第3節 わし、息子達から追われる 2話目

「――さて、簡単じゃがお前達の手入れを済ませんとな」

「お父様のお心遣い、感謝いたします」

「俺は大丈夫だぜ親父殿。抜剣せずに炎で全部焼いたからよ」

「それでも一応は見ておいた方が良いじゃろう。お前も剣をここに置け」

「へいへい、っと」


 ギルドタグの恩恵を受けるべく、三人はその日早速ギルドが運営に関わる宿屋にて一室を借りていた。宿の受付からは二部屋にしないのかと聞かれるも、元々を正せばドワーフの男が一人と剣が二振りあるだけ。となれば節約の為にも部屋は一つだけで十分と考えることができる。


「しかし受付には随分と不思議がられたものでしたね。実質お父様だけだからこっちは大丈夫ですのに」

「仕方ないわい。向こうが最大限配慮してくれたとはいえ、ベッドの数は二つなんじゃから」


 一人は床で寝ることになると思った宿側は不憫に思っているのかもしれないが、何度も述べるが実質はドワーフが一人である。後の二人は剣霊としての実体を消せばただの剣にしかならない。


「さて、それでは改めて一人ずつ見ていくぞ。まずはアドワーズ」

「はい、お父様」


 アドワーズは静かに目を閉じ、そして霧のように姿を消す。そうしてその場に残されたのは、革製の鞘に納められたロングソードのみ。


「それでは……」


 ウェルングが鞘からアドワーズを抜くと、普段ならばほとんど見ることのできない白銀の美しい刃が姿を現す。


「ふむ……当然じゃが、傷一つないわい」

「当然です! お父様がお創りになられたこのですから!」


 声だけが聞こえるものの、アドワーズは確かにそこにいる。鍛え上げられ、磨かれた刃はウェルングの顔をそのまま映し出し、そしてその場に姿を現していないアドワーズの顔も映し出す。

 ――斬れぬものなど何もない。音を超えての抜剣、剣戟を可能とするアドワーズの剣としての姿は、まさにそれを体現している。

 実体のない風すら斬ることができる剣は、その刃すらも美しいものであった。


「この分なら油を差すだけで充分じゃ」


 ウェルングはそう言って、魔剣一人一人に対して専用に調整している特製オイルを布に染み込ませ、丹念に刃に行き渡らせていく。


「んっ……くふっ……こ、これ、毎回思うのですけど」

「ん? なんじゃ?」

「結構、くすぐったいんですよ、ねっ!」


 何とか笑いを堪えつつも、アドワーズはウェルングからのメンテナンスを大人しく受けようと我慢を続けるが、ウェルングの丁寧な拭き上げ作業につい声を漏らしてしまう。


「……まあ、お前達からすればわしに全身拭かれているようなもんじゃし、嫌かもしれんが我慢して貰わんと――」

「い、嫌とかそういうのじゃないんですっ! ただ、くすぐったくて……っ、あひゃんっ!」

「なっさけねぇ声上げやがって、アホかテメェ」

「なっ!? 後で覚えてなさいよレーヴァン!」

「……よしよし、これで終わりじゃ」


 仕上げも完了し、ウェルングは元より更に輝きを増したアドワーズを鞘に納める。


「本当なら、この鞘ももっといいものにしたいものじゃが……」

「私達なら大丈夫です! お父様から頂けるものなら何でも嬉しいですから!」

「そう言ってくれるのは嬉しいが……ほれ、次はレーヴァンの番じゃ」

「おう、頼むぜ親父殿」


 剣霊としてアドワーズが姿を現すと同時に、レーヴァンはアドワーズの時と同様、その場に剣だけを残して姿を消していく。


「むっ! 上手いこと逃げましたねレーヴァン」

「逃げてねぇよ。手入れを受けるんだから霊体を消すのは当然だろ」


 今度はレーヴァンの声だけが聞こえる中、ウェルングはそれまでレーヴァンが腰に挿げていた剣を手に取り、鞘からその刃を抜き出していく。


「……当然じゃが、お前も無傷じゃ」

「だろうな」


 大陸一つを炎の海に沈める――そう謳える大きな理由として、刃を形成する際に素材として加えたものがある。

 その口からは吐かれる炎は全てを焼き尽くすという伝説を持つ、レッドドラゴンの喉の奥にあると言われている内燃器官。それを事もあろうにウェルングは酒場での賭け事で勝ち取ってしまい、更にそのまま酔った勢いでレーヴァンとして創り上げてしまっている。

 紅蓮の色に染められし剣身の内側には未だ炎が揺らめいており、主の命に従って噴き出すのを今か今かと待っている。


「お前のオイルは難燃性のもので塗らないと、すぐに発火してしまうからな」

「ほんと、手のかかる弟ですよね」

「うるっせぇ! その分働きで返すから見てろっての!」


 アドワーズの時同様、レーヴァン専用のオイルを布にとり、丁寧に刃を磨いていく。


「……っ」

「あら? レーヴァンったら何を我慢しているのかしら?」

「……っ、うるせぇっ! くっ……はひゃっ! ひゃははっ!!」

「私のことを笑えたものじゃないわね、レーヴァン」

「うるっせ、くひっ、ひゃっ! 駄目だっ! 親父殿ぉっ! 一旦、ストップ!」

「我慢しろレーヴァン、もうすぐ終わる」


 そうしてひとしきり笑い声をあげ終えたところで、レーヴァンはようやく鞘へと納められて静かになっていく。


「よし、二人ともこれで終わりじゃ」

「くっ……わざわざ一人ずつ別の部屋でする理由がこれでわかるよな……」

「まあ……恥ずかしいか恥ずかしくないかでいえば、恥ずかしいですからね……」


 二人の間ではそれとなくぎこちない空気となったものの、あくまで鍛冶師として行ったウェルングは何とも思っていないのか、広げていた道具の片付けを淡々と行っている。


「よし、と。それでは寝るとするか」

「ええ、そうですね」


 一人ベッドへと入るウェルングのそばにて、アドワーズ、レーヴァンもまた剣を壁に立てかけて寄りかかるようにして目を閉じる。


「おやすみなさい、お父様……」

「親父殿、おやすみ」

「……おやすみ――」


 ――自慢の息子達よ。

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