File 4:『吝嗇家のカラクリ屋敷に隠された巧妙なウソ』

 アイアン・ハーツとの共闘から、およそ一ヶ月。

 俺、蓮見司は国税庁の自席で、モニターに映し出された無数の数字とグラフを睨んでいた。全国に点在する登録ダンジョンの魔力エネルギー監視データだ。そのほとんどは、正常を示す緑色の光を放っている。


 だが、その中に一つだけ、警告を示す赤色の点滅を繰り返しているデータがあった。

 俺はそのファイルを開く。


 所有者:朝霧 藤吉郎(あさぎり とうきちろう)。

 ダンジョン等級:Eマイナス。

 登録規模:居住区画なし。ただの岩洞。


 資料上は、価値も危険度も最低ランクの、いわゆる「ハズレ」のダンジョンだ。

 だが、その魔力消費量は小規模な町工場に匹敵するレベルで、不自然なスパイクを繰り返していた。


「何を見ているの、蓮見」


 声の主は、マグカップを片手にした神崎統括官だった。俺は問題のデータを彼女に見せる。


「このダンジョンです。登録上はただの洞窟のはずが、これだけのエネルギーを消費している。何らかの未申告の設備が稼働しているとしか思えません」


「……朝霧藤吉郎。……懐かしい名前ね」


 神崎統括官は、その名前に見覚えがあるようだった。


「かつては天才と呼ばれたダンジョン設計士よ。奇抜なデザインで有名だったけれど、とにかく人間性に難があってね。特に、金銭への執着は異常だったと聞いているわ」


 天才設計士。そして、異常なまでの金への執着。

 その二つが結びついた時、導き出される答えは、あまり良いものではない。


「蓮見、現地へ飛んで」


 神崎統括官の、鋭い声が飛ぶ。


「そのケチで有名な老人が、電気代より高い魔力エネルギーを一体何に使っているのか。その目で、確かめてきなさい」


「承知しました」


 俺は静かに頷くと、モニターを閉じ、現地調査の準備を始めた。

 天才老人の城に隠された秘密。それが何であれ、白日の下に晒すのが俺の仕事だ。



  ◇



 翌日、俺は市役所の資産税課から派遣された新人職員、という設定で、例の家の前に立っていた。

 郊外の閑静な住宅街。その一角にある朝霧藤吉郎の家は、築年数こそ感じさせるものの手入れの行き届いた庭を持つ、ごく普通の平屋だった。ここからあの異常な魔力消費が観測されているとは、にわかには信じがたい。


