第3話

騒然とするギルドの中、私はカウンターの向こうでぼうぜんと立ちつくすギルドマスターに向き直った。

彼の目は、まるで信じられないものを見たかのように大きく見開かれている。

そのたくましい体つきとは裏腹に、子供のような素直な驚きが表情に浮かんでいた。


「お嬢ちゃん、あんたはいったい何者なんだ。」


再び繰り返された問いに、私は落ち着いて答えることにした。

ここで私が元聖女だと明かすのは、あまりにも危険すぎるだろう。

面倒なことを避けるためにも、今は薬師として通すべきだ。


「私の名前はエリアーナ。見ての通り、ポーションを作るただの薬師です。」


「ただの薬師が、あんなものを作れるか。王宮の錬金術師が作る高級品だって、あんなにすぐには効かないぞ。」


ギルドマスターは、興奮した様子で声を張り上げた。

その声を聞いて、周りにいた冒険者たちもいっせいに私に注目する。

彼らの視線が突き刺さるように集まり、ギルドの中の空気がすっかり変わった。


「おい、そこのお嬢ちゃん。そのポーションを、俺にも売ってくれ。」


「いくらだ、金なら出すぞ。先に声をかけたのは、この俺だからな。」


「いやこっちが先だ、俺は明日オークの討伐に行くんだ。仲間がひどいケガをしていて、どうしても必要なんだよ。」


あっという間に、私はたくましい冒険者たちに囲まれてしまった。

誰もが目を赤くして、私の作ったポーションを欲しがっている。

追放されてからずっと向けられてきた、見下したような視線とはまったく違う。

期待と、一種の尊敬が入り混じった眼差しが、少しだけくすぐったかった。


「まあ待てお前ら、騒ぐんじゃねえ。」


ギルドマスターが、分厚いカウンターを拳で叩いて一喝する。

地面が揺れるような音と、すごみのある声に冒険者たちは体を震わせた。

彼らは、しぶしぶといった様子で口を閉じた。

さすがは、元有名な冒険者だけのことはある。


「お嬢ちゃん、いやエリアーナ。話があるから、奥に来てくれ。」


ギルドマスターはそう言うと、カウンターの横にある扉をあごで指し示した。

私はうなずき、まだ興奮している冒険者たちをかき分けて彼のあとに続いた。

肩に乗ったプルンが、心配そうにぷるぷると震えているのが伝わってくる。


通されたのは、ギルドマスターの仕事部屋らしい部屋だった。

壁には古い剣や盾が飾られていて、一つ一つに激しい戦いの跡が生々しく刻まれている。

机の上には、たくさんの書類が積んであった。

彼は革張りの椅子に、どさりと腰を下ろす。

そして、私にも座るようにうながした。

ぎしりと椅子がきしむ音が、部屋の中に響いた。


「まずは、自己紹介がまだだったな。俺はバルト、このフロンティアの冒険者ギルドでギルドマスターをやっている。」


「ご丁寧にどうも、エリアーナです。」


「ああ、それでエリアーナ。まっすぐに聞くが、あんたが作ったあのポーションは量産できるのか。」


バルトさんの目は、とても真剣だった。

この町の冒険者たちのために、本気であのポーションを必要としているのが伝わってくる。


「材料と、作るための場所と設備があれば可能です。」


「場所と設備か、よし分かった。それは、俺が用意しよう。」


彼がすぐに決めたので、今度は私が驚く番だった。

会ったばかりで、どんな人間かも分からない私にそこまでしてくれるというのか。


「よろしいのですか、私はお金も持っていませんし。」


「これは投資だ、あんたのポーションにはそれだけの価値がある。いや、この町を変えるだけの力が、あると言ってもいい。」


バルトさんは、力強く言った。

彼は窓の外、冒険者たちが集まる町並みに目をやり話し始めた。


「この町は、都から遠い辺境だからな。王都からの助けも少ない。ケガをしても、まともな治療を受けられずに死んでいく冒険者も少なくないんだ。腕のいい治癒師は、もっとかせげる中央の都市に行ってしまうからな。」


