46話

自宅で1人、高島は無表情でイスに腰掛けていた。目の前のテーブルには、自らの検査結果が記された紙がくしゃくしゃになった状態で置かれていた。


その紙を高島はただ見つめた。


そのまま数時間が経っても、彼はそのままだった。




「先生。」


廊下を歩いていた時、1人の生徒に高島は呼び止められた。


「何かな?」


「何かあったの?」


高島はその生徒に見透かされたような気がした。


「何にもないよ。どうして?」


「先生、元気がないように見えたから。」


「大丈夫、元気だよ。ありがとう。」


高島がそう言うと、安田美琴はお辞儀をして何処かへ駆けて行った。




「俊輔、眠れてる?」


「いや?」


「ご飯は?」


「食べてる。」


「量よ。」


「そんなに。」


「あなた、鬱病よ。」


紺野がそう言うと、注文したホットコーヒーとメロンソーダを従業員が運んで来た。


「鬱?僕が?」


「専門医の私が言ってるんだから間違いない。」


「元気はないね、確かに。」


「鬱はただ元気がないだけじゃない。」


「そうなんだ。」


そう言うと高島がメロンソーダを飲み始めた。


「彼女の事ね。忘れなさい。」


「無理だ。」


「俊輔、恋愛なんてこの先いくらでも出来る。」


「でも、僕は無精子症だ。子供が作れない。」


「子供を望まない女性だっているわ。」


「僕が望んでいたんだ。」


「子供が欲しいの?」


「欲しいと思ってた。だが叶わない。高島家は僕で途絶える。」


「私がいる。」


「姉さん、子供欲しいの?」


「⋯いらない。」


「それに姉さんは正式な高島の子じゃない。悪いけど。」


「それは事実ね。俊輔は高島家をまだ繁栄させたかったの?」


「繁栄というか、やり直したかったんだよ。正しく。」


「呪術は、正しくない?」


「分からない。今はどうでもいい。」




高島は増渕に電話を掛けた。


『おかけになった電話番号は現在使われておりません⋯。』


高島はスマートフォンを放り投げた。


『私、子供が欲しいの。』


増渕の言葉が繰り返し頭に流れる。


「子供が⋯欲しいのか⋯奈々さん。」


そう呟くと、彼は2階へと向かった。父・高島幸一郎の書斎。そこには高島家に伝わる呪術を記した書物や巻物が大量に保管されていた。門外不出の秘術達が眠る部屋に、彼は久し振りに足を踏み入れた。


高島は無我夢中で書物を漁った。まだ自分が知らない何かがあるはず。


『子供が出来ないなら、私達一緒にいる意味ない。』


彼女の言葉が頭から離れなかった。


そして彼は探す手を止めた。ある書物を開き、そのページを凝視した。


【高島魂犠魔生】


高島はその文字を見ると、笑い声を上げた。


「ははっ⋯はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ。」


部屋の真ん中で書物を天に掲げる。


「これは⋯素晴らしい。」




増渕が自宅へ帰ると、ドアの前に高島が立っていた。


「俊ちゃん。」


「やあ、奈々さん。」


高島は優しく彼女に笑い掛けた。


「ここで、何してるの?」


「電話も繋がらないし、メッセージも送れないから、直接会いに来たんだ。」


「俊ちゃん、こんな事は止めて。」


「どうして?恋人同士なのに。」


増渕は彼に恐怖を感じた。


「良い方法を思い付いたんだ。少し時間がかかるけど、大丈夫だよ。僕達の子供を迎えよう。それでいいでしょ?」


「一体、何を言ってるの?」


「子供だよ、奈々さん。」


「警察呼ぶよ?」


その言葉を聞いて、高島は静かになった。


「待っててね。奈々さん。」


そう言うと高島は彼女を通り過ぎ、どこかへ去って行った。増渕はそんな高島に嫌悪感を抱いた。




それから高島は昼は教職、夜は父の書斎へと籠る日々が続いた。学校内では普段通り振る舞い、変わった様子は誰にも見せなかった。


紺野だけはそんな彼の変化に気付いていた。


「何をしてるの?」


「何が。」


「今よ。何かしてるでしょう?」


「鋭いね。」


「何なの?」


「準備だよ。」


「準備?」


「我が子を迎える。」


「俊輔。」


「僕は本気だよ。」


「分かってる。だから気になってるの。」


「父の部屋でいい物を見つけてね。今、練習してるんだ。だから姉さんにもお願いがあって。」


「何?」


「その時が来たら、手伝って欲しいんだ。儀式を行うために。」


「儀式⋯。」


「そう、特別な儀式。何としても成功させたいんだ。僕達の愛のために。」


「まさかまだあの女の事?」


「それもある。でも、それだけじゃないよ。」


「他に何があるの?」


「所詮、僕はやっぱり高島の人間って事さ。練習を始めたら、何だか楽しくなってしまってね。愉快で愉快でたまらないんだ。」

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