 インターホンを鳴らすと、間もなく、がらり、と玄関の引き戸が開かれた。


「……どちら様かね」


 顔を出したのは、小柄で痩身の老人だった。鋭い眼光だけが、その年齢を感じさせない。着古した作務衣姿。彼が、朝霧藤吉郎か。


「こんにちは、市役所の資産税課の者ですが。先日、この地域の固定資産のデータにいくつか齟齬が見つかりまして、その確認調査で……」


 俺が、人の良さそうな笑顔で身分証(もちろん偽造だ)を見せると、老人はあからさまに顔をしかめた。


「ああ? 市役所? また税金の話か。こっちは年金暮らしでカツカツだと言っとるだろうが。取るもんなんて何もねえぞ」


 いかにも、といった反応だ。俺は、あくまで腰を低くして食い下がる。


「いえ、もちろん、そのようなことは……。ただ、登録されているダンジョンのデータに少しだけ不明な点がありまして。すぐに済みますので」


「……チッ。立ち話もなんだ。まあ、上がれ。茶も出さんぞ」


 ぶっきらぼうにそう言うと、朝霧は俺を家の中へと招き入れた。

 内部は、彼の言葉通り、質素そのものだった。綺麗に掃除はされているが、家具は最低限。華美な装飾品は一つもない。徹底した倹約家の生活がそこにはあった。


「それで、用件のダンジョンとやらはどこかね?」


「はい、資料によりますと、家屋の奥に入口があると……」


「ふん。あんなガラクタの穴蔵に何の用だ。まあ、見たけりゃ見ろ」


 朝霧は、家の最も奥まった場所にある、一枚の襖の前で足を止めた。ごく普通の、何の変哲もない和室の襖だ。


「ほれ、これだ。見ての通り、ただの岩っころが出っ張ってるだけの、何の価値もない洞窟だ。せいぜい、よく見ていくといい」


 その言葉とは裏腹に、襖にかけられた彼の手が、わずかに震えているのを、俺は見逃さなかった。


 朝霧が、ギギ、と音を立てて襖を開ける。

 そこに現れたのは彼の言葉通り、ただの薄暗い洞窟だった。大人が一人、ようやく通れる程度の幅しかない。天井も低く、湿った土と岩の匂いが鼻をついた。


「いてっ!」


 一歩足を踏み入れた途端、俺は天井の出っ張りに盛大に頭をぶつけた。野暮ったい丸メガネが、衝撃でずり落ちる。


「ほれ見たことか。だから言わんこっちゃない。何の価値もない、ただの穴蔵じゃ」


 朝霧は、呆れたようにそう言いながら、俺の後ろについてきた。


 俺は頭をさすりながら、内心で舌を巻く。


(……見事なものだ)


 懐中電灯で照らし出された壁は、一見するとただの「湿った岩肌」だ。だが、その感触はあまりに均一で、どこか人工的な滑らかさがある。これほどの腕を持つ設計士が、こんな稚拙な洞窟を所有していること自体が、最大の違和感だった。


「お、おい、あんちゃん! 何しとるんじゃ!」


 俺が、調査と称して壁をコン、と軽く叩くと、朝霧が慌てて止めに入った。


「壁が崩れたらどうするんじゃ! ワシの家はな、安普請なんじゃぞ!」


「すみません。ですが朝霧さん、この壁、普通の岩じゃないみたいですね。なんだか、音が軽いような……。確か、建材の種類で税金の評価額が大きく変わると、市役所の研修で習いましたが」


 俺の冷静な指摘に、朝霧は一瞬、言葉に詰まった。だが、すぐにカッと目を見開き、苦しい言い訳をひねり出す。


「なっ、馬鹿を言うな! これはこの山特有の『鳴石』じゃ! 叩くと良い音がする、ありがたい石なんじゃよ! 古くからの言い伝えにもある!」


「『鳴石』、ですか。初めて聞きました。ですが、私の持つこのサーモグラフィで壁の熱伝導率を計測すると、高級断熱材として知られる『サニーティック繊維ボード』の数値と、小数点以下まで完全に一致するんですよね。不思議な石もあるものですね」


 俺が、スマホ型の調査端末に表示されたグラフを見せつけると、朝霧は「うぐっ」と呻き、観念したように肩を落とした。


「……そ、そうじゃ! 断熱効果の高い、珍しい石なんじゃ! 少し値が張ったが、快適な老後のために奮発したわい! それが何か問題か!」


 ――内装材の偽装、一つ目。まずは白状させたな。


 俺は彼の悪態には答えず、クリップボードにチェックを書き込むと、更に調査を続けるべく洞窟の奥へと視線を向けた。



 次に洞窟の中ほどで天井を支えている、ゴツゴツとした「天然の岩柱」へと近づく。


「お、おい、あんちゃん! 何する気じゃ! その柱はな、このダンジョンの大黒柱なんじゃ! むやみに触るな!」


 俺が柱の強度を確かめるようにもたれかかるフリをすると、朝霧が先ほどよりも必死の形相で止めに入った。


「これはまた、立派な柱ですね。ですが、なんだか金属みたいにひんやりと冷たいような……?確か、ダンジョンは『自然洞窟』か『人工建造物』かで、災害リスクの評価が変わって、税率も大きく変動すると聞きましたが」


