第11話 修行

「ところで晴明様の屋敷跡って、どこなんだ?」

 そもそも、修行先はここと明確に言われたわけではない。晴芳からは晴明の屋敷跡、としか言われていなかった。

『私も晴家からは、具体的な場所までは…』

『何だ知らないで来たのか』

 そういうあなたも知らないで来てるでしょう、と青龍が朱雀に返した。朱雀たちは青龍が同じ主に仕える仲間として、青龍の扱いが少々友好的に、というと聞こえはいいが要するに雑になっていた。青龍も、以前より遠慮が無くなってきている。変な争いが増えなければよいが、と雪之丞はため息をつく。

『一応文献などでは、御所の蛤御門から西側、烏丸通と堀川通の間となっています。とりあえずその辺に行って探しましょう』

 と言って、青龍は「その辺」を上空から探してくるよう朱雀に言った。

『何でお前に命令されなきゃならないんだよ』

『同じ仲間として頼んでいるだけですよ』

 早速、変な争いが勃発する。

「仲良くしろとまではいわないが、ケンカだけはするな」

『喧嘩はしていません』

『ケンカはしてねぇよ』

 青龍と朱雀が同時に言う。そういうところは妙に息が合っていた。

「うん。息ぴったりだな。よしよし」

 と言ったそばから、青龍と朱雀が目を合わせていがみ合っている。

「朱雀、上空から探ってくれ」

 結局、雪之丞に言われて渋々朱雀が四獣となって空へ舞い上がった。

 蛤御門を背に、西に向かって通りを歩く。通りに入って数本の辻を通り過ぎると、朱雀が真上に戻ってくる。

『その先の通りを右に曲がったところに妙な結界がある』

「結界。そこが怪しいな」

 朱雀の言った通りに入り、しばらく行くと確かに雰囲気が変わった。すると突然目の前に、目鼻のない巨大な甲冑姿の異形が二体現れる。式神だ。すぐさま青龍と白虎が雪之丞の前に出る。なかなか息が合っている。

『部外者は立ち去れ』

「私は陰陽師の修行をしに来た者だ」

『部外者は立ち去れ』

 式神は同じことを繰り返した。あまり応用が利かない、簡易の式神だ。甲冑式神との対峙を白虎に任せ、青龍は結界を調べ始めた。

『かなり強力かつ複雑な結界ですね。破るのはなかなか難しいかと』

 青龍が結界をなぞると、たちまちその手が弾き飛ばされる。雪之丞も青龍にならって結界をなぞった。するとその手がすっと結界内に入った。

「あれ?」

 さらに腕まで突っ込んでみると、すんなりと入る。この分だと普通に通れそうだ。だが四獣たちが試すと弾かれる。試しに腰から風神兼定を抜いて入れてみると、問題なく入った。雪之丞とつながっていれば、問題なく入れそうだ。

『で、何故手をつなぐ必要があるんです?』

 雪之丞と手をつないでいる青龍が、不満げに言う。雪之丞のもう片方は、朱雀と白虎とつながっている。視えるものが視たら、なかなか面白い光景だ。

「迷子にならないよう念のためだ。入るぞ」

 雪之丞が結界に一歩踏み出すと、四獣も一緒に結界内に入り込んだ。一瞬、真っ暗闇に包まれるが、すぐに明るい光が差し込んで来た。結界内に出たのだろう。目が光に慣れてくると、雪之丞の目の前に見たことのない光景が広がっていた。

「な、何だここは…」

 雪之丞が声を上げると、続いて朱雀も白虎も驚きの声を上げた。

『ここは…平安の時代、でしょうか』

 青龍も信じられない、という声を出す。

 立っているところは、御所の内裏のような建物の廊下だった。目の前の庭には、平安装束姿の若者が蹴鞠けまりをして楽しんでいる。雪之丞たちは互いに手をつないだまま、そんな廊下に呆然と突っ立っていた。

「君は誰?」

 声に振り向くと、年の頃は雪之丞と同じくらいの束帯姿の少年だった。どことなく忠行に似ているような気がして、雪之丞は少し親近感を覚える。

「えっと、陰陽師の修行に来たんですけど、ここがそうなんですか?」

 いまだに自分が置かれている状況を理解できず、しどろもどろとなってしまったが、少年は気にせずに聞いてきた。

「君も土御門の人?」

 正確には土御門を名乗ってはいないが、土御門の血は流れているので、とりあえずうなづいた。

「僕は土御門義明、君と同じく修行のために来てるんだ」

 雪之丞はその言葉にほっとした。

「ねぇ、もしかして君、江戸から来た人?」

「そうですが、なぜわかるんですか?」

「事前に聞いていたからね」

 晴芳様が伝えてくれたのだろうか。そんなことを考えていると、

「後ろにいるのが噂の四獣なんだね。すごいや」

と義明が言った。見鬼だ。雪之丞は慌てて四獣の手を振りほどく。

「あ、でも僕は見鬼だけど、そんなにはっきり視えるわけじゃないんだ。でも土御門の中では視える方なんだよ」

 義明は声をひそめて言った。やはり土御門の中では、見鬼は貴重のようだ。

 義明の視線が雪之丞を通り越した途端、義明が雪之丞の陰に隠れる。振り返ると、対面から義明と同じ束帯姿の集団がやってくる。先頭の男は雪之丞を見るなり、にらみつけるような視線を投げてくる。反射的に白虎が前に出た。ところが先頭の男は白虎の存在など無視をして、雪之丞へ向かってきた。

