第8話 行こうか
お会計をして、青葉さんは立ち上がる。
僕も一緒に、立ち上がった。
【空】じゃないお酒になれていないからか。
少し、クラクラする。
「また、来るよ」
「はい、お待ちしております」
マスターは、青葉さんに深々と頭を下げた。
財布には、見たことのないお金が入っていて。
お会計で、渡したお金は僕の給料を遥かに越えていた。
青葉さんはお金を払って店を出る、僕は後ろからついていく。
青葉さんの後ろ姿を見ながら思う。
僕が、男の人が好きなら、ここで告白している。
酔っぱらって、グルグル回る思考と視界。
こんなに綺麗で。
お金もスマートに払って。
それで……。
それで……。
「おっと。夏目君、危ないよ」
青葉さんに、支えられて、ドキドキする。
心臓の音が聞こえそうで、さらにドキドキが加速する。
ヤバい。
何か話さないと。
「何歳ですか?」
「えっ?40歳だよ」
僕の唐突な言葉に、青葉さんは困惑している。
当たり前だ。
いきなり歳を聞かれても困る。
でも、続けなきゃ。
じゃないと。
「見えないですね」
「いやいや、おじさんだよ」
「いえ、本当に綺麗ですよ」
「何?私は、口説かれてるのかな?」
ーーヤバい。
青葉さんにドキドキがバレないようにしたつもりが。
口説くみたいな言い方をしてしまっていた。
青葉さんが笑う。
顔をよく見てみると目元に小さな皺がある。
「それは、消さないんですか?」
「皺のこと?」
「はい」
「私は、自分には試さないよ。だって、年老いていくのが人間じゃないか。これまで消したら、私は絵画と変わらないだろう」
青葉さんの言葉に、また胸がドキドキする。
いろんな意味で、凄い人。
僕が、芸能人だったら、きっと消すだろう。
だって皺って、年輪っていうから。
それがあるだけで、老けたって言われちゃうわけだから。
「夏目君には、空きっ腹すぎたかな?」
連れてこられたのはお洒落なレストランだった。
やっぱり、住む世界が違う。
「入ろうか?」
「こんな状態ですよ」
「食べ物が入れば元気になるよ」
青葉さんは、気にしないで店に入って行く。
緊張する。
こんな場所に来たのなんて、初めてだ。
「青葉様、いらっしゃいませ。こちらにどうぞ」
店員さんは、僕を見ながら一瞬眉間に皺を寄せる。
きっと場違いだと言いたかったのかも知れない。
青葉さんは、奥にある個室に案内された。
「ご注文は、お決まりでしょうか?」
「ああ、いつもので」
「かしこまりました」
店員さんは、青葉さんに深々とお辞儀をすると部屋を出て行く。
窓から見える夜景が綺麗な場所だ。
窓を眺めていると、青葉さんに話しかけられる。
「夏目君は、彼女は?」
「い、いませんよ」
「じゃあ、結婚は?」
「彼女がいないんだから。してないに決まってるじゃないですか」
「ハハハ、それなら、私にもチャンスがあるのかな?」
「ゴホッゴホッ」
緊張で目の前に置かれた水を飲んだ僕は、青葉さんの言葉に咳き込んでしまった。
「大丈夫かい?」
青葉さんは、僕を心配そうに見つめる。
まさか、水がつまって、死にかけるなんて。
「だ、大丈夫ですよ。それに冗談は、やめて下さい」
涙目で、言った僕に、
「冗談じゃないよ」
と言ってから青葉さんは笑った。
ドキドキが落ち着いたはずの心臓の鼓動が聞こえる。
どうしよう。
何か話さなきゃ。
何かを話す前にコース料理が運ばれてきた。
とくとくと目の前のグラスにワインが、注がれる。
ワインは、さっき覚えたばかりだけれど。
店員さん、いや。
ワインソムリエとかいう人だ。
自己紹介で、「本日、青葉様の担当をさせていただくワインソムリエの西脇です」って話していた。
ワインソムリエ?何だ、それ?
それに、この店は、いったいいくらするのだろうか?
青葉さんは、注がれたワインを味わって飲むと頷いた。
テーブルに料理が並び。
店員さんが去って行く。
いなくなったのを確認して、青葉さんに話しかける。
「男の人が好きなんですか?」
僕の質問に、青葉さんは首を横に振る。
「じゃあ、何で?」
「夏目君、私はね。見飽きたんだよ。オーダーされた顔に……」
青葉さんは、悲しそうに目を伏せたと思ったら、すぐに僕を見つめる。
「この気持ち、夏目君にはわからないだろうね。久しぶりに、夏目君の顔を見つめて私はワクワクした。ドキドキとワクワクが何度も何度もやってきた。たぶん、あの日、私にあった師匠も同じ気持ちだったんじゃないかと思ったんだ」
「青葉さんの師匠は?」
「師匠はね、結婚したんだよ。五年前にね!自分が造った最高傑作とね」
青葉さんは、悲しそうな目をしながらワイングラスをゆらゆらさせる。
「好きだったんですか?」
「えっ?」
「師匠さんの事」
「好きだったよ。凄く、愛していた」
青葉さんは、師匠を思い出し、柔らかい笑顔で笑う。
「師匠もね!私を愛してくれた。丁度、夏目君の歳に出会ってね。それから、ずっと一緒にいた」
「でも、別れたんですね?」
「別れたよ。私は、所詮男だから……」
「どういう意味ですか?」
「師匠は、女性が好きだったって事かな!」
青葉さんは、悲しそうに目を伏せている。
男だから……。
そんな理由で、青葉さんと別れるだろうか?
他にも理由があるんじゃないのか?
僕は、もっと青葉さんを知りたい。
「デザート食べる?」
「はい」
「ここはね、ジェラートが、絶品なんだよ」
注文するとすぐにデザートと小さいカップに入ったコーヒーがやってきた。
「美味しいです」
「よかった」
青葉さんが、僕に見せる笑顔が嬉しい。
ジェラートには、少しだけお塩がかかっている。
不思議な程に、美味しくて……。
僕は、この先も青葉さんとずっと一緒にいたいと思った。
こんなご飯やお酒を一緒に味わいたい。
ずっと……。
ずっと……。
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