第一章 追放、そして野望への第一歩
第1節 わし、隠居を始める 1話目
「一体どうしたもんかのぅ……」
本日中に荷物を纏めて出て行けと言われたウェルングは、言われた通りに荷物を纏めるべく、城の外に荷馬車を止めていた。
「……それにしても、ああまで嫌われていたとはな」
国を去ることそれ自体は、ウェルングにとっては何ともなかった。一番のショックは自分が心血を注いで鍛え上げ、手入れをしてきた
「今まで散々
何度も城内の鍛冶場と荷馬車とを往復しながら、過去の思い出を思い出す。しかしいずれも今回の出来事を前に、虚しさが増すばかり。
「あの場で唯一呼び止めてくれたのはアドワーズだけ。それも諦めが入っていたようじゃが」
玉座の間で解雇を通告された時も、誰もそれ以上の言葉を発することは無かった。誰も生みの親に対して感謝の言葉の一つも吐くことはなかった。
「よりにもよって一番手塩にかけたイスカに親離れを突きつけられてしまってはな……」
魔剣部隊の部隊長であり、「自信作は?」と聞かれたときにウェルングが真っ先に挙げる自慢の魔剣、それがイスカだった。それ故に思い入れもあったが、当の本人(?)にとってはそこまでではなかったらしい。
「ふぅ……これで最後じゃな」
既に大半を詰め終え、最後の荷袋を肩に担ぐ。そんなウェルングの反対側の手には、これまで愛用してきた金槌が握られている。
ウェルングが武器を作り上げるときにいつも使っている、ルーン文字の入ったお手製の金槌。これさえあれば、後は炉を確保するだけでいつでもどこでも剣を鍛造することができる。
「さて、これからどうするか……どこか小さな町で、しがない鍛冶屋でもして余生を過ごすか――ん?」
ブツブツと考え事を呟きながらウェルングが荷馬車へと戻っていると、そこにいるはずのない二振りの剣が、荷馬車のすぐ近くで言い合いをしていた。
「だから、どうして貴方までもがついてくるんですか!」
「当然だろ!? 俺は親父殿が出ていくことに賛成派だぞ!?」
「意味が分かりません! 貴方はお父様を城から追い出し、悠々自適に過ごしたいだけ――って、お父様!?」
「アドワーズ? それに……レーヴァン? 何故ここにおるんじゃ?」
ウェルングは自分の目を疑った。それはつい先ほど別れることを是としていた筈の、二振りの魔剣の姿だった。
「そうか、別れの挨拶に来たのか。お前たちくらいじゃったな、わしにこうして会いに来てくれたのは……レーヴァンは意外じゃったが」
「そうですね。レーヴァンはここでお別れですね」
「ハァ!? 俺はついていくんだが!」
二人の口ぶりからして、ウェルングは別れの言葉を言いに来たのではないのか、とがっかりしていた。
そう、まるで二人ともこの先もついてくるような言い草で、むしろ面白く聞こえて――
――二人ともついてくるような言い草?
「……まさか、お前達――」
「ええ、勿論!」
「親父殿の旅についていくぜ!」
「……何を言っておるんじゃお前達はっ!?」
それはウェルングにとって目玉が飛び出るような出来事だった。百歩譲ってアドワーズは付いてきてもおかしくはない口ぶりだったが、レーヴァンの意図は今のところでは理解ができない。
「アドワーズは分かるとして、レーヴァン! お前わしのこと嫌いじゃったろ!?」
「何でだよ親父殿!? 俺は親父殿の事を世界で一番誇っているんだぜ!?」
「残念だけど、私の方がお父様の事を尊敬しているわよ」
「んだとアドワーズ!! ここで勝負すっかァ!?」
そう言って自らが宿る剣に紅蓮の炎を纏わせて、レーヴァンは戦闘態勢を取り始める。対するアドワーズもまた、ウェルングによって細かい装飾がなされた美しい刃を鞘から抜き取って見せることで、戦う姿勢を見せている。
「丁度いいわ。この場でその高慢なプライドもろとも剣をへし折って、打ち捨てて行ってあげる」
嫌っているどころか誇りに思っている。そしてその為なら本気で喧嘩ができる程に慕われていたことに、ウェルングは困惑している。
「ちょちょちょ、ちょっと待て! お前達が本気で喧嘩をすると辺り一面が恐ろしいことになる! やめんか!」
王国自慢の魔剣部隊。そのうち二人が本気でぶつかるとなれば、少なくともこの地一帯は更地になりかねないと、ウェルングは焦って止めに入る。
「チッ! 親父殿がそう言われるならしょうがねぇ。ドロドロの鉄屑にならずに済んでよかったなアドワーズ」
「そちらこそ微塵切りの鉄粉に戻されなくてよかったわね、レーヴァン」
そうして二人とも刃を納めたところで、何とか難を逃れたとウェルングは大きくため息を吐く。
「はぁ……まったく、なんじゃいお前らは。結局何しにここに来たんじゃ」
「だからさっきも言ってるじゃねぇか。親父殿が出ていくのについていくってよ」
「私もお父様の護衛として、この国から出ていくつもりですわ……本当なら誰かさんも反対していれば、このようなことにはならなかったかもしれないけれど」
そうしてジト目でレーヴァンを見るアドワーズだったが、レーヴァンはそんなことなど元より、といった様子で腕を組んでいる。
「言っておくが、俺は今でも親父殿には出て行って欲しいと思っているぞ!」
「……何故じゃ……何故わしに出て行って欲しいんじゃ」
ウェルングもまた、どうしてこうも慕っているというのに他の剣と同様に出ていく方を支持したのか、その意図が気になっていた。
そうして二人の注目が集まる中、レーヴァンは自信満々に、高らかにこういった。
「親父殿の鍛冶師としての技術を、こんなちっぽけな国で腐らせることはねぇってことだ!! 世界中を旅して、親父殿こそが世界一の鍛冶師だってことを、親父殿の技術と、俺自身の力とで証明してみせるってことよぉ!!」
「……あぁー、もしかしてそこにわしの意思とか意見とかないのか?」
「おぅ!」
おぅ! と二つ返事で返されてしまっては残った二人も絶句せざるを得ない。
「レーヴァン……貴方って本当にバカね……」
「なんか、わしの魔剣に対する教育方針というか、剣の打ち出し方が間違っていたようじゃな……なんか、すまん」
「何で二人して憐れんでんだよ! これから親父殿の鍛冶師としての本当の伝説が始まるんだぜぇ!?」
そうして荷馬車の馬にまたがったレーヴァンは、早速出発しようと急かし始める。
「そうとなればこんなところ急いで出ていくぞ! あんまり長居してると、俺もアドワーズも脱走したのが見つかっちまう!」
「……はっ!? そうですわ! そうなってしまっては私達が連れ戻されるだけではなく、お父様に余計な疑いがかけられてしまいます!」
確かに冷静に考えれば、現時点ではクビになった八つ当たりに魔剣を攫って行くドワーフ鍛冶師としか、はた目には映っていない。
「たっ、確かに魔剣を二本も窃盗したとなったら、わし確実に死ぬぅ!! ひ、ひとまずさっさと馬を走らせて逃げるぞぉ!!」
こうしてウェルングと二振りの魔剣による、流浪の鍛冶師としての新たな旅が始まったのだった――
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