第12話

翌日、ヴァイスランドで初めての『青空学校』が開かれた。

村の広場に集まったのは、十人ほどの子供たちだ。

その後ろには、アルブレヒト率いる騎士団の男たちが控えていた。

彼らは、どこか緊張した顔つきである。

村人たちも、仕事の合間に遠くからこちらを眺めていた。

みんな、興味深そうにしている。


私は大きな木の幹に、昨日書き出した文字の表を張り付けた。

即席の、黒板代わりだ。

「皆さん、おはようございます」

「今日から、ここで一緒に勉強をしていきましょう」

私のあいさつに、子供たちは元気よく「はーい!」と返事をした。

その素直な反応が、とてもほほえましい。


最初の授業は、もちろん文字の読み書きから始める。

私は一本の木の枝を拾い上げた。

そして、地面に大きな『A』の字を書いてみせる。

「いいですか。これが、『あ』という音を表す文字です」

「皆さんも、まねして書いてみてください」


子供たちは、楽しそうな声を上げながら地面に文字を書き始めた。

みんな、夢中になっている。

形がいびつだったり、左右が逆だったりした。

だが、その目は誰もが真剣に輝いている。

学ぶという行為そのものが、彼らにとっては楽しい遊びなのだろう。


一方、後ろの方で同じように授業を受けている騎士たちは対照的だった。

彼らは、苦しそうな表情を浮かべている。

子供たちのように、地面に座るわけにもいかない。

立ったまま、窮屈そうに木の枝で文字を書いていた。

その手は、長年剣の柄を握りしめてきたせいで固くなっている。

細かい作業には、全く向いていないようだった。


「くっ……! なぜ、ただの線がまっすぐに引けないのだ……!」

「隊長、この曲がりくねった部分は一体どうなっているのですか!?」

あちこちから、うめき声や悲鳴に近い声が上がる。

普段、あれほど見事に剣を操る彼らだ。

その彼らが、たった一本の線にこれほど苦戦していた。

その光景はどこかおかしくて、私は思わず笑ってしまいそうになる。

なんとか、それをこらえた。


アルブレヒトだけは、黙々と文字を書き続けている。

しかし、眉の間には深いしわが寄っていた。

その集中力は、さすがというべきものだった。

だが、その額にはびっしりと汗が浮かんでいる。

彼にとってこの授業は、魔獣との戦いよりもずっと骨が折れるのかもしれない。


午前中の授業は、あっという間に終わった。

子供たちは、「もっとやりたい!」と名残惜しそうにしている。

それでも、それぞれの家に帰っていった。

その手には、私が宿題として渡した新しい紙と木炭ペンが握られている。


後に残されたのは、騎士たちの姿だった。

彼らは、ひどく疲れた様子で地面に座り込んでいる。

その顔には、ぐったりとした疲れの色が浮かんでいた。

頭を使った作業に、特有の疲れだ。


「……先生。我々は、とんでもなく難しいことに挑戦しているのかもしれない……」

アルブレヒトが、しぼり出すような声で言った。

「ええ、そうですよ」

私は、にっこりと微笑む。

「剣を振るうのは、筋肉の力です」

「ですが、学ぶというのは頭の筋肉を使う力です」

「あなた方は、これまでその筋肉をほとんど使ってこなかった」

「だから、疲れるのは当たり前です」


私の容赦ない言葉に、騎士たちは何も言えないという顔をした。

「ですが、筋肉と同じで使えば使うほど鍛えられていきます」

「諦めずに続ければ、いずれ剣を振るうのと同じくらい当たり前に文字を操れるようになりますよ」

私は彼らを励ますと、工房へと戻った。

学校の運営と同時に、進めなければならない計画がある。

セメントの開発と、コンクリート校舎の建設だ。


工房には、既にギュンターさんが待ってくれていた。

私の指示通りに、材料を集めてくれている。

主な材料となるのは、石灰石と粘土だ。

どちらもこの辺りの山で、比較的簡単に見つけることができた。


「嬢ちゃん。本当に、こんな石ころと泥んこで家が建てられるのか?」

ギュンターさんは、まだ半信半疑といった様子だ。

彼は、石灰石の塊を眺めていた。

「ええ。正確に言えば、これらを一度高温で焼いて粉にする必要があります」


セメントを作る仕組みは、こうだ。

まず、石灰石を高い温度で焼く。

すると、生石灰というものと二酸化炭素になる。

この生石灰に、粘土を混ぜるのだ。

そして、さらに高い温度で焼く。

すると、複雑な化学反応が起こった。

クリンカーと呼ばれる、岩のような塊ができる。

このクリンカーを細かく砕いたものが、一般的なセメントとなるのだ。


問題は、とても高い温度をどうやって作り出すかだった。

鉄を作るための炉でも、ぎりぎりの温度である。

より効率よく熱を閉じ込める、新しい構造の炉が必要になる。

「ギュンターさん。回転式の窯を作りたいんです」

