第よん話 サドルの高さ

雷人らいと

「ねぇ、って、何?」


武佐士むさし

「自転車にまたがった時の姿勢を正すんだ。」

「より効率よくパワーを伝えて、

より疲れにくい姿勢を追求するんだよ。」


莉奈りな

【あー、やっぱり武佐士むさしくんは自転車オタクだ。】


武佐士むさし

莉奈りなちゃんさぁ、ちょっとサドル低すぎるよ。」


莉奈りな

「え、そうなの。」

武佐士むさしくんは、私の自転車のサドルを上げ始めた。

あ、あたしのママチャリ、5センチほど高くなった、。】


武佐士むさし

またがってみて。」


莉奈りな

「ぅ、、、痛いよ。」

【ちょっと、恥ずかしいところが痛いよ。】


武佐士むさし

「地面に足がつま先立ちでギリギリだから、

サドルが股間に食い込んで痛いよね。」


莉奈りな

「ぅぅぅう。」


武佐士むさし

「ごめん。乗り方教えなきゃ、だね。」


莉奈りな

【もう!恥ずいからなんとかして!】


武佐士むさし

「一度降りてみて。イチからやり直すよ。」

「まず、自転車の左側に立って、

ブレーキを握って、自転車が動かないように。」

「自転車を自分の方に斜めに傾けて、サドルを低くするとまたぎやすいよ。

右足を振り上げて、自転車の後方から、サドルの上を通過させて前方へ、

サドルの前方の空間に、お尻を下ろすようにして自転車を跨ぐよ。」


莉奈りな

「こう、ね。」


武佐士むさし

「そう、そのまま自転車を真っ直ぐに起こすと、

両足がベタリと地面に着くから、信号待ちとかは、この姿勢だよ。」

「まだサドルにはお尻、載せないで。」

「股間も痛いがないよね。」


莉奈りな

「う、、ん。」


武佐士むさし

「じゃあ、スタートの準備。

左足は地面に着けたままで、

右足のペダルを、その辺り、1時か2時に持ってきて。」

「1時か2時っていうのはね、自転車を右横方向から見て、

ペダルの回転をアナログ時計に見立てるんだ、わかる?」


莉奈りな

「わかる!短い針の1時か2時ってことね。」


武佐士むさし

「そう、その位置で右足を載せて。

ブレーキもしっかり握ってね。前進しないように。」


莉奈

「うん。」


武佐士むさし

「さあ、スタートは、

右足をそのまま踏み込んで、全体重をかける位のつもりで。」

「グイっと踏み込んだら、同時にブレーキを離して、

動き出してからお尻をサドルに載せる。」

「最後に左足もペダルに載せるよ。」

「両足が収まったら本格スタートだよ。」


莉奈

「うぅぅ、、」

【なんか、めんどくさいよ。】


武佐士むさし

「じゃあ、やってみよう。右足載せて、そうそう。」

「ハイ、スタート!」


「ぅん。」


武佐士むさし

「どうぞ!」


莉奈りな

「ぅぅぅぅ。」


武佐士むさし

「スタートできない?怖いの?」


莉奈りな

「うん、いつもと違うから。ちょっとだけ。」


武佐士むさし

躊躇ちゅうちょして中途半端な加速だと、

かえってフラフラして危ないから。」

「じゃあ、スタートの時だけ、俺が自転車を支えるよ。」


莉奈りな

武佐士むさしくんは、自転車の後ろに付いて、

自転車の荷台キャリアを掴んでくれているよ。】


雷人らいと

「自転車練習中の保育園児みたいだ。」


かすみ

「うるさい、雷人らいと!黙って見てろ!」


莉奈りな

かすみちゃん、そこまで言わなくていいよ。】


武佐士むさし

「じゃあ、覚悟はいいかい?」


莉奈りな

「大袈裟だなぁ。」

【と、言いつつ、みんなが注目するから、かえって緊張するよぉ。】


武佐士むさし

「じゃあ、右足一本で立ち上がるぐらいの気持ちで、

一気に踏み込んで加速してね。」

「自転車って、スピードが遅いほど不安定だからね。」

「いくよ。」


莉奈りな

「うん!」


武佐士むさし

「いっせぇのぉ、せ!!」


莉奈りな

【もう、一気に踏み込んだよ、あたし。】

【いつも以上に勢いよく加速した。

一瞬、お尻が浮いて、立ち漕ぎみたいになったが、

無意識に左足もペダルを漕ぎ始めると、

走りは安定してきたよ。】


一同

「やったぁ!」

「やっほーー!!」

「いいよー。」


