第2話

 どこからか聞こえてくる無機質な電子音。その音によって、私は強制的に夢の中から現実世界へと引き戻された。目を開け、ベッドサイドに置かれているスマートフォンへと手を伸ばす。ディスプレイに表示された文字列を見た時、私は舌打ちをして眠っていた脳を一気に覚醒させることに努めた。

「――お休みのところ、すいません」

 電話を掛けてきたのは後輩の木村だった。電話番号は固定電話の外線番号であったため、彼女が今日は当番だったのだろうと頭の何処かで考えていた。

「大丈夫だ。どうした」

「ニュー帝都ホテルでが出ました。手口からして、例の事件と同様の――」

「わかった。すぐに行く」

 電話を切ると、私は冷水のシャワーを浴びて目を覚ました。昨夜の酒は残ってはいない。そんなに飲んではいなかったし、四時間程度の睡眠を取っているので問題はなかった。

 ロクというのは、警察隠語で死体を指す言葉だった。の六文字。三途の川の渡し賃、六文銭。色々な由来があると言われているが、死体のことはロクと呼んでいた。

 シャワーから出ると髭を剃り、クリーニングから戻ってきたばかりのシャツに袖を通した。スリーピーススーツを身につけ、縁の細いメガネをかけて、出勤の用意を整えると、配車サービスを使って車を一台呼んだ。始発にはまだ早い時間だった。自家用車で行くことも考えたが、四時間前のアルコールがまだ体内に残っている可能性も考えられたため、万が一のことを考えての選択だった。

 霞が関に着くと職員用通用口から入り、エレベーターに乗って刑事部のフロアへと向かう。刑事部のフロアには捜査一課、捜査二課と刑事事件の捜査を担当する課がいくつも存在している。

「お疲れ様です」

 私が捜査一課のフロアに足を踏み入れると、すぐに電話をしてきた木村が走り寄ってくる。木村は女性としては背が大きく一七〇センチくらいあり、少し厚底の靴を履いていたりすると、一七五センチの私とあまり身長が変わらないようにも感じた。

「ロクの身元は?」

「管轄する新宿署によれば、新宿にあるバー『フレデリック』のオーナーということがわかっているそうです」

「フレデリック……」

 私は思わず足を止めた。フレデリックというバーは昨晩、私が立ち寄ったバーの名前である。場所は東新宿であることから、おそらく殺されたのはその店のオーナーなのだろう。

「どうかしましたか?」

「いや……。それで犯人の目星はついているのか」

「現在、防犯カメラの映像を解析中ですが、目撃証言なども無いことから、まだわかっていません」

「死体が発見されたのは、ニュー帝都ホテルということだったな」

「はい。フレデリックのオーナーである平井は、昨日から一泊の予定で部屋を一室取っていました。夕方五時過ぎにチェックインを済ませて、部屋に入ったことまではわかっていますが、その後の足取りはわかっていません」

「なるほどね。犯行の手口はいつもと同じか」

「はい……」

「指紋などは何も残されていないんだろうな……」

 私は独り言をつぶやくように言うと、自分のデスクへと向い、鍵のかかったデスクから捜査資料を取り出した。

 この半年で同じ手口の犯行が続けて三件発生していた。被害者となったのは、芸能事務所の社長、金融業者の社長、人材派遣会社の経営者であり、そして今回のバー経営者が新たなる四人目の被害者となったわけだ。被害者たちの共通点を探してはいるものの、見つけることは出来ていない。ただ、殺され方が四人とも同じであり、同一犯による犯行という考えで捜査は進められていた。

「じゃあ、現場へ行こうか、木村」

「はい。車を回します」

 そう言って木村は駆け足で捜査一課のフロアを出て行った。

 捜査一課のフロアには夜勤の人間が数人いるだけだった。それもそのはずである。時刻はまだ午前四時。日の出よりも早い時間だった。

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