟くと、ゼノンは黙ってその花を一つ摘み、僕の髪にそっと飾ってくれた。


「お前の方が、ずっと綺麗だ」


 真顔でそんな台詞を言われ、心臓が跳ね上がる。

 この人は、本当にあの冷酷な氷の皇太子なのだろうか。

 旅を続けるうちに、僕は少しずつゼノンのことを知っていった。彼は口数が少ないだけで、本当はとても優しく、思慮深い人なのだと。

 そしてゼノンもまた、僕の怯えた様子や、誰かの顔色を窺う癖に気づき、心を痛めていた。

 彼は心に誓う。このか細く美しい運命の番を、自分が必ず幸せにしてみせると。世界中の誰よりも、愛し抜いてみせると。

 二人の心の距離が、ゆっくりと、しかし確実に縮まっていく旅路だった。

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