第9話 見せたいもの

「こちらです」


 青葉さんは、お会計をカードで払う。

 いつか、青葉さんのように僕もなれるのだろうか……。


「夏目君に、見せたいものがあるんだけど」

「はい」

「じゃあ、行こうか」


 青葉さんの言葉に立ち上がった。

 店を出て、二人で、並んで歩く。


「見せたいものってなんですか?」

「いいから、いいから」


 青葉さんは、ほろ酔いかも知れないが。

 僕は酷く酔っている。

 視界は、ぐにゃぐにゃしているし。

 ウイスキーやワイン。

 薄めないお酒が効いてるようだった。


「ついたよ」


 青葉さんが僕を連れてやってきたのは、クラブやラウンジと呼ばれる場所だった。


「ここですか?」

「そう。だけど、中に入るわけじゃないよ」


 青葉さんの言葉の意味がわからなくて、首を捻る。

 青葉さんは、僕の腕をひいてパネル写真の前

に連れて行く。


「ここの、No.1のAIRIだよ」

「綺麗なお顔ですね」

「当たり前だよ、夏目君。だって、これは私が造った顔だ!1ミリの狂いもなく精巧に造った顔なんだから」


 青葉さんの言葉にパネル写真をまじまじと見つめると。

 僕は、ドキっとして、惹き付けられる。

 写真でこれなら、会ったらどうなのだろうか…?

 もっと。

 もっと。

 綺麗なんじゃないだろうか。


「彼女は、明日くるよ」

「本当ですか?」

「もしかして、夏目君は、AIRIに会いたくなった?」


 青葉さんに返事をする前に、僕は、パネル写真に抱きついていた。


「もしかして、夏目君、酔ってる?」

「酔ってますよ。当たり前じゃないですが。初めて飲むお酒を原液で飲んだんですから」

「それも、そうだね」

「でも、こんな綺麗な顔に、明日会えるなんて嬉しいです」

「よかったね、夏目君」


 青葉さんは、ニコニコしながらもどこか悲しそうだった。


「もしかして、青葉さんは悲しいんですか?」

「ううん、そんな事ないよ。嬉しいよ。だって、彼女は私が造ったから。造ったものをこんなにも褒めてもらえるなんて。筆師としては最高だよ

「青葉さん」

「何?」

「僕は、青葉さんとずっといますよ。師匠さんとは違いますから」

「何だよ、それ。ハハハ」


 青葉さんは、笑ってくれる。 

 だけど、どこか寂しそうで。

 代わりになれなくても、僕は青葉さんから離れたくない。

 だって、こんな綺麗な人に、興味を持たれた事が嬉しいから。

 青葉さんの隣にいれることが、嬉しくて、堪らなかった。


「夏目君、明日から修行だよ」

「わかりました」

「夏目君の初めてに相応しい相手だよ!AIRIは……」

「青葉さん、僕、頑張りますよ」

「頑張ってね!夏目君」


 青葉さんは、嬉しそうに笑った。

 頭がくらくらする。

 もうずいぶん、酔っていた。

 僕は、本当に酔っている。


「青葉さん」

「どうしたの?」

「いつか、僕が青葉さんと同じ場所に行けたら」

「行けたら?」

「僕とデートして下さいね」

「何言ってるの?夏目君」

「約束ですよ」

「はいはい」

「約束」

「約束」

 

 だから、こんな事も言えた。

 青葉さんと僕は、約束を交わす。

 一人前になって、青葉さんのように僕もスマートにお金を払いたい。

 そして、この底辺から抜け出したいたい。

 青葉さんの隣に並ぶのに相応しい人間になったら。


「夏目君」


 もう視界がボヤボヤしていて。


「大丈夫?」


 青葉さんの声は、遠くで聞こえている。


「帰ろうか?」


 足の感覚もなくて。


「歩けるかな?」


 返事はしてると思っていたけれど。


「無理しないで、もたれていいから……」


 きちんと返せていなかったようだ。

 僕は、青葉さんに、もたれた。

 青葉さんからは、いい匂いがする。

 すずらんの香りだ。

 何か、癒される。

 やっぱり、青葉さんと一緒にいたい。

 一生一緒にいたい。

 そのために、僕は……。

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