第3節 わし、息子達から追われる 1話目


 ――同日深夜。オルランディア王国内、空の玉座を残した王の間にて。月明かりに照らされた二振りの魔剣が、とある会話を交わしているところから話は続く。


「――それでどうする? イスカ」

「何がだ?」

「とぼけてんじゃねぇ。俺達の内の誰が親父を討つのかって話だ」


 そうやって穏やかではない話を語るのは、金属の鎧に身を包みながら野性味を感じさせるような、筋骨隆々の男。その背中には、大剣というよりは巨剣と言った方が正しいほどに巨大な剣を背負っている。

 そしてもう片方――いつもであれば王の腰に挿げられている宝剣を腰に挿げた、聖騎士のごとき清浄な雰囲気をかもしだす青年の姿をした剣霊イスカが、涼しげな顔で男の話を耳にしている。


「父上を討つ……その役割をお前がするとでも? ボルグ」


 イスカの冷ややかな口ぶりに苛立ったボルグは、背中に背負った大剣を片手で引き抜き、そして切っ先をイスカの首筋に向ける。


「そういえばいつから長兄にそんな口を利くようになったんだっけかぁ? 王の懐に落ち着くようになってからかぁ?」


 身内同士でありながら、一触即発の雰囲気。しかしイスカは一瞬にして、ボルグの手から大剣を弾き飛ばして見せる。


「ぐっ!」


 抜剣のスピード。それは音を置き去りにするとされるアドワーズをも超える速さ。同じ魔剣でありながら、その剣筋を一切見切ることができなかったボルグだったが、なおもイスカを睨み続けている。

 ――抜き身となって現れたのは、一振りの剣。過度な装飾のなされた鞘に納められてはいるが、剣自体には至って細工などない真っ直ぐな直剣ロングソード。しかしそれ自体がそのまま完成形と思わせるような煌めきを感じさせるような、常人には見えないオーラをその剣は纏っていた。


「っ……上等じゃねぇか」

「上等? フッ……当然のこと」


 イスカはここまで眉一つ動かすことなく、抜剣とは反対に緩やかなスピードで剣を鞘へと納めつつ、ボルグに対してたしなめるかのように口を開く。


「……我らを生み出した父上の言葉通り、私こそが最高傑作だ。いくら兄上とはいえ、勝てる筈もないことはとうに知っているだろう?」


 そうして事も無げと言った様子のイスカだったが、その内心では今回の一件に対して同じように考えを巡らせていた。


「……しかしながら愚かな末弟のレーヴァンはさておき、アドワーズが向こうにいるのはあまりいい事ではない事は確かだ」

「ったく、あの馬鹿は本当に気が狂ってんのかって話だな。真っ先に親父を追い出すことに賛成しておきながら、向こうについていくなんてよ」

「どうせ気まぐれに自由が欲しくなっただけだろう。飽きればこっちにいつでも戻ってくる。それよりも、だ」


 ボルグとイスカ、共にレーヴァン離脱に対してはそう深く考えてはいなかった。その代わりにアドワーズについては、まるで深刻な問題であるかのように取り扱っていた。


「アドワーズか……あいつについては生まれてずっと父親っ子だったから分からなくはねぇが……」

「今回の追放の件も、最後まで首を縦に振らなかったのは彼女だけだったな」

「そもそもの追放計画をてめぇが立てた時点で、相当怒っていたからな。まっ、それも何度も話し合いを重ねた結果、渋々とはいえ納得したはずだが……」


 イスカが計画し、皆が認めた鍛冶師ウェルングの追放計画。自らの生みの親でありながら、この仕打ち自体には何の感想も持っておらず、彼らが気にかけているのは同じ魔剣である二人のことのみ。


「どっちにしろ、親父を討てばあいつらは戻って来ざるを得ねぇ。頼る先が消えれば、元鞘に戻るだけよ」

「…………そうだな。兄上の言う通りだ」


 少しばかりの沈黙ののち、イスカはボルグの言葉を肯定する。


「どっちにしろあの場で親父があれ以上ごねていたら同じ結果だったんだ。後はそれを誰がやるかだが――」

「僕がやりますよ」


 二人が振り向いた先――視線が集められた先にはもう一人、黒剣を背中に背負った細身の男が一人立っている。


「ダーイン、起きていたのか」

「すいませんね、夜行性なもので」


 黒剣は普通のロングソードよりも長いもので、男の長身具合でようやく地面を引きずらずに済んでいるといった程の長さを持っていた。そしてその黒剣と相反するかのごとく、男の髪色は一般的に剣といって想像されるような、白銀の色に染まっている。


「そうか、お前なら確かに追うことができるな」

「というより、僕以外に追跡ができるいないでしょう? というか、父君も僕がいることを忘れておられるのか、色々と工房に忘れ物をしてしまっているようですから、ご挨拶にはちょうどいいかと」

「いいのかダーイン。我々は裏切った側とはいえ、その手にかけるのは実の父親だということを、その意味も含めて分かっているのか?」


 本当ならば父親にとっての最高傑作として、その責任をもってウェルングを屠ることも考えていたイスカだったが、ダーインはクスッと静かに声を漏らし、その心配事を一笑した。


「構いませんよ。この中の誰が父君を屠ろうが、親殺しの名を背負うことには変わりありませんから」

「言っておくが、あくまで最終手段にしておけ。俺達も最初ハナから殺したくて親父を追うって訳じゃない」

「分かっていますよ」


 話が纏まったと考えたのか、ダーインはその場に背を向けて、つかつかと王の間を去っていく。


「追跡の許可は明日の朝、私が王に進言しておく……ダーイン!」

「何でしょう?」

「……気を付けろ。お前は暗殺に向いているが、向こうにはまだ魔剣が二人いる」

「大丈夫ですよ。魔剣部隊の四男として――」


 ――レーヴァンアドワーズの扱いには慣れていますので。

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