第10話 ケーキ屋のかくしごと

 僕と宮下みやしたさんがOWLに入店すると、店員のおばさんはやや怪訝けげんな顔をしつつ「いらっしゃい」とあいさつしてきた。何の変哲もない小さなケーキ屋に、成海せいかい学園の制服を着た男子高校生が二人。僕がおばさん側の立場だったとしたら、今のおばさんと同じような表情を浮かべてしまいそうだ。女子高生二人ならまだしも。


「うまそうやな」


 宮下さんはガラスケースの中にずらりと並んだケーキたちに目を奪われていた。店外からもケーキたちの様子を眺めていたが、焼きそばパンひとつでは物足りないのかもしれない。実を言うと、僕も母さんのお弁当だけでは足りないので、手のひらサイズのこのケーキなら二つぐらいは食べられそうだ。僕がこの中から選ぶとしたら、モンブランとチーズケーキかな。君なら何を選ぶ?


「うまそう、ではなく、どれもおいしいのよ」


 おばさんは宮下さんの言葉を訂正した。コンビニでバイトしている宮下さんには悪いけど、コンビニスイーツがどれだけ進化していったとしても、パティシエの手作業で作られたケーキたちには勝てない。コンビニスイーツの利点は手軽に買えること。こういうお店で買うケーキには、思い出の付加価値があると思う。


 僕は宮下さんが「こういうとこのケーキって、ちっこくて高いんやな……」とつぶやいたのも聞き逃さなかった。一個四百円。だいたいこのぐらいが相場だろう。僕の母さんがひいきしているお店もこのぐらいの価格だ。


「ケーキも気になるのですが、僕たちは、キーホルダーについてうかがいたくて、ここまで来ました」

「これやこれ。このフクロウのキーホルダーに、見覚えは?」


 どうしてもフクロウとは言いたくなくて、僕は〝キーホルダー〟と言った。だって、ミミズクだもの。君や宮下さんがフクロウと言い張っても、ここは譲れない。


 宮下さんが差し出したキーホルダーを見るなり、おばさんの接客用の笑顔はすっと消えた。僕と宮下さんをガラスケースの向こう側――客側ではなく店員側に手招きする。


「あんたたち、だったのね。だったら、に案内するわ」


 おばさんは店の外に目配せし、いそいそとブラインドを閉めた。揚羽あげはまちは閑静な住宅街だ。この店は路地裏にあるからか、人通りは少ない。近くに学校や公園といった公共施設があるわけでもなければ、鉄道の駅も少々離れたところにある。ケーキを買いに行くという目的がなければ、ここまでは来ないような立地だ。道に迷ったとしても、迷いすぎている。


「せやねん。ウチらは、菱田ひしだ大輔だいすけくんからの紹介や」


 ここは君と会話のできる宮下さんに任せよう。おばさんの口から出てきた気になる単語は、君が宮下さんに説明してくれている、と思いたい。新規会員ってなんだろう。


「菱田……そういえば、成海学園の生徒さんだって話していたわね?」


 おばさんは大輔を知っている。生前の大輔がここに来ていた。キーホルダーは、会員のあかし


「僕を、大輔に会わせてください!」


 宮下さんに任せようとしていたのに、僕は気持ちを抑えきれなかった。僕は君の死の真相に近付いている。ここが、かぎりなく近い場所だ。そうに違いない!


?」


 おばさんの警戒が、僕に向けられている。しまった。ここに大輔がいると決めつけているような言い方をしてしまうのは、よくなかったか。――でも、ここまで来て、何も掴まずに帰るわけにはいかない。


「九日前、学校で、僕の親友の大輔はと、担任から伝えられました。僕は親友がいなくなったショックで、しばらく引きこもっていたんです」

「……」


 僕を見定めるような目を向けられている。じろじろと、一瞬の変化も見逃すまいとする目だ。


 スピーチコンテストの審査員の目つきに似ている。壇上に上がって、観客の前でたった一人。手元には穴が空くほどに読み返したスピーチの原稿。目の前のマイクを見れば、観客までも視界に入ってくる。ここに一言でもミスがあったら減点してやろう、という厳しい視線が刺さってくるような、状況。


 待てよ。スピーチコンテストのあの緊張感に比べれば、たかがケーキ屋のおばさん一人に怖じ気づかなくともいいじゃないか。隣には宮下さんがいて、君もいる。


 一人じゃない。

 三人だ。


「大輔が僕に見せていなかった姿は、ここにある。僕と宮下さんを、地下室まで案内していただけませんか?」


 おばさんは、ガラスケースの上に置かれていたボタンを押す。おばさんの背後のドアから、ガチャリとカギが開く音がした。ドアには『関係者以外立ち入り禁止』の札が掛けられている。


「どうぞ?」


 ドアノブを回して、ドアを少し開けると、僕と宮下さんを手で誘導する。僕は左肩からずれ落ちそうになっていたスクールバッグを直して、ドアの先に続く通路へと進んだ。両隣にケーキ屋の包装紙や持ち帰り用の箱の備品が積まれた棚があり、狭い。だが、地下室へと続いていそうな階段はすぐそこに見えた。今度は宮下さんが僕の後ろに続く形だ。


雄大ゆうだいくん」


 宮下さんに呼びかけられて「なんですか?」と振り向いた瞬間に、ドアは乱暴に閉じられた。閉じ込められた……?


「うわ!」


 僕は扉に駆け寄り、ガチャガチャとドアノブを回す。押しても引いても、びくともしない。バンバンバンとドアを叩く。おばさんにも聞こえるはずだ。


「こんぐらい、大したことないで」

「ほんまでっか?」


 閉じ込められたっていうのに、宮下さんは冷静だ。僕は宮下さんから伝染した関西弁で聞き返す。こちらの部屋の照明がついているのが、不幸中の幸いだ。


「いざとなったら、ウチのを使ってこじ開ける」

「それ、ダメなやつじゃないですか!」


 宮下さんの秘めたる力、昨日はだった。秘めたる力がどうのと言ったくせに、カギを開けるのではなく窓から入ってきたこと、僕は忘れていない。


「今回はちゃうで。準備してきとるから」

「……ほんまでっか?」

「帰るときに見せるわ。出入り口が塞がれてしまった以上、使わなきゃあかんからな」

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