すきだから

ㅤしばらくベッドの上で、二人ぼーっとしている時間が過ぎていく。


ㅤなんだかこの感覚が心地よくて、それでいてどこか懐かしい。


ㅤ横を見ると、雪菜は私の方を向いていて、顔をまじまじと見つめている。


「どうしてそんなに見つめているの?」


ㅤそう言うと、彼女はハッとしてわたわたと手を振る。


「ちょっと見惚れてただけ...だめ?」

「別に、いいけど」


ㅤどうもこの子は私に惚れているように思える。こんな私の、何がいいだろうか。


ㅤ外を見ると、もう午後1時となっていた。案外、時間とはすぐ過ぎるものだ。


「...ほんとに、さぼっちゃったね。」

「私もともと勉強できないし、別にいいかな」

「勉強できないとこの学校入れないでしょ、一歳さんだって頭いいよ。」

「適当に1週間くらい勉強した付け焼き刃の実力」

「...それで入れるなら苦労しないんだよね。」


ㅤそう、なのだろうか。


ㅤきっと妹の頭がいいから、同じ血の私も、もしかしたら頭がいいのかもしれない。


「...ねえ一歳さん。」

「...何」

「さっきの...もう1回してもいい?」


ㅤさっきの...ああ、ベットに押し倒すやつか。


「いいよ」

「そ、それじゃあ失礼します...」


ㅤ先程とは打って変わって、丁寧に、私の体をゆっくりと倒す。


ㅤそこに先程のような感情の揺れ動きはなく、ただ不思議な体勢で二人、遊んでいるだけのように思える。


「...本当に、何も感じない?」

「...ええ」

「そっか。」


ㅤ不意に、眠くなってきて、目を閉じる。


ㅤ何も感じなかったといえば、ちょっとだけ嘘だ。


ㅤ雪菜の体温、肌と肌の触れる距離、沈み込んだベッドの感触。


ㅤそのどれもが、私に熱を感じさせた。


ㅤ彼女もまた、私の隣で横になる。


ㅤその日はよく眠れたもので、意識を完全にこの手から放すことができた。



ㅤ目が覚めると、世界は強く歪んでいるように見えた。


ㅤ寝ぼけているのだろうか。そう思い横を見ると、彼女の姿は居なかった。


「え」


ㅤそんな声が出てしまう。


ㅤ彼女の方から離れていくと思わなかったから。


ㅤどこにいるのか分からなくなったから。


ㅤ壁も、床も、窓も空も、その輪郭が歪んでいく。


ㅤ色を失った世界が、そのうちに幾何学的な様相を呈し出す。三角、スクエア、ペンタゴン。


「どこにいるの」


ㅤ必死になって走った。ねじれた部屋の壁にぶつかり、どこまでも出口が見えない。


ㅤ冷えた煙が私の背中に付きまとっている。


ㅤ逃げなきゃ。そう思っても、凍えた足が動かない。


ㅤたすけて。


ㅤたすけてよ。


「たす...けて...」


ㅤそう、やっとの思いで声を出しても、身体の凍えが止まらない。


ㅤ私、死ぬんだな。


ㅤ死ぬのが怖い。前よりもずっとずっと。


ㅤどうしよう。


「ごめんコンビニ行ってた〜」

「雪菜さんっ!」

「わぁっ」


ㅤ彼女を見た瞬間、じわりじわり身体が温かくなって、飛びついてしまった。


「ど、どうしたの...って冷たっ!大丈夫なの?!」

「はーっ...はーっ...大丈夫...もう...」


ㅤ雪菜の肌に触れると、世界は私を怖がらせるのをやめてくれた。


ㅤ涙で滲んだ視界に、色が少しずつ戻っていく。


ㅤその中でもやっぱり、彼女の鮮やかさは周りのそれとは全く違った。


ㅤ雪菜だけが、歪み荒んだ世界でも、ただ一つ、確かな存在だった。


ㅤどうして彼女にとって私が大切なのか、どうして私は彼女に惹きつけられるのか。


ㅤ私が思うより、もっと単純で、純粋な理由なのだろうと、そう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る