 俺の指摘に、朝霧はカッと目を見開き、再び苦しい言い訳をまくし立てる。


「き、気のせいじゃ! これは、太古の金属樹の化石じゃ! 鉄分を多く含んでおるから、冷たいだけじゃ! 正真正銘、天然のものじゃ!」


「化石、ですか。それは貴重ですね。あ、ここに何か小さなプレートが埋め込まれていますよ。『ASAGIRI WORKS』……あなたの工房の名前では?」


 俺が、柱の根元、苔に隠れるように偽装されていた小さな金属プレートを指差すと、朝霧は「ぐぬぬ!」と呻き、観念したように白状した。


「……わしのサインじゃ! ワシが発見したという、記念のサインじゃ!……まあ、その、なんだ、強度が少しばかり心配で、中に鉄骨を一本通したのは、まあ、認めるわい! だが、あくまで補強じゃ!」


 ――構造の偽装、二つ目。見事なまでに、想定通りの反応だ。


 俺はやはり彼の悪態には答えず、再びクリップボードにチェックを書き込むと、洞窟の奥、天井の隅へと視線を移した。


 この洞窟は入り口こそカビ臭かったが、内部の空気は妙に清浄で澱みがない。先程からずっとその理由を探っていたのだ。


「朝霧さん。あの光苔、一つだけ光り方が違うように見えますが」


「天井なぞ見てどうする! 足元に気をつけんと、またコケるぞ! この洞窟はな、ワシですら知らん危険な菌類がおるかもしれんのじゃ! 変な空気を吸うなよ!」


 朝霧が、先ほどよりもさらに狼狽した様子で叫ぶ。その過剰な反応が、答えだ。


「ええ、ですから、安全確認のために調査しませんと。市の登録資産と相違がないか、念のため」


 俺は、調査員が使う、先端に小型カメラが付いた伸縮式のポールを取り出すと、その苔へと近づけた。


「お、おい、よせ! それはワシが育てとる、大事な……!」


 カメラの映像が、手元の端末に映し出される。苔の表面に偽装された、極小のメンテナンス用ハッチと、その開閉スイッチ。俺は、ポールの先端でそのスイッチを「誤って」押した。

 カシャリ、と小さな音を立ててカバーが開き、内部で静かに稼働する、精密な機械が姿を現す。


「こ、これは……新種の苔じゃ! そう、『メカニカル光苔』という、機械のように整然と光る、非常に珍しい苔での! ワシが発見したんじゃ! 触るな! 世紀の大発見なんじゃぞ!」


「世紀の大発見に、大手メーカー『キンダイ・インダストリアル』のロゴと型番が刻印されているのは、なぜです? それに、この『魔力式・空気清浄ユニット』は、事業用の『償却資産』として申告が必要な高価な設備かと思いますが」


 俺が、端末に映し出されたロゴの拡大映像を見せつけると、朝霧はわなわなと拳を震わせ、ついに白状した。


「……むん! 年寄りはな、綺麗な空気を吸って長生きする権利があるんじゃ! これも健康のため! 福利厚生じゃわい!」


 ――償却資産の申告漏れ、三つ目。これがあの異常なエネルギー消費の正体か? いや、これひとつでそこまでいくわけがない。


 俺はクリップボードにまた一つチェックを入れると、今度は洞窟の奥にある、古びた木製の扉へと歩みを進めた。取手には「貯蔵庫」という札がかかっている。


「ま、待て! あんちゃん! そこはダメじゃ! そこはワシのプライベートな聖域! 長年継ぎ足してきた秘伝の味噌やら、おふくろの味の漬物やらが眠っとるんじゃ! お役人様に見せるような代物では……!」


 朝霧が、両腕を広げて必死に扉を庇う。


「自家製のお漬物ですか、素晴らしいですね。ですが、事業で使われている可能性のある施設は全て拝見するのが規則でして。それに、扉の隙間から、少し土とは違う、青々しい香りがするものですから」


 俺がそう言って扉に手をかけると、朝霧は観念したように、がっくりと腕を下ろした。


 扉の奥には彼の言葉通り、いくつかの樽が置かれていた。だが、部屋の大部分を占めていたのは水路と魔法陣が組み合わされた、小規模な栽培棚だった。そこで育てられていたのは回復薬の原料となる『月光苔』。小部屋全体が、その淡い光で満たされている。