私は、地面に設計図を描きながら説明した。

少し傾斜をつけた、長い円筒形の窯だ。

この窯をゆっくりと回転させながら、中で材料を焼く。

そうすることで、材料がむらなく熱せられ効率よく反応を進めることができるのだ。


私の説明に、ギュンターさんは目を輝かせた。

彼は、新しいものづくりとなると途端に少年のようになる。

「へえ、そいつは面白そうだ!」

「回転させる仕組みが、少し難しそうだが……」

「風車の応用で、なんとかなるかもしれねえな!」

彼と私の間では、もはや細かい言葉による説明は不要だった。

私が科学的な考えを伝えれば、彼がそれを具体的な形にしてくれる。

鍛冶屋としての、経験と勘でだ。

私たちは、まさに最高のパートナーだった。


新しい窯の建設は、すぐさま開始される。

炉の壁には、もちろん私たちが作った高性能な耐火れんがが使われた。

人手には、もう困らない。

午後の授業がない騎士団の男たちが、ちょうど良い働き手となったのだ。

彼らは午前中に頭を使い、午後は体を使うという実に健康的な毎日を送ることになった。


数週間後、私たちの工房の隣に巨大な装置が姿を現した。

それは、奇妙な形をしている。

全長十メートルはあろうかという、鉄の円筒だ。

れんがの土台の上で、ゆっくりと、しかし確実に回転していた。

風車から得た動力が、複雑な歯車の組み合わせを伝わってその巨体を動かしているのだ。


窯の内部では、真っ赤な炎が燃え盛っていた。

投入された石灰石と粘土を、焼き尽くしていく。

その光景は、まるで巨大な竜が火を噴いているかのようだった。

そしてついに、窯の出口からごつごつとした塊が転がり出てくる。

黒っぽい緑色をした、その塊。

セメントの素、クリンカーの完成だ。


「やった……! やったぞ、嬢ちゃん!」

ギュンターさんが、子供のようにはしゃいでいる。

私も、興奮を隠せなかった。

これで、近代的な建物の扉を開くための鍵が手に入ったのだから。

私たちはそのクリンカーを、時間をかけて細かい粉末にした。

水車を動力にした、粉砕機を使う。

灰色の、きめ細かな粉。

これが、セメントだ。


「さあ、皆さん。これから、本当の魔法をお見せします」

私は村人たちと騎士団を広場に集め、宣言した。

そしてセメントの粉に、砂と砂利と水を混ぜ合わせていく。

私が計算した、完璧な割合でだ。

最初はただの灰色の泥水だった。

それが、練り上げていくうちに粘り気のあるものに変わっていく。

これが、コンクリートだ。


私は、あらかじめ作っておいた木枠の中にそのコンクリートを流し込んだ。

木枠の形は、単純な四角いブロックだ。

「このまま、しばらく置いておきます」

「明日になれば、きっと驚くことになりますよ」

私の言葉に、集まった人々は不思議そうな表情を浮かべていた。

期待と、疑いの入り混じった顔である。

ただの泥が、一晩で何かに変わるなど信じられないのも無理はない。


翌朝、広場には昨日以上の人だかりができていた。

皆、息をのんで木枠の周りを取り囲んでいる。

私はゆっくりとその木枠を、金づちでたたいて取り外した。

すると、中から現れたのは灰色の石の塊だ。

昨日までどろどろの液体だったとは、思えない。

完全に、固まっていた。

それはまるで、岩から直接切り出してきたかのような硬そうな見た目だった。


「……固まってる……」

誰かが、ぼうぜんとつぶやいた。

ギュンターさんが、おそるおそるその塊をたたいてみる。

自慢の金づちで、力いっぱいにだ。

カーン!という、甲高い音が響き渡った。

しかしコンクリートブロックには、傷一つ付かない。

「い、石だ……! いや、そこらの石よりずっと硬いぞ、これは!」


その驚くべき結果に、広場はどよめきと歓声に包まれた。

泥から、一夜にして石を生み出す。

それは彼らにとって、まさに神様の仕業としか思えない奇跡だった。

「リディア様、ばんざい!」

「これぞ、聖女様の奇跡だ!」

いつの間にか、私は聖女と呼ばれるようになっていた。

このヴァイスランドの、本物の聖女としてだ。

その呼び名は、少しだけ私の心をくすぐったくさせた。


「さあ、皆さん! 感心している暇はありませんよ!」

私は、パン、と手をたたいて皆の注目を集める。

「この魔法の石を使って、私たちの学校をこの手で建てるのです!」

「子供たちが、雨の日も風の日も安心して学べる学び舎を!」

「世界で一番頑丈で、美しい学校を建てましょう!」


私のその言葉に、村人たちと騎士団が雄叫びのような歓声で応えた。

彼らの瞳は、希望と未来への確信に満ちて力強く輝いている。

身分も、生まれも、過去も関係ない。

私たちは、一つの目標に向かって心を一つにした最強のチームだ。

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