彼の声には、多くの仲間を失ってきた者の痛みがにじんでいた。


「だが、あんたのポーションがあれば助かる命が増える。もっと難しい依頼にも挑戦できるようになり、町も豊かになるだろう。悪い話じゃないと、思わないか。」


彼の言葉には、たしかな説得力があった。

私の力が、誰かの役に立つ。

それは、聖女だった頃からずっと望んでいたことだった。

偽りの聖女だとののしられ、追放された今でもその思いは変わらない。


「分かりました、バルトさんのご協力を受けます。必ず、ご期待に応えてみせます。」


「そうこなくっちゃな、任せておけ。場所については、心当たりがあるんだ。」


話がまとまると、バルトさんはすぐに私を連れて外に出た。

向かったのは、ギルドの裏手にある少し古びた一軒家だった。

以前はギルドの倉庫として使っていたが、新しい倉庫ができてからは使われていないらしい。


「ここだ、中は少し散らかってるが広さは十分だろう。」


重い木の扉を開けると、中はほこりっぽかった。

しかし、たしかに二人で作業するには十分すぎるほどの広さがあった。

高い天井からは日の光が差し込み、ほこりがキラキラと舞っている。

大きな作業台を置く場所も、奥には寝泊まりできそうな小部屋もついていた。

裏手には、がんじょうなレンガ造りの井戸もある。

水も、自由に使えるようだ。

ポーション作りにおいて、きれいな水は命なのでこれはありがたい。


「素晴らしいです、ここなら最高のポーションが作れます。」


「気に入ったなら、何よりだ。掃除や改造が必要だろう、道具もそろえなきゃならん。費用は全部ギルドで持つから、必要なものがあったら何でも言え。」


「ありがとうございます、バルトさん。」


「礼にはおよばん、俺はあんたのポーションに期待してるだけだ。さて、早速だがどんな道具が必要なんだ。」


私は、昔の記憶を頼りに必要な道具のリストを頭の中で組み立てていく。

この世界の技術レベルで、再現できるものを選び出す必要があった。


「まず、材料を煮込むための大きな鍋がいくつか。材質は、熱が伝わりやすい銅がいいです。それから薬草を乾燥させるための棚と、すりつぶすための石臼。液体を正確に測るための、計量器のようなものもいります。あとは、完成品を入れるための瓶がたくさん必要になります。」