「これはまた、見事な『お漬物』ですね。小規模ではありますが、『月光苔』の栽培施設となると、『事業用』として高い税率が適用されると市役所の研修で習いましたが……」


「ち、違う! これは家庭菜園じゃ! ワシは夜、目が悪くてな、足元を照らすための自家消費用の明かりとして育てとるだけじゃ! 売ったりなど、断じてしとらん!」


「なるほど。では、そこの棚にある、きっちり10グラムずつに小分けされて、値段まで書かれた出荷用の箱は、一体何です?」


 俺が、棚の隅に隠された段ボール箱を指差す。朝霧は、しまった、という顔で完全に凍りついた。

 長い沈黙の後、彼は絞り出すような声で白状した。


「……少しだけ、小遣い稼ぎに、知り合いに売っとるわい……! 年金だけじゃ、やってけんのじゃ……!」


 ――用途の偽装、四つ目。おまけに、事業所得の無申告までついてきたな。


 クリップボードに淡々と事実を書き込み、いよいよ最後の区画となる、洞窟の行き止まりへと向かった。


 そこはただの岩壁があるだけの、殺風景な場所だった。


「ほれ、これで行き止まりじゃ。なにもなかったじゃろ? さあ、もう帰った帰った!ワシは忙しいんじゃ!」


 朝霧が、調査が終わったとばかりに、しっしっ、と手で俺を追い払うような仕草をする。


「そうですね。ですが朝霧さん、なんだかこの壁だけ、少し空気が動いているような気がしますね。それに、ここの岩の模様、横の壁とちょっとだけ繋がってないみたいです。不思議ですねえ」


 俺が、カモフラージュの僅かなズレを指摘すると、朝霧の顔が引きつった。


「そ、それはだな! ダンジョンの呼吸じゃ! ダンジョンとて生き物! 息をしておるんじゃ! 岩の模様が違うのは、地層が違うからじゃ! 素人はこれだから困る!」


「なるほど、呼吸ですか。では、この床に『開錠』って書いてありますけど、これが呼吸穴の印なんですね。勉強になります」


 俺が、靴先で床の埃を払い、隠されていたラベルを指し示す。そして、その中央を軽く踏み込んだ。

 静かな駆動音と共に、目の前の壁が奥へとスライドしていく。

 現れたのは、書斎として使われている四畳半ほどの小さな隠し部屋だった。


「物置にしては、立派な書斎ですね。もちろん、この広さ、ダンジョンの『登録延床面積』には含まれていませんよね?」


 俺の問いに、朝霧は天を仰いだ。


「……最近、物忘れがひどくてな! この部屋があること自体、すっかり忘れておったわ! 申請も、もちろん忘れておった!」


 隠し部屋による面積偽装、五つ目。これが、この洞窟の最後の秘密か。

 俺は、クリップボードに最後の書き込みを終えようとして、ふと、洞窟の隅にある濁った泉に目をやった。


「も、もう何もないじゃろ! そこはただの水たまりじゃ! 昔、雨漏りしとった名残でな!汚いだけじゃぞ!」


 俺の視線に気づいた朝霧が、先回りするように叫ぶ。


「ただの水たまり、ですか。にしては、水面から微かに清浄な魔力を感じますが……」


 俺は、靴紐を結び直すフリをして屈み込み、その水たまりを観察する。


「確か、ダンジョン内の土地は、その区画の特性によって『居住区』や『通路』、『資源産出区』といった具合に分類されて、評価額が大きく変わるんですよね?」


「そ、それはじゃな! ワシの長年の研究で発見した、新種の微生物が魔力を発しておるんじゃ! そう! バクテリアじゃ! だから、水そのものに価値はない! むしろ、危険な菌がおるかもしれん! 近寄るな!」


