第5話 手紙と魔術師 1
境界町の配達所。
昼下がりの光が差し込むカウンター越しに、マルラが帳簿をめくっていた。
港町からの帰路を終えたレオンは、足音を殺して中へ入る。
「……陶器と書かれていた荷物、中身は機械兵器だった」
低い声に、マルラの手が一瞬だけ止まる。
「へえ、そうだったのかい」
「知らなかったとは言わせない」
レオンの視線は冷たい。
マルラは肩をすくめ、帳簿を閉じた。
「まあ、怪しいとは思ってたさ」
「……」
「でもね、あんたと組ませておけば問題ないと思ったんだよ。フィオナの教育にもなるし」
口元に浮かんだ笑みは、悪びれた様子もなく、むしろ楽しんでいるようだった。
「俺は教師じゃない」
「そうかい? でも、あの子はあんたと組んでから随分と動きが良くなった」
マルラは椅子にもたれ、わざとらしく伸びをする。
「世の中、全部が安全な依頼じゃない。あんたも知ってるだろ」
そこで、ふっと声を落とした。
「……粛正隊が動いてる。荷物の中身を偽って配達させた契約違反を、送り主や受取人ごと粛正する連中だ」
片眉を上げて続ける。
「お前の港町の任務で違反があったと聞いて、シェラ・ナイトフォールが勝手に飛び出した。命令もしてないのに、もう現地に向かってる」
マルラは肩をすくめ、口元に薄い笑みを浮かべた。
「だから、安心しておけ」
レオンは視線をわずかに伏せる。
(……むしろ、相手に同情するな。)
心の中でそう思いながらも、表情は変えない。
マルラは机の引き出しから一通の封書を取り出す。
封蝋には見覚えのある紋章が刻まれていた。
「次の依頼だ。宛先は——セレナ・ヴァルディア」
レオンの眉間に皺が寄る。
マルラはその反応を見逃さず、にやりと笑った。
「セレナは帝国と王国の境界沿い、王国側の奥地にいる。人里から離れた山間で、街道もろくに通ってない。モンスターも強いし、行くのは骨が折れる場所だ」
「へえ、そんなとこ行くんだ。……でも私たちなら楽勝じゃん」
横で聞いていたフィオナが、尻尾を揺らしながら軽く笑う。
レオンは視線を封書に落とし、短く息を吐いた。
「……楽じゃない」
その声には、距離や魔物のことだけではない、別の重さが滲んでいた。
何も言わず、封書を懐にしまい込む。
その仕草には、軽い荷物には似つかわしくない慎重さがあった。
「カゲリには任せないのか?」
「いないので」
マルラは軽く流すように答え、肩をすくめた。
「え、ただの手紙でしょ? 何をそんなに警戒してるの?」
フィオナが首を傾げる。
レオンは答えず、背を向ける。
「行くぞ」
その背中に、フィオナは「やっぱりよく分からない」という顔をしたままついていった。
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