第1節 わし、隠居を始める 2話目

「――ひとまずは国境を越えていくしかねぇ感じか?」

「当然よ。他の国に逃げ込むまで、お父様の身の安全は確保できないもの」


 今頃城内では混乱の渦に陥れられていることは間違いないであろう。お抱えの鍛冶師をクビにして追い出したところ、王国自慢の魔剣部隊のうちのが姿を消したというのだから。

 そして本人は全く意図していないにもかかわらず、こうしてを連れて脱走したという形となってしまったことに、ウェルングは頭を抱えていた。


「しかしどうしたもんかのう……オルランディア王国内で確実に指名手配になるじゃろうし……」


 今もこうしてアドワーズの提案により人の通りの少ない森の中の荒れた道を選んで進んでいるが、それも運悪く追っ手がこの道を選んでいたとしたら意味もない。しかしレーヴァンは能天気なのか、自分を指さして自信満々に戦えることをアピールしている。


「その時は俺もアドワーズも戦うから心配することはねぇぜ親父殿!」

「それはそうだけど、残った魔剣部隊お兄様たちまで来たらどうするつもりよ」


 アドワーズの心配ももっともで、普通に思考を巡らせるだけでも同じ魔剣として同格の魔剣部隊の面々が追ってくるのは自明の理となる。

 しかしレーヴァンは全く問題ないといった様子で、手綱を手に持ったまま自身の拳を反対の手のひらにパシッと音を立ててぶつけてこう言ってのけた。


「心配するな! この俺はかつて産声を上げた時、親父殿から『大陸一つを火の海に沈めることができる程の焔を封じ込めてある』とまで褒められていた程の超火力の魔法剣だぜ!? 残りの奴らなんざ速攻でグズグズに崩れた鉄の塊になるっつーの!!」

「…………」


 ――今更「酔った勢いで創っただけの、馬鹿げた火力の塊がお前じゃ」とは言えず、ウェルングはただ荷馬車に座ったまま、レーヴァンの自慢話に対して黙りこくっていた。


「だったら私だって、生まれた時には『斬れぬものは何もない』とまで言われたのよ? もちろん同じ兄弟が相手だったとしても断ち斬ってみせるわ」

「へぇ、だったらなおさら問題ねぇじゃねぇか」


 そうしてレーヴァンは再び悠々と手綱を握って馬を走らせ続けるが、アドワーズの方が相手方の評価まで考えが及んでいるようで、残りの魔剣部隊についての指摘を始める。


「そう、なんだけど……でも、それって向こうだって同じようなことを言われて生まれてきたわけじゃない?」

「そうか? ……まあ俺は親父殿の特別製だからな! 大丈夫だろ!」

「わっ、私だって特別ですけど!? そうですよねお父様!」

「あ、ああ……もちろんじゃとも」


 レーヴァンやアドワーズだけではない。残りの五つの魔剣についてもそうだった。

苦心の末に意思を持った剣インテリジェンス・ソードを作り上げてきた。それぞれが皆個性を持っていて、本当の息子や娘のように扱ってきた。

 しかし親であるウェルングのことを本当に慕っているのは、今となってはたったの二人だけ。


「……そうだな、やはりお前達二人だけが、今となってはかもしれんな」

「そうだろ!? やっぱ俺って親父殿に愛されてる!」

「二人って言ったでしょ! 私だってお父様の寵愛をこの身に受けているんだから!」


 そうして二人して騒いでいたところで、その声が森に住むモンスターの注意を引き付けていたのか、周囲が騒がしくなり始める。


「……おい、アドワーズ」

「分かっているわ」

「騒ぎすぎたか?」

「もう、レーヴァンが調子に乗るから――」

「アァ!? テメェだって喋り過ぎていただろアドワーズ!」


 草むらや木の陰から姿を現したのは、この辺りを根城にしていたであろうゴブリン達だった。恐らくはこの荒れた道が使われない理由の一つとして挙げられるのが、彼らの存在となっているのであろう。まるで灯りに集まる虫のように何十匹もその場に姿を現し、荷馬車を取り囲んでいる。


「……上等だ。ここはひと勝負しようぜアドワーズ」

「あら、どんな勝負かしら?」


 手綱から手を離し、腰元に挿げている己がを抜き取ると、その表面のルーン文字を輝かせて焔を纏わせつつ、レーヴァンはその勝負の内容を告げる。


「どっちがより多くのゴブリンを始末できるかってことだァ!!」


 そうして薙ぎ払うように一閃、荷馬車の右手側に広がる空間全てを、猛烈な焔の波が襲い掛かる。

 一瞬にして辺りは消し炭と化し、焼け焦げた平野が広がっている。


「グギャッ、グギャッ!」

「ギャアァァ……ァ……」


 至る所で熱に苦しむ声が漏れ出てくると共に、丸焦げとなりつつあるゴブリンが森の更に奥へと走り去っていく姿が視界に映ると、レーヴァンは満足げに大口を開けて笑う。


「ヒャハハッ! 燃えちまいなァ!!」

「全くもう……勝負と言いながらフライングとは」


 アドワーズはため息をつきながら、同じく自身の腰元に挿げていた剣を抜き、そしてレーヴァンとは逆に荷馬車の左手側に降り立ち、剣を構える。

 そして――


「――ッ!!」


 一瞬にして姿を消し、そして見えない太刀筋によってゴブリンのいる空間が次々と切断されていく。再び同じ場所に姿を現したころには、森林もろとも数多の斬撃によって空間が斬り開かれ、木々によって見えづらかった視界が晴れていく。

 そして隠れていたゴブリンもまた、木々と同じように様々な角度から斬撃を喰らって、バラバラとなった死体で地面を埋め尽くしていた。


「ふぅ……こんなものでしょうか」


 そして自信満々といった様子で不敵に笑みを浮かべたアドワーズは、レーヴァンに向かって勝利宣言をする。


「フフン、どうやら勝負は私の勝ちのようですね」

「んだと!?」

「だって貴方、死体をいくつか消し炭にしちゃって数えられなくしているんですもの」

「なっ!? だったらテメェこそ、微塵切りにすることでかさまししてんじゃねぇか!?」

「そんな小賢しいことをするまでもなく、数えられる私と数えられない貴方とでは勝負は決しています。ですよね、お父様?」

「えっ? わし?」


 それまで完全に蚊帳の外だったウェルングは突如話を振られてしまい、動揺してしまう。


「うーん……」


 確かにこの二人からすれば、ゴブリン程度など物の数に入らないだろう。そしてそれは二人の一瞬の殲滅劇によって既に証明されている。

 我ながら自慢の剣を作り上げたものだと感心しながらも、勝負の行方をゆだねてきた二人の期待する視線を前に、ウェルングは言葉を濁らせる。


「……どっちも凄いってことで――」

「いや、親父殿の腕前なら俺とアドワーズのどっちがぶっ殺しているから分かるはずだ!」

「そんなの分かるはずないじゃろ! ……わしただの鍛冶師じゃし」


 剣自体の良し悪しは職業柄判別できるものの、一瞬の出来事の判別などウェルングにできるはずもなく――


「――どっちも数えにくいから引き分けってことにせんか?」

「クソッ! 次は焼死体に留めておいて確実に数えてやる!」

「私も勢い余って微塵切りにしてしまいましたが、次は“手加減”いたしましょう」


 二人の口から次の勝負を示唆するような言葉が出てくるが、現時点で人間離れした者を改めて見せられてしまうとともに、ウェルングは自分がどんなトンデモ武器を作り上げてきたのかを再確認させられる。


「まったく……我ながら、とんでもないものを生み出してしまったわい」

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