「なるほど、新種のバクテリアですか」


 俺は、朝霧の警告を無視し、その水に「うっかり」試験紙を浸した。吸い取られた無色の水が、ゆっくりと紙に色を付けていく。


「ずいぶんと面白い菌ですね。ふむ、緑色か――朝霧さん、これは低級ではありますが回復ポーションの原液です。これを『価値のない湿地帯』として申告するのは、少々、無理がありませんか?」


 俺がしっかりと緑に染まった試験紙を見せつけると、朝霧は顔を真っ赤にして怒鳴った。


「……ワシは、風呂上がりに、この水でうがいをするのが好きなだけなんじゃ……! これはワシの健康法じゃ! 個人のささやかな楽しみを、税金で取り上げるというのか! 鬼! 悪魔! 人でなし!!」


 ――資源産出区域の偽装、六つ目。


 俺はもはや彼の遠吠えに付き合うことなく、最後の調査対象である、壁に設置された赤い箱へと視線を移した。市の認定印が押された「緊急ビーコン」だ。


「さ、最後のこれだけは、文句のつけようがあるまい! ワシとて、やることはやっとるんじゃ! ダンジョン法に定められた通り、きちんと防災設備を設置しておる! これで税金が控除されるのは、正当な権利じゃ!」


 朝霧が、鬼の首でも取ったかのように胸を張る。


「ええ、素晴らしい心がけですね。ですが朝霧さん、このビーコン、認定シールの日付が三年前のものですが、一度も作動テストをした形跡がありませんね。機器のランプも点灯していませんが……」


「そ、それはじゃな! ワシが毎朝、心を込めて磨いておるから、ランプも新品同様なんじゃ! それに、これは最新式の省エネタイプでな! 普段は光らんのじゃ!」


「なるほど。では、このカバーの隙間から見えている、赤いペンキで塗られた石とガラス玉は何です?」


 俺が、カバーの僅かな隙間を指差す。そこからは、どう見ても電子部品ではない、ただのガラクタが覗いていた。

 朝霧は、言葉に詰まり、滝のような汗を流し始めた。

 俺は、彼の最後の抵抗を無慈悲に打ち砕くべく、そのハリボテのカバーを、パカリ、と開けて中を見せた。


「……こ、これは……その……ワシの芸術作品じゃ! そう! オブジェじゃ! いざという時は、これを魔力で飛ばして、救助信号とするんじゃ!」


 ――防災設備の偽装、七つ目。


 もはや言い訳にすらなっていない。


 全ての調査を終え、俺はクリップボードに書き留めたメモを元に、追徴課税額をざっと暗算した。


「さて、朝霧さん。本日確認できた申告漏れは、合計で七件。追徴課税額は、延滞税なども含めて……まあ、十数万円といったところでしょう」


「じゅ、十万!?」


「十数万円、です。悪質性はありますが……まあ、額が額なので、今回だけ特別大目に見ますので、後日まとめて修正申告してください。それで手を打ちましょう」


 俺のその言葉が、最後の引き金となったようだ。

 朝霧は、わなわなと拳を震わせ、ついに堪忍袋の緒が切れたように、顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。


「この悪魔めがあああっ! 鬼! 人でなし! ただでさえカツカツの年金暮らしをしておる、このか弱い老人から、まだ金を毟り取ろうというのか! ワシの楽しみを、ワシの健康を、ワシの安全を! 全て金に換えようというのか!」


 背中を押されるままにダンジョンから追い出され、そのまま玄関の方へと無理やり追い立てられる。


「もうよい! 分かった! その追徴税とやらは認めてやる! だから、とっととワシの前から消え失せろ! さっさと帰れ!」


 これで、この狭い洞窟の調査は完了か。それにしても、あの異常なエネルギー消費量の説明だけは最後までつかなかったが……。

 何となく引っかかるものを覚えながら革靴を履き、玄関の引き戸を開けた時だった。


 直前まで息巻いていた朝霧が急に静かになる。様子が、何かおかしい。


 振り返ると老人の顔からは血の気が引いており、その大きく目を見開かれている。その視線はある一点、軒先に置かれた大きな水瓶の上に取り付けられた蛇口に釘付けになっていた。


