第3話

 ニュー帝都ホテルは新宿駅の中央口から少し離れたところにあった。

 木村の運転する捜査車両の助手席に腰を下ろした私は、まだ朝日が昇る前の薄暗い街をサイドガラスから眺めていた。ある作家は新宿の街を眠らない街だと評したことがあった。また別の作家は新宿を不夜城だともいった。この街は昼も夜も関係なく人が出入りし、賑わいを見せている。車窓から眺めていても、あちこちのビルで派手なネオンが輝いており、午前四時という時間にもかかわらず、歩道には人影がちらほらとあった。

 ホテル周辺には人だかりが出来ていた。赤色灯をつけた新宿署のパトカーが三台停車しており、その近くでは規制線を張って野次馬の整理にあたる制服警官の姿もあった。

 車をパトカーのすぐ近くに停車させると、私と木村は規制線をくぐってホテルの正面玄関へと向かう。

 その途中、顔見知りの制服警官がこちらの姿に気づいて「ご苦労さまです」などと挨拶をしてきた。

 私と木村は捜査一課の人間であることを示す『捜一』と書かれた腕章をはめ、捜査員用の手袋をしてからホテルの四階へと向かった。

 エレベーターで四階につくと、フロアには大勢の警察官の姿があった。壁などにライトを当てて証拠を探す鑑識係やホテルの従業員や宿泊者から話を聞く捜査員たち。私と木村はその間を縫うように歩き、現場となった四〇二号室へと足を踏み入れた。

 すでにロクは運び出された後であり、現場となった部屋の中で刑事たちが事件の考察をしているところだった。二人が部屋に入っていくと、中にいた刑事たちが一斉に振り返り、視線がこちらに集中する。

「ご苦労さまです」

 木村がそう言って刑事たちに頭を下げると、新宿署の刑事たちも同じように頭を下げて挨拶を返してきた。しかし、その中でひとりだけ鋭い視線を送ってきている人物がいた。新宿署刑事課強行犯捜査第二係長である小池警部補である。小池の顔には『またお前か』とはっきりと書かれていた。

「小池さん、よく会いますね」

 先制のジャブを出したのは、私の方からだった。

「またお前かよ。なんで俺の縄張り《シマ》ばかりで事件を起こすんだ」

 ため息混じりに小池が言う。

「それは犯人に言ってくださいよ。私と小池さんが顔を合わせないで済むように、さっさと犯人を捕まえてしまいましょうよ」

「こっちだって一生懸命やっているっていうんだよ。嫌味かよ。仕事じゃなきゃ、お前のことなんてぶん殴ってやっているのによ」

「それはパワハラですね、小池さん。いや、脅迫かもしれません」

「なに言ってんだ。お前のほうが階級は上だろうが」

「階級は関係ありませんよ。下からでもパワハラはパワハラですから」

「うるさい男だな。本当にぶん殴りたくなってきた」

 そんな言葉の応酬を私と小池はしているが、別に犬猿の仲というわけではない。こんなやり取りはいつものことであり、ちょっとした挨拶代わりのようなものなのだ。ただ、私と小池の関係を知らない人間からすると何事だろうかと思われるだろう。

「じゃあ、殴られる前に事件を解決しなきゃいけませんね」

「当たり前だよ。解決したら、お前のことをぶん殴ってやるからな」

「どっちにしろ私は殴られるってことですか」

 私がおどけて言うと、近くにいた木村が呆れた顔をしながら二人の間に入ってきた。

「はいはい二人とも、もうお終いにしてください。本当に事件を解決しましょうよ」

「木村ちゃんにそう言われちゃったら、しょうがないな」

 笑いながら小池は言うと、持っていた手帳を開いて事件の概要を話し始めた。

 被害者である平井は、夕方にホテルへチェックインをしたあと部屋に引きこもっていた。平井が部屋を出たのは午後九時過ぎであり、それは防犯カメラの映像にも残されていたし、ホテルのドアロック記録にも平井が部屋のドアを外から施錠したという記録が残されていた。ホテルから出ていく平井の姿はホテルのフロントマンも目撃しており、平井が午後九時過ぎにホテルから外出したということは確かだった。

 その後、午後十一時近くに平井はホテルへと戻ってきていた。こちらについても、部屋の鍵が外から開けられたというシステム上の記録が残されている。しかし、平井が戻ってきた時の映像は防犯カメラには記録されておらず、平井がエレベーターではなく階段を使って部屋に戻ったということが考えられる。

 平井が部屋に戻った後、部屋のドアはロックされていなかった。通常であれば、部屋に入るとオートロックが作動して施錠されるようになっているのだが、システム的な不具合なのか、それとも故意にロックされないようにしていたのかは不明であるが、平井の部屋の鍵は開いたままの状態となっていた。

 そして、午前三時。ホテルの従業員が館内の見回りをしていたところ、平井の泊まる四〇二号室のドアが少しだけ開いた状態となっていることに気づき、廊下から部屋の中へと声を掛けた。しかし、室内からの反応はなく、従業員が確認のために室内を覗き込んだところ、部屋の中で死んでいる平井を発見。すぐに警察へ通報を行った。

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