「なるほど、鍋や石臼なら鍛冶屋のゴードンに頼めばすぐに作ってくれるだろう。瓶は雑貨屋に、棚は大工に注文だな。よし、今から行くぞ。」


バルトさんの、行動力はすさまじかった。

彼は私を連れて、すぐに活気のある町へくり出した。

最初に向かったのは、いかにもがんこなドワーフが経営する鍛冶屋だった。

店の入り口からは、カンカンという規則正しいつちの音と鉄の焼けるにおいがただよってくる。


「ようゴードン、急ぎで頼みたいもんがあるんだが。」


「なんだいバルト、そんなに慌てて。お前さんがそんな顔をするなんて、珍しいこともあるもんだ。」


ゴードンと呼ばれたドワーフは、真っ赤なひげを揺らしながら言った。

バルトさんは私を紹介し、事情を手短に説明してくれた。


「ほう、このお嬢ちゃんがねえ。なるほど、ただもんじゃねえ目をしている。いいだろう引き受けた、鍋とあと何が必要だって。」


私は持っていた紙に、簡単な設計図を描いて見せた。

昔使っていた実験器具を思い出し、この世界にある材料で作れるように工夫したものだ。

特に、蒸留装置の代わりになるような、冷却管を組み合わせた器具の構造を説明した。

すると、ゴードンさんの目の色が変わった。


「面白い、なんだこれは。こんな仕組み、見たこともねえぞ。こいつは、作りがいがありそうだ。」


彼は設計図を、食い入るように見つめて指でなぞっている。


「任せな、お嬢ちゃん。最高の逸品を、作ってやるぜ。」


彼は職人魂に火がついたようで、すぐに巨大なつちを手に取って作業を始めてくれた。

その熱意に、私も嬉しくなる。

次に向かった雑貨屋でも、バルトさんの顔はよく効いた。

店主は、在庫のガラス瓶をすべてしかも割引価格で提供してくれた。

大工にも棚の製作を依頼し、工房の改造もお願いした。

町の人々は、最初は見知らぬ私を変な目で見ていた。

しかし、ギルドマスターであるバルトさんが一緒にいることで少しずつ警戒を解いてくれているようだった。

数日後、私の新しい工房は見違えるようにきれいになっていた。

壁は白く塗り直され、床はぴかぴかに磨き上げられている。

大工さんが作ってくれた、がんじょうな作業台と乾燥棚が置かれていた。

そして、鍛冶屋のゴードンさんが作ってくれた特注の器具類も運び込まれた。


「どうだエリアーナ、これで満足か。」


バルトさんが、満足そうに腕を組んで言った。


「はい、完ぺきです。これだけの設備があれば、すぐにでも量産を始められます。」


工房の中央には、まきを燃やすためのかまどが設置されている。

その上には、大きさの違う三つの銅鍋が並んでいた。

壁ぎわには、薬草を種類ごとに分類して置ける乾燥棚がある。

そして作業台の上には、ゴードンさん特製の蒸留器もどきが鈍い銀色の光を放っていた。

それは、私の下手な設計図をはるかに超える見事な出来栄えだった。


「プルン、ここが私たちの新しいお城よ。」


私の肩の上で、プルンが嬉しそうにぽよんと跳ねる。

追放されてから、ずっと不安な日々を過ごしてきた。

けれど今は、自分の居場所とやるべきことを見つけた。

胸の中が、温かいもので満たされていく。


「まずは、ギルドから前金で買い取らせてもらった薬草で低級回復ポーションを量産します。目標は、まず百本です。」


「おう頼んだぜ、冒険者どもが首を長くして待ってるからな。」


バルトさんが帰っていくのを見送ったあと、私は早速作業に取りかかった。

まずは、買ってきた大量の薬草を種類ごとに仕分けし乾燥棚に並べていく。

薬草の新鮮さや状態を見きわめるのは、基本中の基本だ。

次に、井戸からきれいな水をくみ銅鍋で火にかける。

もちろん、ここで使うのはただの水ではない。

私の、力の源泉だ。


「ふぅ、集中しなきゃ。」


私は手のひらに意識を集中させ、聖水を生み出す。

透明で、どこまでも純粋な水が鍋を満たしていく。

これこそが、私のポーションの品質を決める最高の材料だった。

薬草を丁寧に刻み、決められた温度でじっくりと煮込んでいく。

昔の知識が、最適な温度と時間を教えてくれる。

抽出が終わった液体を、プルンに通して不純物を取り除く。

プルンは私の聖水に反応して生まれたスライムだからか、液体をきれいにすることに優れていた。

そして最後に、ゴードンさん特製の蒸留器で純度を高める。

一滴、また一滴と美しいこはく色の液体がフラスコにたまっていく。

その輝きは、私が最初に作った試作品と少しも変わらないものだった。

品質管理は、薬を作る上での基本だ。

これを適当にしては、多くの人の信頼を裏切ることになる。

一晩中作業を続け、翌日の朝には作業台の上に五十本ものポーションが並んでいた。

一つ一つ、丁寧にガラス瓶に詰めてコルクで固く栓をする。

朝日が工房の窓から差し込み、瓶の中の液体をキラキラと輝かせた。


「よし、上出来ね。」


私は、満足げにうなずいた。

プルンも、私の隣でほこらしげに体を揺らしている。

まだ目標の半分だが、まずはこれをギルドに持って行こう。

バルトさんや、冒険者たちの喜ぶ顔が目に浮かぶ。

私の辺境での新しい人生は、今ようやく軌道に乗り始めた。

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