Chapter.6 ジャーナリスト遺体遺棄事件

 画面のテロップが、最後の事件名『ジャーナリスト遺体遺棄事件』へと切り替わった。


「何よこれ!」


 しかし、アンカールが厳かに口を開くより先に、中継先のミティの苛立った声が響いた。カメラがぐっと引くと、そこには巨大な廃墟を厳重に取り囲む、真新しい金属製のフェンスが映し出される。ミティは、その堅牢なバリケードの前で呆然と立ち尽くしていた。


 コメント欄が残念そうな言葉で流れる。

『うわ、ガチのやつだ』

『これは入れないな』

『今回は流石に無理か…』


 その時、カメラの横から「……フェンスに、管理会社の名前が書いてあります。検索してみます」というルックの落ち着いた声が聞こえた。やがて、彼女が「ホームページ、見つけました。でも……おかしいです」と言って、ミティにスマホの画面を見せる。画面を覗き込んだミティは、怪訝そうに眉をひそめた。


「どうしたんだい、二人とも」

 アンカールの問いかけに、ルックがスマホの画面をカメラに向ける。そこには、一見ごく普通の会社のホームページが映っていた。しかし、会社概要のページには設立年や役員名こそ記載されているものの、最も重要な「事業実績」の欄は完全に空白だった。


「電話、かけてみます」

 ルックがスピーカーモードで発信するが、コール音が鳴ることはなく、無機質な自動音声が響くだけだった。

『おかけになった電話番号は、現在使われておりません――』


「どうなってんのよ……」

 戸惑うミティの声を背景に、コメント欄がにわかに色めき立つ。

『有能ニキが会社の住所調べてくれたぞ』

『ストリートビューで見たけど、今にも建て替えられそうなボロい雑居ビルだった』

『実績ゼロで電話も不通…』

『これ、ペーパーカンパニーじゃね?』


 騒然とするコメント欄をなだめるように、アンカールがミティに指示を出す。

「ミティ君、ひとまずそのフェンスに沿って、何か入れそうな場所や、他に手がかりがないか見て回ってくれないか」

「分かったわよ! ルック、行くわよ!」

 ミティは頷くと、カメラを持つルックを促してフェンス沿いに歩き出した。


 その様子を見届けたアンカールは、再び画面の向こうのゲストたちへと意識を戻す。

「さて、ミティたちが周辺を調査してくれている間に、我々は最後の事件について話すとしよう。これは先ほどの議員怪死事件から一年後、今から六年前のことだ。数年間行方不明だったジャーナリストの遺体が、なぜか掘り起こされ、教団跡地の廃墟に放置されていた」


 その言葉に、ピピル野ピピカがおずおずと質問した。

「あ、あの……。その頃って、建物は今みたいに厳重に封鎖されてたんでしょうか……?」


「いや」とアンカールは首を振る。「当時はまだ簡易的な金網が張られていた程度で、その気になれば誰でも簡単に出入りできる状態だったそうだ」


 すると、それまで腕を組んで思案していた栗栖あがさが、鋭い視線で口を開いた。

「わざわざ一度どこかから遺体を掘り起こして、誰でも入れる状態の建物内に遺棄するなんて……。それは、発見されることを前提とした行為ですよね。何か、犯人からの強いメッセージが込められている、と考えるのが自然な気がしますけど」


「あの一連の事件なんですけど……」とピピル野ピピカが指摘する。「集団自殺から失踪事件まで五年、そこから次の社長と議員の事件が起きるまで三年、そして遺体遺棄まで一年……と、事件の間隔が空いているので間違いありませんよね?」


 アンカールは「ああ、間違いない」と肯定する。

「どんどん間隔が短くなってきてる……」と栗栖あがさが呟いた。


「面白い点に気づいたね」アンカールは興味深そうに言った。「では、少しミステリーっぽい謎解きでもしてみようか。もし、これら全てが人の手による、同一犯の犯行だったと仮定して……この事件の間隔の変化に、何か意味があるのかを」


『おお、面白そう!』『考察タイムきた!』とコメントが流れる。


 推理に思考のリソースを割いているのか、面倒になったのかキャラ設定を完全に放棄した栗栖あがさが、推理を口にした。

「連続殺人犯の心理として、最初は犯行の発覚を恐れて慎重に行動するけれど、捕まらないことで次第に大胆になり、犯行間隔が狭まっていく、というパターンはありますね。ただ……手口が全部違うのが気になりますけど」


