第12話 連れて帰る

 私は、もう決めていた。

 あとは、夏目君の返事を聞くだけだ。

 夏目君に聞こうと思ったが、酔いが、ひどく回っているようで話せない。

 もういい。

 勝手に決めよう。

 私は、タクシーに乗り込んだ。


「ありがとうございます」

「はい、大丈夫ですか?」

「大丈夫です」


 私は、夏目君を支えてタクシーを降りる。

 タクシーというのは、今は人間のする仕事ではない。

 今は、ロボットがする仕事だ。


 昔は、ロボットと人間は、共存できないと思われていた。

 しかし、今は上手く共存している。

 人間にとって、危ない仕事は全てロボットが受け持ってくれている。

 ロボットのお陰で、私達は突発的な危険を免れているのだ。


 危険を伴うタクシーは、ロボットの仕事だ。

 しかし、その指示を出すのは人間で。 

 やはり、人間なくして、この世界を動かすことは不可能なのだ。


 飲み過ぎか緊張がほどけたのか、夏目君は眠ってしまった。

 私は、夏目君を自分のベッドに寝かせる。

 一流品をたくさん知って、元の世界には戻れないようにしたい。

 夏目君が、どんな人と付き合いをしているかわからない。

 だけど、この顔だ。

 女性にモテないことはないだろう。


 夏目君の頬に触れる。

 やはり、綺麗だ。

 精巧に造ったどのオーダー品よりも、綺麗で。

 手放したくない。

 

 変なことを考えるのは、寝室に二人でいるからだな。


 寝室から見える大きな窓からは、高層ビルが見える。

 最近は、高層階の窓清掃はロボットにかわっている。

 高層マンションがひしめき合う場所で、私は低いマンションに住んでいた。

 高所恐怖症だから?とよく聞かれるが、そうではない。

 私は、ここから高層マンションを見上げるのが好きなのだ。

 高層マンションに一生涯住めるお金はある。


 だが、私は。

 高いなーー、いいなーー、いつか住みたいなーー、そう思い続ける方をとったのだ。


 だってそうだろ?

 目標が叶えば、人は生きる意味を見失ってしまうのだ。

 見失うのは、今の時代簡単なこと。

 底辺の世界に堕ちてゆくのも簡単だ。

 それでも、踏ん張っていけるのは。

 私は、まだ。

 タワーマンションに住むほどの財力がないと思うからだ。

 まだまだ。

 高みを目指さなければと。

 ここにいると思うのだ。


 ベッドに眠る夏目君を見つめる。

 私の師匠は目標を叶えてしまったんだよ、夏目君。

 夏目君のさらさらした髪を撫でる。

 新しい目標を新たに立てるのは難しいのだ。

 夏目君を見ながら私は、あの日を思い出す。

 

ーー5年前


「青葉」

「はい」

「凄いのが、出来たな!」

「はい」

「最高傑作じゃないか」

「そうですね」

「体も顔も、どれをとってもパーフェクトだよ」

「よかったです」

「嬉しいです。ありがとうございます」


 志村美春は、本物オリジナルの時から綺麗だった。

 しかし、彼女は完璧を求めた。

 

  彼女は、筆下ろしをし形を整えていくと、まるで一枚の絵のように美しくなったのだ。


 師匠は、どんどん美春に惚れていった。

 そして、美春もまた師匠を気に入ったのが、私にはわかった。


 一ヶ月後、師匠は目標を失ってしまった。


「青葉、私は引退する」

「どうしてですか?」

「美春以上のものを、この先、造れる気がしない」

「そんな事はありませんよ」

「わかるんだよ!」


 初めて師匠が私を怒鳴りつけた。

 師匠の怒りに触れたことなどなくて驚いてしまった。

 それと同時に気づいたのだ。


「師匠、私の事は……」

「すまない、忘れてくれ」

「私といても、新しい目標が生まれないのですね」

「無理だ。生まれない。青葉、私は燃え尽きてしまったようだ。より、美しく綺麗な顔を造れる自信も気力ももうないよ。沢山、稼いだ。だから、もう引退するよ」

「引退なんて、師匠はまだ47歳ですよ」

「残りの人生は、美春と生きていく。ありがとな!青葉」

「師匠」


 私は、必要ないことを悟った。

 私は、師匠に捨てられてしまったのだ。

 一年後、師匠は子宝に恵まれたと葉書を送ってきた。


 そのあと、筆下ろしをして、パーフェクトな子供が出来上がったと喜んでいた。


 均一のとれた美しい顔の赤ちゃんと美しい美春と師匠が笑った葉書をシュレッダーに泣きながらかけたのを思い出す。


 結局は、女性が選ばれるのだ。

 最高傑作を造るためには、女性の力が必要不可欠だ。

 私には、師匠を笑顔にすることができなかったのに……。

 美春には、出来た。

 

 これから先もそうだ。

 夏目君が師匠のようになった時。

 救えるのは、美春のような美しい女性なのだ。


 この体に、子を宿すことができたら。

 師匠は、今でも私の隣で笑っていたのだろうか?

 



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