「何者だ」

 雪之丞の後ろから義明が小声で、

「土御門晴芳様のご長男、晴峰様です」

と説明した。晴芳の名前を聞いて、雪之丞の眉間に自然としわが寄った。

「私は江戸から来た、安倍雪之丞と申します」

 そう雪之丞が言うと、先頭の男とその取り巻きたちがざわめく。

「お前か。将軍の陰陽師とか言っていい気になっている奴は」

 いい気になってはいないし、そもそも将軍の陰陽師ではない、と言いたいのを雪之丞はぐっとこらえる。言ったところで、余計こじれるのは嫌というほど経験していた。雪之丞は堪えたが、四獣たちはそうはならなかった。白虎は既に前に出ていたが、朱雀がさらに前に出て晴峰の眼前に迫ろうとしている。しかし晴峰はまったく気が付かない。あおる朱雀を見て、雪之丞ははらはらした。朱雀だけではない。青龍も事の次第では本気を出しそうな体制をしていた。そんな雪之丞の気持ちも知らず、晴峰はさらに雪之丞を煽ってくる。

「陰陽師のくせに占いができないと聞いてるが、本当か」

「私は物の怪退治が専門です」

 痛いところを突かれたが、そこは既に割り切っている。きっぱりと言い切った。

「では、結界術はどうかな」

 晴峰の後ろからすごい気をまとった、五十くらいの男がやってくる。晴峰とその腰ぎんちゃくたちが、一斉に廊下の端へ寄って道を開けた。頼りにしている義明も、先ほどよりさらに後方へと下がってしまった。誰だろう。

「ほう。白虎に朱雀、それに青龍を従えているか」

 この男は見鬼だ。しっかり視えている上に、その素性まで把握できている。

『何者だ』 

 白虎が男に向かって言った。

『これ白虎、殺気をしまうがよい』

 突然白梅が人形となって、白虎の上着の裾を引っ張った。

『久しぶりじゃの、晴明。さすがに老けたな』

「えっ」

 雪之丞は声を上げて固まった。いくら結界内が平安時代に似ていても、さすがに平安時代の人間までいるはずがない。しかし白梅ははっきりと、目の前の男を晴明と呼んだ。晴明の太刀であった白梅が、間違うはずはない。さすがの白虎も、晴明が相手なら早々に殺気を引っ込める。

「白梅か。これまたずいぶんと可愛らしい姿になったな。息災だったか」

『うむ。この雪之丞はわらわを大事にしてくれてるからの』

「私にはあまり懐かなかったというのに、雪之丞には随分と懐いているのだな」

『雪之丞はお主と違って可愛いからの』

 白梅は小さな手を口に当てて、ほほっと声を上げて笑った。すごすぎて会話に入れない。そんな雪之丞に、

「さて。修行の前に少々試験を出そうか」

と、晴明が楽しそうに言った。試験。雪之丞はごくりと息を飲んだ。

「結界のとある部分が少しほころびているから、直してみなさい」

 どんな問題かと思えばそんなことか、と雪之丞の表情が緩む。そんな雪之丞を見て、晴明の顔が真剣になる。どのようにしてほころびを見つけるのか、どのように修復するのか。晴明は興味津々に、雪之丞の挙動を見守った。

「わかりました。白梅、頼むよ」

『さて、仕事をするかの』

 白梅は人形から刀へと姿を変えた。その鞘から白梅本体を抜き、足元の廊下に突き刺した。ここの結界がどの程度の広さかわからないので、広範囲に結界を広げることに決める。印を唱えると白梅から白い光が発し、円弧を描いて広がっていく。広範囲な分結界は薄かったが、ほころびを修復するには十分だった。

