閑話休題
「暑かったでしょう? 冷たい麦茶で良いかしら?」
「あ、すいません、おかまいなく」
先日、不動産屋に電話し、自分がテレビ局の人間であることと『餓鬼の棲む家』の噂について話すと、担当者はたいそう驚き売主である(A)さんへと繋いでくれた。どうやら不動産屋も(A)さんも噂のことは知らなかったらしい。(A)さんに事情を説明すると、直接話がしたいとのことだったので、今日は現在の(A)さんの家であるマンションへと訪ねてきたのだった。
「それで、私もオカジマさんからお電話いただいた後、SNSで調べてみたのですが……」
「動画も、見られたのですか?」
「はい」
「(A)さんのお宅で、間違いありませんでしたか?」
「はい……」
(A)さんは俯いて答えた。今相対している(A)さんはこの家の奥さんで、年齢はまだ三十代前半だそうだが、こうして近くで見ても小学校高学年の息子がいるようには見えない。
「でも、あの映像はおかしいんですよ」
俯いたまま(A)さんが言った。その声は少し震えているようだった。
「家具、ですか?」
次の言葉が出てこないのか、それとも口にするのが怖いのか、黙ってしまった(A)さんに代わりハルキが訊いた。
「はい……。引っ越す時に家具は全部運んでいるので、あの映像は……私たちが引っ越す前に撮られたものではないかと……」
「不動産屋の担当者も同じことを仰ってました。あの映像、いつ撮られたか心当たりは?」
「いえ……ありません」
「ご自身……あるいはご家族が撮られた可能性は?」
「主人にも訊いてみましたが、全く」
彼女の言うこと──彼女たち家族が住んでいた頃に撮影された──が本当であれば、撮影当時はまだ心霊スポットと噂になる前だったことになる。いったい、あの映像は何のために撮られたのだろうか。
「誰が撮ったのか、何か心当たりは?」
「ありません。あの、オカジマさん、やっぱり警察に相談した方が良いでしょうか?」
「ちなみに何か盗まれたとか、そういったことは?」
「いえ……特には、ないかと……」
「ご主人はなんと?」
「映像については……気持ち悪がってはいましたが、特に盗まれたものはないし、引っ越す前のことですし……」
「そうですか……噂の件については?」
「迷惑だ、と。噂のせいで家が売れないとなれば、困る、と言っていました。ただ、噂の出どころを突き止めたところで、すでに広まった噂はどうにもならないから、と……」
「ちなみにお子さんは──?」
「今は学校に。死んだ、なんて噂になっているなんて……本当に、ひどいです」
「そうですね、本当に……あの、お元気ですか?」
「息子ですか?」
「はい」
「まだ車椅子ですし、今日もこのあとリハビリに行きますけど、本人はいたって……」
「引っ越しの理由は、お子さん、息子さんの……?」
「そうです。階段から落ちて、骨だけでなく神経まで……2階建ての家では何かと不都合ありますし、その、子供のリハビリがキチンと出来る病院が、前の家からですと遠かったものですから……」
やっぱりそうか、とハルキは心の裡で呟いた。こういった個人宅が心霊スポットとして噂になっている場合、家人からの情報提供でないケースでは調べてみるとほとんどがデマである。今回のように曰くから何もかも創作であるパターンが大半だ。最初にこの噂を聞いたときから、ハルキはデマだと確信していた。ハッキリとした理由はないが、今まで多くの心霊スポットを調べた経験からそう感じていた。
さて、こうなると選択肢は『ここまでで調査を打ち切り別のネタを追う』もしくは『オカルトブームの被害者として番組を作る』といったところだろうか。実際問題、所有する不動産が何の根拠もなく心霊スポットと噂され迷惑を被るというトラブルは近年決して少なくない。番組でオカルトを扱っているハルキとしては、こういったオカルトブームの闇の部分に光を当てるのも悪くないと考えていた。
「オカジマさん」
「あ、はい、なんでしょう」
ぼーっと考えているところ不意に名前を呼ばれ、ハルキは慌てて返事をした。
「ちなみにオカジマさんは、噂の出どころは、すでに……?」
「ああ、いえ、それは、まだ……」
「ネットの掲示板から広がったなんて話があるみたいですけど……?」
「広がったのは掲示板、それからSNSからですね。ただ、最初の書き込み時点で『地元では噂になってる』みたいな話だったようなので、誰か地元で噂を流した人間がいるのかも知れません。書き込みそのものが自作自演の可能性もありますが、わざわざ見知らぬ土地の見知らぬ家を標的にするのも違和感があります。ですので、どちらにせよ噂の発信源は近隣住民の可能性が高い、と僕は考えています。もし(A)さんがよろしければ、現地の、近所の人達にインタビューしようかと思っているのですが……」
ハルキは一旦言葉を止めて(A)さんの顔色をうかがった。すでに離れた場所に住んでいるとはいえ、紛いなりにも顔を知られている人たちにテレビ局の人間がインタビューして回る、というのは気持ちの良いことではないだろう。まだ噂を知らない人たちに噂を知られることにもなるかも知れないし、すでに噂を知っている人たちに『噂は本当なのかも知れない』と思われる可能性もある。
「主人と相談してから……あの、それまでインタビューは待っていただくことは……?」
「はい、もちろん大丈夫です。お返事、お待ちしております」
予想通りの返答にハルキは笑顔を作って答えた。
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