『時の図書館と影喰いの声』

@kenji06

第1章 図書館の夜


第1話 図書館の夜


深夜の街を、蒼はひとり歩いていた。

バイト帰り、終電を逃したせいで人影のない道をとぼとぼと進む。


ふと、目の端に明かりが差した。

商店街のシャッターが並ぶ中、ひとつだけ柔らかな光を放つ建物がある。


「…… 図書館?」


そんなはずはなかった。

昼間、この通りに図書館なんてなかったのだ。


——きぃ、と音を立てて扉が開く。


中は静謐な空気に包まれていた。

天井まで届く書架が並び、数えきれない本が眠っている。

どこか現実離れしていた。空気が澄みすぎて、時間が止まったように思えた。


「ようこそ、記憶の図書館へ」


声に振り向くと、一人の女性が立っていた。

長い黒髪を背に流し、淡い光に包まれたその姿は、まるでこの世界の人ではないように見えた。


「えっと……ここ、普通の図書館じゃないんですか?」

「ええ、普通じゃないわ。ここに並んでいるのは“人の記憶”の本。忘れられた記憶や、失われた想いが形になったものよ」


蒼は言葉を失った。

彼女の瞳を見た瞬間、嘘ひとつなく、ただ静かな真実だけが宿っていた。


「私は紗夜。この図書館の司書」

「司書……」

「あなた、蒼さんね?」


名前を呼ばれ、蒼はぎょっとした。

名乗っていないのに。


紗夜は微笑んだ。

「ようこそ。この夜から、あなたは“記憶を読む者”になる」

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