「おお、札を使わぬのか」

 白梅を抜いて雪之丞が立ち上がるのを見て、晴明が驚きの声を上げた。その晴明の言葉に晴峰たちが顔を見合わせて、何やらひそひそと話している。

「いかがでしょうか」

 白梅を鞘に戻しながら、雪之丞は晴明に試験の結果を聞く。

「うむ。合格だ。では早速、次の講義から参加しなさい」

 ほっとため息をついた雪之丞に、

「次の講義は占いだぞ」

と嬉しそうに言い残して、晴明は去っていった。


「それにしても四獣だけでなく、刀の付喪神まで従えてるなんてすごいね」

「物の怪との戦闘が多いから、闘将が必要なんだよね」

「物の怪との戦闘、ってかっこいいなぁ」

 忠行と出会って間もない頃、同じことを言われたのを思い出して、やっぱり二人は似ていると思った。

「ここが僕たちが修行しているところだよ」

 次の講義の準備で、修行生たちが式盤を並べている。その数ざっと二十は超えていた。壮観な光景だ。雪之丞はその光景に尻込みをする。

『往生際が悪いですよ。修行ですから、がんばって占いを身に着けてください』

 青龍がそんな雪之丞を後ろから押した。そんなやり取りを見て義明が笑った。丁度その時、晴峰たち一行が講義室に入ってくる。楽しそうにしている義明が気に入らないのだろう。晴峰が難癖をつけ始めた。

「義明、そんな田舎者と一緒にいると田舎臭が移るぞ」

 京では江戸が田舎扱いなのは慣れているので雪之丞は何とも思っていないが、視えていないのを良いことに朱雀が晴峰を挑発を始める。その様がおかしくて義明がまた笑う。

「別に僕はかまわないよ。むしろ雪之丞に物の怪の事とか、色々教えてもらいたいくらいだ」

 今までおとなしかった義明が急に反論してきたのが気に入らず、晴峰が何か言おうとしたその時、講師が入ってきたので何とか衝突は避けられた。

 前途多難だな、と思いながら雪之丞は苦手な式盤の前に座った。


「君、四獣を従えているんだって?」

「さっきの結界術すごかったよ」

 講義が終わるや否や、雪之丞のことを聞きつけた修行生たちが声をかけてくる。

「占いは全然だけどね」

 褒められた気恥ずかしさを紛らわすために、自虐的に言って苦笑いをする。

 当然、そんな雪之丞を快く思ってない人間がいる。どこにでも自分が一番でないと気に入らない人間はいるものだ。晴峰はその典型だった。晴峰は天皇の陰陽師である晴芳の息子であり、見鬼の才はないものの、占いも結界術や星読みも修行生の中で一番の成績を納めている。その成績は晴峰が幼い頃から努力を重ねてきた結果であり、努力もしない才能だけでのし上がってくる人間が許せなかった。実家の力と実力共に十分である晴峰が、そういう性格になるのもうなずける。

 そんな晴峰の視線に気が付いた義明が話題を変える。

「ねぇ、雪之丞は寮に入るの? それとも通い?」

「当分は通うつもりだよ。他に仕事もあるしね」

 雪之丞は容保から、京の奉行所と共に町の治安維持を頼まれていた。江戸にいた時と同じように町奉行と事件の調査を行い、人間の仕業か物の怪の仕業か判別する仕事だ。余談だが、西町奉行所の与力は江戸の南町奉行所の小栗と知り合いだった。そういえば小栗に出した文には、居候先を四条の反物商家と書いたな、思ったのがつい十日ほど前のことだった。

「ならそろそろ帰った方がいいね」

 まだここに来て一刻(二時間)も経っていない。不思議に思っている雪之丞に、周りも「帰った方がいい」と口々に言った。義明に背中を押されるように、講義室を後にする。

「僕の実家は御所の東、加茂川を渡ったところなんだ。実家に帰った時は式神で知らせるから遊びに来てよ」

 場所をよく聞くと黒谷の近くだ。その時は忠行と会わせようと思った。

「うん、友達連れててきていい? 絶対気が合うと思うんだ」

「本当? 嬉しいな」

 再会を約束して、結界をくぐった最初の廊下に向かう。すると意外な人物が待っていた。

「お帰り口をご案内します」

白花パイフゥア。あなたはここの人間だったのですか』

 青龍がその人物の名を呼んだ。満月の夜に現れた謎の少年だ。だがあの時、白梅と会話していた人物と印象がだいぶ違う。あれはどちらかというと、晴明の印象に近い。もしかすると。そんなことを考えていた青龍に、雪之丞が聞いた。

「青龍、知り合いか?」

 雪之丞は気を失っていたので、白花と会うのはこれが初めてだ。

「初めまして、ではありません」

 白花が先を読んだかのように、雪之丞に向かって言った。

「安中のことを覚えておりますか?」

 安中。雪之丞は目の前の少年を見つめる。白い肌に赤い瞳。

「まさか、あの時の白蛇の子供?」

「はい。あの時は助けていただき、ありがとうございました」

 白花が頭を下げる。

「母からあなたを護るように言われて、一緒に京まで着いてきました」

 なるほど、と青龍が思い出す。彦根での赤い瞳は白花だったのか。

「母から我々の祖先は、晴明様に助けていただいたことを聞きました。あなたは晴明様の血を引くお方。先祖の分も、ご恩返しをさせていただきます」

 晴明、白梅、白花。九百年の時が一気につながる。壮大な時の流れだ。

「困ったことがあれば、名を呼んでください。駆けつけいたします」

 そう言って、白花は結界の扉を開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る