第八帖 金剛帝「浴場にて逸材発見」

後宮の清掃が無事終了し、灰廉と妃たちは速やかにそちらに移り住み。

新たに後宮が開かれ、三名の妃を迎え入れたことに伴い、皇家は多数の新たな使用人を募り。

皇家は租税を食い潰すのみの存在と、口さがない民達は言うが、こうして雇用を生み出している側面にも目を向けていただきたいものだ、と、わたくし金剛帝は溜め息をついた。


さて、今日も今日とて檜湯に入るといたすか

……この一時いっとき、灰廉は三名ものうら若き妃に囲まれていると思うと、なんとも華やかで羨ましいことだ。

であるにも関わらず、当人は、本来八人まで増やせる妃を向こう一年は増やすな、などとのたまうのだから、世の中はままならぬものだ。


まあ、しかし

……一夫一妻の妃を亡くしたわたくしにもこのような、健気にも背中を丹念に流してくれる、新たに雇い入れたうら若き女房が

……ぬっ?!

この女房、やけに……

「こっ……金剛帝様

 ……鍛え上げられたお背中が眩しゅうごさまいますぅ……」

栗色のおぐしに大ぶりな翡翠翡翠の耳飾りがよく似合う、一際若く、洒落っ気のある小柄な娘だ。

そして、そのあどけなさの残る顔立ちに似合わぬ

……豊かな胸元!


「娘よ、男に興味があるのか?」

「は、はい。

 ……金剛帝様に申し上げるのもいかがなものかと思いますが、いかがわしい絵巻物に描かれた男女のそのような行為などを見ておりますと、ふつふつと興味が

 ……そして、わたくしの実家は銭湯なのですが、金剛帝様の同年代でこれほどご立派な体躯の方は、そうはおられませんよ……

 薬湯を学んで登用試験に臨み、花嫁授業として御所に上がった甲斐があったというものです……」

そう言うと娘は唾を飲んだ。


……ふむ。

後宮で多くの妃を持つのは、目下のところ、灰廉のみに許された特例だ。

しかし、いまのわたくしには、たったひとりの妃もおらぬのだ。

皇族の女官や女房への『お手つき』は、この国ではよくあること。

わたくしはよわい四十二。

若いとは申しませぬが、同年代や歳上で未だにそのような欲望があるという話は、古今東西、枚挙まいきょいとまがない。

この娘の側がわたくしを欲するのならば

……咎められることでもあるまい……


……否!

今の皇家には、わたくし自身の欲望よりも、成さねばならぬことがある!

「娘よ、名と齢を名乗りなさい」

「はっ、はい、翡翠と申します、齢は十六です」

蛇紋国の婚姻可能年齢、ちょうど下限ではないか!

子作りの機会を長く取れるということだ!

「翡翠よ、そなたは女人として、男を奮い立たせる魅力に溢れておる。

 生い先短いわたくしになぞ関わっておる場合ではないぞ。

 灰廉のもとへゆきなさい」

「えっ、およろしいのですか?」

翡翠は殊更に瞳を輝かせた。

「もったいなきお言葉!

 謹んでお受けいたします!」

そうだろう、そうだろう……

輝かしい若人には、若人が似合う……

我が息子に、こうも艶やかな女人をこれほどまでに惹きつける魅力があるのは、喜ばしいことだ……



「灰廉!

 女房の中に、子を成す生命力に溢れた女人を発見したぞ!」

「父上、妃はいまの御三方で充分、追加をするならば御子ができず一年経ってから、と言ったそばから……」

灰廉様は呆れ、眉を顰めて溜め息をついた

……そのような表情ですらも悩ましく麗しい、と、わたくし翡翠は感じました。

金剛帝様に若々しさが加わった圧倒的な御顔立ちと体躯、この絶好の機会を逃すわけにはいきますまい。

絶対に妃に滑り込んでやる。


「翡翠と申します、齢は十六でございます」

恭しく頭を下げるそぶりをしつつ、胸元のやや下を押さえた

……よしっ!

灰廉様の眼差しが刺さりましたわ!

「灰廉様、絵巻物や姿絵での御姿よりも、実物は殊更にお美しゅうございますね……

 このような輝かしい殿方と夫婦めおとになれるなど、この上なき慶びにございます!」

歓びを抑えきれない、というそぶりを全身にみなぎらせ

……わたくしは灰廉様の腰に抱きつきました。

衣の奥で、雄の本能と雌の本能がぶつかり合う息吹を感じました。

「さ、さようでございますね

 ……たしかに彼女は、子を成す生命力に溢れているやもしれませんね

 ……本当に向こう一年は、翡翠君が最後ですよ?」

「約束しよう」



「え、ええと……」

檜湯でふたりきりになると、灰廉様はひどく座りの悪そうな面差しになられました。

「なにぶん、お見苦しい御願いとは承知の上でございますが

 ……先の三人に、一年は妃は増やさないと宣言してしまった故、口裏を合わせてはいただけませぬか、と

 ……実は珊瑚君は、皇室御用達かつ販売用の拉麺作りを指揮する名目でいらしたお妃様なのです。

 それを踏襲いたしまして、翡翠君は、薬湯作りと販売を指揮する人材としていらしたということにできませんかな、と……」

「構いませんよ」

「えっ、宜しいのですか」

「実際に周囲にそう思わせるだけの知識に覚えもございますしね。

 ふふっ、わたくしを受け入れた真の理由は、胸の内に秘めておきますね」

悪戯っぽく微笑みかけると、灰廉様は僅かに頬を染めて俯きました。

「ふふっ、わたくしに対して恥じることはございませんよ。

 わたくしも同じ心持ちなのですから。

 わたくしはその、灰廉様のお美しさと逞しさで、自身の内にある『女』を悦ばせ、満足させてさえいただければ、名誉などいらぬのです。

 本日の薬湯にも、血行を促進する生姜が……」

「そ、そう申されれば

 ……全身に生気が漲ってきたような心持ちがいたします……」

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