第七帖 珊瑚「灰廉様が私を好く訳がない」

わたくしを目にした灰廉様、瑠璃君、紅玉君の御三方は、驚いたように目を見張りましたが、金剛帝様から拉麺販売の御話をお聞きになると、ほっと胸を撫で下ろしました。

それもそのはず、灰廉様は、

「今回ばかりは致し方ありませんが、これ以上妃を増やすのは一年経っても御子のない場合になさってください!」

諫言かんげんしたものの、金剛帝様の生返事ぶりを顧みるに、いつ話を違えるやら、怪しいものです。

ならば、女人達は、いつ埋められるかわからない後宮の残りの殿舎を、妃としてはものの数にも入らないであろうわたくしが一つ押さえてしまうことを、却って好都合と捉えたのでしょう。


然るべき感性です。

それで構わないのです。

お渡りがなくとも、わたくしにはここでの生き甲斐がありますもの。

寧ろ、夜伽の負担もないので、却ってありがたいぐらいかもしれません。

お美しい方々は、お美しい方々同士で、男女の機微を存分にお楽しみくださいまし。

「灰廉よ、今宵は珊瑚君に御渡りになるのだぞ」

「はっ、はい」

それはまあ、義務として御渡りにはなりましょうが

……実際に夜伽が行われることはありますまい。


「ええと、それでは

 ……その晩に渡る女人とは共に湯に入ることとなっておりますので……」

なっ、なんですと……!

輝くばかりに美しい灰廉様と、ふたりきりで湯に……?

「よっ、夜伽の時のみならばいざ知らず、こっ、このような見苦しい肉体を灰廉様のもとに曝け出すなど、たいへんにお恥ずかしゅうございます」

「お見苦しくなぞございませぬが、恥ずかしいという御気持ちは、よく

 ……わたくしも御一緒いたしましょうか?」

紅玉君が申し出てくださいました。

「ぜっ、是非とも!

 この機に親睦を深めてしまいましょう!」

並び、較べられることもお恥ずかしゅうございますが、このような艶やかな方なればこそ、灰廉様の眼差しを受け止めてくださるやもしれませぬ。

「わっ、わたくしも!」

まあ、瑠璃君もひとり弾かれたくはございませんね。


え、ええと……

灰廉様は存外、満遍なく目を配る方なのですね

……その上、各々に送る眩しげな眼差しにも差をつけず

……高貴なお育ちなだけあり、品格を身に付けておられるのでしょうか。

まあ、ただただこの、一糸纏わぬ妃達に囲まれているという状況を、御喜びになっているようにも見えますが。


「灰廉様、お背中をお流しいたしましょうか?」

紅玉君はまことに気働きのできる御方だ。

「お背中、広くて逞しゅうございますね……」

……否。

この頬の染め方は、もしや、

湯のあたたかさのせいではなく……



部屋に入るや否や、灰廉様はわたくしを背後から、長い腕でそっと包み込みました。

「あっ、あのっ……

 金剛帝様の手前、わたくしに全く御渡りにならないわけにもいきますまいが

 ……ご自分でお選びになったお美しいお妃様がお二人もおられるのに、初日からご無理をなさらなくてもよろしいのですよ?

 わたくしも、作った拉麺が喜ばれ、重宝されれば、そのことのみで幸福ですから……」

「その慎ましさがたまりませんな」

「し、身体の方は全く慎ましくはございませんが

 ……あはっ、瑠璃君、紅玉君と並べば、違いは歴然ですよね……」

「その、違いが歴然なところがよろしいのではございませんか」


灰廉様は、袿の上から、わたくしの腕を優しく揉みほぐし始めました。

「率直に申し上げますと、最初に御姿を拝見した時は、その

 ……父上も風変わりな御方だ、皇家としては親しみやすさが過ぎるでしょう? と思いましたが、なるほどどうして

 ……男では、同じような体躯でも、このような柔らかさはありますまい……

 無理などしてはおりませぬよ。

 顔色や声色は取り繕うことができても、ここまではできますまい……」


かっ……

硬きものが?!

「かっ、灰廉様ともあろう、やんごとなき御方が、お気は確かにございますかっ?!

 湯での瑠璃君と紅玉君の艶姿で、そのような御気持ちになられたのですよね?!」

「……ああ、なるほど……

 さすがに昨日の今日では、珊瑚君も御心の準備はできませんね。

 よくわかりました、今晩は添い寝をいたしましょう」


灰廉様は、その長き指で、宝物を慈しむかのようにわたくしの全身にお触れになりました。

硬きものは、常にそのままの硬度と角度を保ち続けておりました。

月明かりに照らし出された、そのあまりにも美しく、心地良さそうな中にもどこか切なさの浮かぶ表情に、わたくしはかたじけない心持ちになってまいりました。

いえ、それだけではございません。

自信のただただ柔らかくふくよかな肌とは対照的な、逞しき身体に

……わたくしは、今の今まで一度も呼び起こされたことはなかった、自身の中の女というものが、むくりとうごめいたのを感じました。

「……灰廉……様……」

「……お宜しいのですか」


ふぅ……

わたくしの人生に、このような艶ごとが刻まれますとは……

しかし、お相手は最高の殿方であり、あまりにも分不相応な胸の高鳴りを覚えたことで、却って

……欲しがりすぎ、深入りのしすぎは危うい、と本能が告げておりました。


「……灰廉……様……

 あなたさまに御子をなさねば、という重責があるのは理解しておりますが

 ……御渡りになるのは、わたくしの月のものの都合の良い時のみになさってくださいまし。

 そして、どの女人にも月のもののご都合がない時には

 ……紅玉君に御渡りになってさしあげてくださいまし」

灰廉様は、はっとした表情をされました。

「……気がついておられたのですね」

「ふふっ、そしてわたくしに渡る日の入浴には、紅玉君を伴ってくださいましね。

 最も貴方様を慕う女人にお背中を流されれば、御気分も最もおよろしくなりましょう。

 そうなると瑠璃君も負けじと、自ずと浴場に御姿をお見せになるやもしれませんね」

「さすが、父上が強くご推薦なされただけあり、人をよく見ておられる、聡明な御方だ」

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