莉奈りな

【なんだか、いつもよりペダルが軽い。

足に力が入って、楽に加速できる。】

「すごい、速いよ、武佐士むさしくん!」


武佐士むさし

「ペダルが一番下にいった時に、ひざが伸び切らず、

少しだけ曲がった、余裕のある状態なの、わかる?」


莉奈りな

「わかる!」


武佐士むさし

「自転車に力を伝えるのに、

一番効率がいい所は、ペダルが3時の位置の時なんだけど、

そのサドルの高さだからこそ、

一番力が入れやすいひざの角度になっているはず、わかる?」


莉奈りな

「わかる!力がしっかり入るよ。」

【なんだか、嬉しくて、公園の敷地いっぱい使って大廻り、楽しい!】


武佐士むさし

「バレーボールの選手がネットきわでジャンプする時、

少しひざを曲げてタメを作るでしょ。

あの時、深く曲げすぎても、浅すぎても高くは飛べない。

一番高く飛びやすい最適なひざの角度があるんだよ。

それと同じ発想。」


莉奈りな

武佐士むさしは、いろいろとよく知っているね。】


雷人らいと

「サドルの高さは、股下の長さに係数0.87を掛ける、って言ってるよ!」


莉奈りな

雷人らいとくんは、スマホを見ながら叫んでいる。】


武佐士むさし

「それって、結構誤差があるんだよ。

目安の数字ではあるけれど。」

「特に初心者は、低めにしておかないと、乗り降りがうまくできないし。」

「あっ!!」


武佐士むさし

「降り方教えるの忘れた!」


莉奈りな

武佐士むさしくんが、小声で何か言った気がする。】






莉奈りな

「ねぇ、それで、止まる時はどうしたらいいの?」

【そろそろ降りたくなってきた。】


武佐士むさし

「じゃあ、ゆっくりと、速度を落として。」


莉奈りな

武佐士むさしくんが小走りで近づいてきて、私に並走する。】


武佐士むさし

「このままだと地面に足が届かないから、

止まる瞬間、今回だけは俺に体を預けて。」


莉奈りな

「えーーー!!」


武佐士むさし

「支えるから。」


莉奈りな

「えーーーーーーーーー!!!」


武佐士むさし

「いいぞ、ゆっくりぃ。」


莉奈りな

「えーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

【怖いよーーーーー!】


【ブレーキを握りしめた。体が傾く。

左肩が武佐士むさしくんに触れたみたい。

もう歩くほどのスピード。

体が大きく傾いて、あたしの体は、完全に横倒しになって止まった。

武佐士むさしくんに背中から抱き止められ、仰向けに。

つまり、武佐士むさしくんは、私と地面の間にいる。】


武佐士むさし

「ごめんな!止まり方、先に教えるべきだった。」


莉奈りな

【あたしのお腹に回されていた武佐士むさしくんの腕が緩められた。

お尻を地面に下ろすと、

先に立ち上がった武佐士むさしくんが腕を出してきた。】


武佐士むさし

「掴まって。」


莉奈りな

【なんだか恥ずかしくて、手は伸ばさず、自力で立ち上がった。

心臓がドキドキいっている。】


武佐士むさしくんは、

ちょっとだけ不機嫌そうに腕を引っ込めた後、

両手を合わせている。】


武佐士むさし

「本当にごめん。悪かった。」

「怪我はないか?」


一同

「大丈夫!?」

「怪我してない!?」


莉奈りな

「あ、あたしは大丈夫。」

「それより、重かったでしょ、ゴメンなさい。」


武佐士むさし

「全然、それは平気。」


かすみ

「ちょっと、ひじ、擦りむいてるじゃない!」


莉奈りな

武佐士むさしくんの怪我、かすみちゃんが第1発見者だ。】


武佐士むさし

「これぐらい、平気だよ。」


かすみ

「ダメだよ武佐士むさし。ほら、そこの手洗いで傷を洗ってきなさい。」


武佐士むさし

「あいよ。」


莉奈りな

【傷を洗い終わった武佐士むさしくんを座らせたかすみちゃんは、

ハンカチで水分を拭き取ると、絆創膏を貼っている。】


【絆創膏なんて持ち歩いているんだ。

女子力、なのね。

ちょっと悔しい。】

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