 ポチャン、ポチャンと、蛇口からはわずかに水滴が垂れている。


「み、水が! 水道代がァァッ!」


 俺の存在など無視するように、朝霧は俺の体を押しのけた。片方はツッカケ、もう片方は裸足のまま、もつれるようにして玄関から飛び出す――そして案の定、玄関の段差で派手にすっ転んだ。


「うおっ!」


 倒れ込む勢いのまま、朝霧は眼の前の水瓶に全体重をかけて手をつく。


 カチリ、と。

 場違いなほど、軽く乾いた音がした。


 体重をしっかりと受け止めた水瓶が、ゆっくりと地面に沈み込み、横へとスライドしていく。

 それと同時に、家の奥――ダンジョンの方向から、地響きのような、重い何かが作動する音が鳴り響いた。


 ゴゴゴゴゴゴ…………。


 静まり返った玄関先で、ポチャン、ポチャン、と、全ての元凶となった水道の滴る音だけが、虚しく響き続けていた。

 俺は真っ白になって固まっている朝霧を尻目に、静かに靴を脱ぎ直した。


「……朝霧さん。なんだか、家の奥の方で、大きな音がしたような気がしますが」


「な、なんでもない! ただの家鳴りじゃ! 古い家は、こういうことがあるんじゃ!」


「そうですか。念のため、確認させていただきます」


 俺が踵を返して家の中へずかずかと上がり込むと、朝霧は我に返ったように、真っ青になって俺の足に縋り付いてきた。


「お、お役人様! どうか! どうかご勘弁を!あれは、その、ただの物置でして! ワシの、ささやかなコレクションが置いてあるだけでして!」


 もはや、偏屈な老人の威厳はどこにもない。足元で「ごめんなさい!もうしません!」と泣き叫ぶ老人を無視し、再びあの襖を開ける。


「これはまた……すごいですね。朝霧さん」


 思わず足元で項垂れる老人に声をかける。

 襖の向こうには広大で豪奢な、金と黒で彩られた書斎が広がっていたのだ。磨き上げられた黒壇の床が、天井の巨大なシャンデリアの光を反射してきらめいている。壁一面に設えられた本棚は、俺が先ほどまで調査していた「洞窟」を丸ごと収納する形で、奥へとスライドしていた。


 俺は呆然とする老人を尻目に、その部屋へと一歩、足を踏み入れた。

 本棚に手を触れる。温かみがあり、どこか生命力を感じるような木材。


「……『世界樹』の若木材か。これだけで小さな家が建つな」


 次に、シャンデリアが照らす高い天井を見上げる。そこには、肉眼では見えないほどの緻密な魔法陣が幾重にも描かれていた。


「……空間維持と、高度な環境制御魔法。なるほど、これならあの異常な魔力消費量のデータとも辻褄が合う」


 そして、部屋の最も奥。ガラス張りの巨大な陳列棚の中には、タンス預金と呼ぶにはあまりにも高額な資産が、博物館のようにぎっしりと詰め込まれていた。

 A級モンスター『ヒュドラ』の頭蓋骨。ミュージアム級の希少魔導具。そして、山と積まれた黄金のインゴット。


「……これだけの資産を隠すために、あの涙ぐましい『倹約術』を演じていたのか」


 あの巧妙とはいえプロが見ればわかるような数々の偽装を、この特大のウソを隠すための目眩ましとして使っていたのだ。

 俺は呆れてものも言えないといった顔で、へたり込む朝霧を振り返る。


「天才というのは、ここまでやらなければ気が済まないものなのか……それとも、ただの馬鹿なのか」


 俺は、内ポケットから黒革の手帳を取り出す。


「……どちらにせよ、これじゃあ、見逃すわけにはいかないな、朝霧さん」


 こうして、心を完全に折られて嗚咽を漏らす、なんとも間抜けな天才老人を俺は現行犯で逮捕したのだった。








(第四話 了)

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