第二帖 瑠璃「名誉のために後宮入り」
いきなり肩に手を回してくるとは、やはり生まれた時から
ですが、まあよいでしょう。
灰廉様の申し出を受け入れたのは、心からの反省の意を示す為、
そして、舞姫になったのもそうですが、
自身に箔をつけるためなのですから。
この世に、人々に重んじられ、崇められるほど、気持ちのよいことがあるのでしょうか。
金剛帝様の発言を顧みるに、この後どれだけの女人が後宮入りしてこようとも、灰廉様がお選びになったのはわたくしと紅玉君だけとなる可能性は高いでしょう。
その紅玉君も、看板娘と呼ばれ、灰廉様に見初められるだけあって美貌ではありますが、それは
舞姫と比べると、身体の線が洗練されておりませんわ。
また、いくら慌てていたとて、着物をたくし上げておみ足を露出させて走り出すなど言語道断、たとえ家が裕福だとしても、お育ちが悪すぎますわ。
灰廉様はそこに新鮮味を見出して、同じような女人を並べるより面白いと思われたのかもしれないけれど、妃として相応しいのはわたくしだと、すぐにお気付きになるはず。
おっほっほっ。
わたくしの天下は揺らぎませんわ。
灰廉様は自らの殿舎にわたくしと紅玉君を連れ込むや否や、人払いをした。
「コホン。
ええと、まずは……
いきなりこんなことになってしまってかたじけのうございます、何か尋ねたいことはございますかな?」
ふふふ。
灰廉様でも、初対面の美貌の女人を二人も目の前にすると気後れなさるのね、お可愛らしいこと……
「ええと」
紅玉君がおずおずと手を挙げた。
「き、妃は最終的には何名になられるかとか、おわかりになります……?」
「後宮の
わたくしの部屋の八角を女人が囲む形になりますね。
お二方は先行者利益で、殿舎の位置はこうなります」
灰廉様は筆と懐紙をお取りになって、滑らかな筆捌きで、
空室 空室 空室
瑠璃 灰廉 紅玉
空室 空室 空室
とお書きになられました。
これを先行者利益と言うなぞ、ご自分の隣室だから嬉しいだろう、というおこがましさが感じられて、ああ、嫌ですわ。
まあたしかに、斜めの部屋よりは尊重されている感じはいたしますので、見栄えは良いけれど……
人数だって、わたくしには多くとも少なくとも、どちらでもよろしゅうございます。
少なければ目立てる上に、大事にされている感じが出ますし、
多ければ、そのぶん夜のお渡りが少なく、
真っ先にそのようなことをお気になさるとは、紅玉君は実に風変わりな御方だ。
それよりも気になることがあるでしょうに……
「わたくしは日々の過ごし方が気になります。
先代のお妃様はご公務のみでもお忙しそうでしたが、複数名となると、一人あたりのご公務も量が違ってくるでしょう。
時間が空いたりなどしたら、何をしておればよろしいのでしょうか?」
「たしかに、左様でございますね。
当面はこちらで皇室のしきたりなどをお勉強していただくことになりますが……」
古めかしい虎の巻が出てまいりましたわ!
「ご自由にお出かけになられますと、警護が大変ですので、やはり殿舎でのお仕事やご趣味が中心となってしまわれます。
二百年以上前の後宮では、お手すきのお妃様は、唄や詩、絵画、書物、香、楽器、そして瑠璃君のように舞などに興じて文化人としての役割を果たされたり、囲碁や
その頃はふくよかな女性がよしとされていたのでそれでも宜しかったのですが、現代の感覚ですと健康が気になりますよね。
瑠璃君には是非とも、舞を続けていただき、祭事では実演していただきたい」
「望んでもない!
ありがたきお言葉にございます!」
最高の華やかさと栄誉!
一方、紅玉君は、わ、わたくしは何をすれば……と言わんばかりの表情を浮かべていた。
ふっふーん。
「さて、わたくしの方からも御二方にお尋ねしたいことがございます」
「は、はい、なんでございましょう?」
わたくしと紅玉君が居を正すと、灰廉様はふいに眉と声をひそめ、
「えっ、ええとですね
……御二方、月のものはいつにございますか?」
「えっ!」
なぜそんなことを訊かれるのかと、血の気が引いた。
紅玉君は頬を紅く染めていた。
「ははは、御二方、御名前と同じお顔色になられましたね」
笑うところじゃないでしょう……!
「でしたら、灰廉様はこのような時、お顔が紫になられるので?」
「ははは、それでは病気でしょう。
しかし紅玉様、灰廉が紫色の石とは、よくご存知ですね。
……しかし、これは世継ぎを作るにあたって大切な情報なのですよ。
現代医学では、月のものから、御子が出来やすい時期を逆算できるのです。
まあしかし、男であるわたくしが尋ねたのは、たしかに軽率をお詫びいたします。
女官か女房をお呼びいたしますので……」
「い、いえ、大丈夫でございますっ!
懐紙にしたためてお渡しいたしますので!」
女官か女房なんて、現時点では灰廉様より知らない相手だから、却って気を遣うではありませんか。
「……ふむ。
では、今晩は瑠璃君、明日の晩は紅玉君に渡るといたしましょう」
げっ……!
初日でいきなり……?
でも、そのようなご事情があるならば、もう少し待ってくださいませ、とも言いづらい……!
紅玉君もおはします前で、いきなり灰廉様の御心を損ねたくもないので、これは受け入れるしかありませんわ。
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