妙な女人達が後宮に送り込まれてきます

あっぴー

第一巻 自身で選んだ二人の妃

第一帖 灰廉「女人が牛車で突っ込んできました」

「頼む、灰廉かいれん

 お前が皇族最後の希望なのだ!

 後宮を復活させ、多くの妃を迎えることを受け入れておくれ!

 多くの子を成すには、二十歳の今からすぐ始めてほしいのだ!」

いつもは横柄な父・金剛帝こんごうていが、床に頭を擦り付けておられます。


東洋の小国・蛇紋じゃもん

昔は我々皇族は、後宮が当たり前の国でしたが、近年は国際化に併せて一夫一妻、後宮は二百年以上も使われず、ただただ敷地内に存在するだけで古びておりました。

それでも直系に拘り続けた影響で、皇族は、先日我が母・玉髄が没したことで、遂にわたくしと父の二人のみとなってしまいました。


「そうですね、海外のご機嫌を伺うより、我が国の伝統が大切です。

 ところで、女人達はわたくしが選んでよろしいので?」

「いや、お前さんはまだまだ未熟だ。

 わたくしが相応しい家柄の女人を、」

「そんな!

 父上の選球眼は古臭いではありませぬか!

 未だに慎ましやかな女人ばかりをいい女だのと!

 そんな女人ばかりに囲まれては、複数名いる意味がなく退屈なだけではありませぬか!」

「し、しかし……

 複数名の妃を住まわせる費用をこちらが負担しては、民の年貢負担が増え、不満を持たれるだけだぞ」

「では、裕福な女人という線だけは守りましょう……」



そこまで言うと、父上はかわや(お手洗い)に立たれました。

しばし独りで待っていると、俄かに外がひどく騒がしくなりました。

思わず御簾みす(すだれ)を上げて、たまげました。

目が覚めるほどの真っ青な色合いに似合わず、後輪に真っ赤な火がついた牛車ぎっしゃが、御堀を破って皇居の敷地内に飛び込んできたのです。

「い、池! 池!

 前方左の鯉の池に突っ込んでください!」

わたくしの先導で牛車は池に突っ込み、無事鎮火しました。


「も、申し訳ございません……

 牛車が走り出した後に火がついていることに気がつき、気が動転して迷走し、皇居の御堀や、美しい鯉たちが泳ぐ池を傷つけてしまいまして……!

 どれだけの賠償をすればよろしいのやら」

「いえいえ、人命に勝るものはございませんから」

「ははーっ、なんと寛大なお言葉」

牛車から出てきたのは、歳の頃40ほどの恰幅のいい殿方と……


「灰廉、何があったのだ?」

「父上!

 塀から女人が牛車で突っ込んでまいりました!」

「なにっ?!」

「し、しかもこの女人……」

髪は自然な亜麻色あまいろ、つぶらで愛くるしい瞳は栗鼠りすのようで……


「わっ、わたくし、

 このような方を妃に迎えとうございます!」

「なぬっ?!

 いやいや、見目だけで選ばれては

 ……い、いや……

 この女人、見覚えがあるぞ!

 牛車の製造会社のご令嬢で、ご自身も舞姫を務める、瑠璃君るりぎみでおはされるな!

 歳の頃も十九歳のはず、よいだろう!」

「わっ、わたくしを妃になど、もったいなきお言葉……」


瑠璃様はぺこりと頭を下げました

……が、わたくしの視線は、後方から猪突猛進に走り寄ってきた黒髪の女人に釘付けになりました。

狐のように涼しげな瞳の周りは紅く縁取られており

……は、速く走る為とはいえ、着物をたくし上げ過ぎではないでしょうか

……純白のおみ足が目の毒ですぞ。

「も、も、申し訳ございません金剛帝様、灰廉様!

 こちら様の牛車の炎は、我が焼肉店の火事が燃え移ったものでございます!

 責任はわたくしにございます、いかばなりの賠償をなさればよろしいのやら……」


「わっ、わたくし、

 こちらの女人も妃に迎えとうございます!」

「なっ、なにっ?!

 た、たしかに見目は麗しいが

 ……身分と年齢を名乗りなさい」

父上の言葉に、今しがた追いついた女人の母上らしき女性が言った。

「こちら、我が紅玉焼肉店の看板娘の紅玉こうぎょく、十九に御座います」

「……ふむ。著名な店じゃな。

 一夫一妻の恋愛結婚を見て育ってきた灰廉のこと、こやつがその気になれない女人ばかり並べても、世継ぎを作る目的は達せられんかもしれん。

 そして、最初に誰か一人だけを娶っては、このご時世だ、妃は自分のみと勘違いが生まれて、後々厄介なことになるやもしれん。

 よろしい、瑠璃君、紅玉君。

 賠償金は割り引くから、後宮に入りなさい」

「はっ、はい!

 もったいなきお言葉!」


よしよし。

これでこの後、父上がいくら好みに合わない女人を妃として後宮に送り込んでこようが、この二人で充分、元は取れるというものです。

「本日からわたくしたち、夫婦めおとでございますね、よろしくお願いいたしますよ」

わたくし灰廉は嬉々として、二人の華やかな妃の肩を抱き

……後宮が綺麗に磨き上がるまではと、本殿に戻りました。

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