 すると、ピピル野ピピカが別の可能性を提示した。

「あの……間隔が長い時と短い時では、犯行の目的が違っていた、ということは考えられないでしょうか?」


「どういうことかしら?」と栗栖あがさが聞き返す。


「えっと……当初は何かしらの目的で事件を起こしたけれど、社長と議員の事件あたりからは、世間を騒がせるような……センセーショナルな見せ方を、意識し始めているような気がして……」


 その鋭い考察に、栗栖あがさは思わず違和感を口にした。

「……あなた、本当にピピル野ピピカなの? 話に聞いていたのと、なんだか違うんだけど」


「えっ……」

 言葉に詰まるピピル野ピピカ。アンカールがすかさずフォローを入れる。

「彼女はとても面白い視点の持ち主のようだからね。他の配信では、ユニークすぎて独特な考察でも披露しているんじゃないかな? さあ、議論を続けよう」


 アンカールがそう促した、その時だった。

「あ、すみません、一旦音声切ります!」


 突然、ピピル野ピピカが慌てたようにそう言うと、彼女の声が消える。配信画面では音声こそ聞こえないものの、ピピカのアバターが、まるで画面の向こうにいる誰かと会話しているかのように、せわしなく動き、口をパクパクさせているのだ。

『え、なんだ?』『誰と話してんだ?』『なんかトラブルか』


 アンカールや他のゲストたちも、戸惑いの表情を浮かべてピピカの様子を見守る。やがて、彼女はハッと我に返ったように動きを止めると、音声入力をオンに戻した。

「す、すみません……!あの、一旦ログアウトします! またすぐに戻ってきますので!」


 そう一方的に言い残すと、ピピル野ピピカのアバターは配信画面からぷつりと消えてしまった。残されたのは、前代未聞の事態に呆気にとられる出演者たちと、騒然とするコメント欄だけだった。


 その凍り付いた空気を破ったのは、中継先のミティの声だった。

「――見つけたわよ! 出入り口!」


 配信画面が、フェンスの途中に設けられた大きなゲートの前に立つミティの姿に切り替わる。

「ただ……妙だわ」

「どうしたんだ、ミティ君」とアンカールが問いかける。

 ミティは、訝しむようにゲートを見つめながら答えた。

「あれだけ厳重に囲まれてるのに……このゲート、鍵がかかってないの」


 その一言に、コメント欄が再び恐怖に染まった。

『え、何それ怖い』

『罠じゃん』

『もしかして…誘われてる?』


 ゲートが開いている――そのおぞましい事実に、アンカールも栗栖あがさも、そして画面を見守る視聴者たちも、次の一手を決めかねていた。罠か、偶然か。誰もが固唾を飲んで画面を見守っていた、その時だった。

 配信画面に、消えていたピピル野ピピカのアバターが、再びログインしてきたのだ。


「す、すみません……! ただいま戻りました……!」

 その声に、アンカールは安堵の表情を浮かべつつも、心配そうに問いかけた。

「ピピル野ピピカ君! 大丈夫かね? 何かあったのか?」

「すみません、本業の方から突然連絡が来てしまって…。その対応をしていました」

 申し訳なさそうに、ピピカが答える。


 その言葉に、コメント欄がざわついた。

『え、本業?』『こんな時間に連絡くるって…』『とんだブラック企業だな…』


 ピピカは、配信のコメントログを遡りながら尋ねた。

「すみません、私がいない間に、何かありましたか?」

 その問いに、栗栖あがさが状況を簡潔に説明する。

「ミティさんが敷地へのゲートを見つけたんだけど、どういうわけか鍵がかかっていないの。あまりに怪しいから、中に入るべきか、どうするべきか迷っているところよ」


 すると、ピピル野ピピカは、それまでの臆病な様子が嘘であったかのように、確信に満ちた、凛とした声で言った。

「――なら問題ありません。ミティさん、中に入ってみてください」


 その言葉に一番驚いたのは、中継先のミティだった。

「はぁ!? どういうことよ、あんた、意味わかんないわよ!」


「はい。でも、もう大丈夫です。なぜなら……」

 ピピカは、そこで一度言葉を切ると、はっきりと告げた。

「安全は保証できますから」


 その言葉に、アンカールが何かを悟ったように、静かに、そして深く呟いた。

「……そうか。やはり君は……」


 彼は、戸惑うミティに向かって、有無を言わせぬ声で言う。

「彼女がそう言うなら、本当に大丈夫なのだろう。ミティ君。彼女の指示に従ってくれ」

 そして、アンカールは悪戯っぽく、しかしどこか有無を言わせぬ響きで、こう付け加えた。

「何せ、指示に従うのは、善良な市民の義務だからね」

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