第14話 どれにしようかな?
立ち上がった私は、お酒の瓶を並べているガラスの棚の前に立った。
「今日は、どの子を飲もうかな?」
この世界で、こんな贅沢なものを眺めて飲んでいる優越感と高層ビルを見上げる敗北感。
この感覚が、私は堪らなく好きだ。
「今日は、君だよ」
バーボンを手に取って、キッチンに行く。
冷凍庫から、白く濁った氷を最高級品のロックグラスに入れて、トクトクとバーボンを注ぎ入れる。
私は、変わっている。
顔に関しては、造形美に拘り、一ミリの狂いも許さないくせに、こんな風に周りを取り囲むものにはアンバランスさを求めるのだ。
300万もしたソファーの前に、置かれたテーブルは、激安家具屋さんで5000円で買ったものだ。
このチグハグが堪らなく好きなのだ。
この飲み物だってそうだ!
氷を除けば、最高級品なのだ。
店で出せば、一杯五万はくだらないだろう。
しかし、そこにこの白濁りの氷が入ることによって途端に、この飲み物の価値が下がる。
金を払ってまで、飲みたくはない代物にいっきにかわるのだ。
でも、この白濁りした氷があるから高級品は輝いているのだ。
それに気づかない、愚か者にはなりたくない。
私が造るオーダー品達も同じこと。
チグハグなものがいるから、均一の取れた顔は、より輝いて見えるのだ。
そして、より価値が高まるのだ。
これを理解してくれる
過去に数人に打ち明けてみたが、『青葉君は、わがままだよ』『青葉君は贅沢だよ』と言われるだけだった。
所詮、金持ちの戯言のように思われているのだろう。
だが、違う。
コクッ、コクッと喉を優しく潤すように、バーボンを飲む。
私だって、最初からお金持ちだったわけじゃない。
パチンとテレビをつける。
あの頃の私は、テレビさえ持てなかった。
ある日、政府から言われてきたという業者に『今までのテレビが使えなくなりました。』と言われてすぐに回収されてしまったのだ。
頑張って働いて買った50インチのテレビ。
いつか自分がその画面に映れると信じていたから。
テレビはなくなったわけではない。
新しいテレビが生まれたのだ。
しかし、それは庶民に手が出せる代物ではなくなっていた。
「なにをゆうてんのや、小桜君」
「あんたな!いちいちあかんで」
「でもー、なんかー」
今の人達は、みんな芸能人を不細工だと詰る事をステータスにしている。
今の芸能人はみんな不細工ばかりだ。
あだ名は、ハニワや土偶と呼ばれている。
しかし、お金は、あちらの方が稼いでいるのだ。
私は、テレビを見つめる。
テレビの中の彼等が大好きだった。
オーダーの人物のように吐き気がやってこないのだ。
ズレていても輪郭にしっくりきているのだ。
そう、この顔には、不自然さが一ミリもないのだ。
そこが、気に入っている。
最近人気の
鼻は、小振りなくせに、口はやたらと大きい。
なのに、気持ち悪さは全くない。
これが、オーダーされた顔なら私は、彼の前で吐いていただろう。
テレビに映りたいがために逆オーダーをする人もいる。
そんな人間は、私にはすぐにわかる。
他の誰も気づかなくても、私は気づいてしまうのだ。
そこにあるべき、形の目や鼻や口がついていないってことに。
「面白い顔だ。でも、憎めない顔だ」
私は、テレビを消す。
オリジナルは、不細工だと決めつけたのはテレビや雑誌が始まりだった。
だから、少しでも美しければ、オーダーだと言われるのだ。
確かに、街行く人にパーフェクトな人間はいないかも知れない。
だから、こそ。
パーフェクトな人間は、オーダーされた顔になるのだ。
昔も、オーダーした顔の人はたくさんいたし。
売れたらいじるって人も多かった。
私の師匠が現れてから、オーダーは手軽になったから、余計だ。
師匠は、昔。
芸能人や政治家などの施術を担当していた。
たぶん、それを知っている人間が綺麗な顔はオーダーだと決めつけて発信したのだろう。
私や彼のようにオーダーではない人間が存在していたとしても。
彼らには、関係のないことだ。
なりたい顔ランキング……昔は流行っていたけれど。
今は、違う。
なりたくない顔ランキングというのが、度々雑誌の紙面に登場し。
小桜万代は、1位に2度入賞して喜んでいた。
今のテレビの人は、なりたくない顔だと言われれば言われるほどいいのだ。
私が、高級なお酒を飲めるのは彼らのような人がいるからだ。
だから、こそ。
テレビには、感謝している。
さて、そろそろ寝るとするかな。
立ち上がりグラスをシンクに持って行く。
丁寧に洗い拭きあげる。
この行程が好きだ。
今日、1日が終わったと教えてくれる瞬間だから。
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