王宮-中編

 晩餐を終えたユグリットとラーレは、小鳥のニルファールを肩に乗せたまま王宮の浴場へ向かっていた。この浴場は王族専用のもので、壁や天井には繊細な金の装飾が施され、温かく柔らかな湯がゆるやかに湛えられている。

広々とした空間には、湯の蒸気が立ち上り、月の光が水面に揺らめく幻想的な雰囲気を生み出していた。


本来ならば、王族の入浴には専属の侍従が付き添い、身の回りの世話をするのが常だった。しかし、ユグリットとラーレは普段から人払いをし、二人の時間を大切にしていた。

そのため、今日も侍従達を下がらせ、浴場には彼らだけが残った。


湯気が立ち込める静寂の中で、ユグリットがそっとニルファールを手のひらに乗せた。

「もう大丈夫ですよ、ニルファール。姿を戻しても問題ありません。」

優しく囁くと、小鳥は静かに頷くように羽を震わせた。そして、金の輝きを帯びながら、その姿を変えていく。


黄金の羽が淡く発光し、光の粒となって宙に舞う。その眩い輝きの中から現れたのは、しなやかで美しい青年の姿だった。

長い金髪が肩にかかり、白く透き通る肌が湯の蒸気を纏うように淡く輝いている。スミレ色の瞳がゆっくりと開かれ、まるで夢のように優しく湯の表面を見つめていた。


彼の身を包んでいた衣は、魔法の力によって生み出されたものだった。

そのため、ニルファールが衣を脱ぐと、それは空中でゆっくりと霧のように消え去り、何も残らなかった。


「……気持ちいい……」

ニルファールは湯に足を浸し、目を細める。

500年もの間、冷たい塔に囚われていた彼にとって、温かい湯に浸ることなど夢にも見なかったことだった。

肌を包み込む心地よい温もりに、彼は静かに息を吐いた。


「ニルファール、湯は初めてですか?」

ラーレが湯の中でのびをしながら問いかける。


ニルファールはゆっくりと目を伏せ、湯の中で手を動かしてみる。

「いいえ、……以前、ルキウスと入浴したことがあります…。でも、こんなに、優しく温かいものだとはすっかり忘れていました。」

手のひらを見つめながら、彼はぽつりと呟いた。


ユグリットはその様子を静かに見つめ、薄く微笑む。

「ここには、あなたを傷つけるものは何もありません。どうか、安心して休んでください。」


ニルファールはふわりと笑みを浮かべ、目を閉じた。

温かな湯が、静かに心の奥の氷を溶かしていくような感覚がした。

長い孤独の時間が、ゆるやかに癒されていく。


ラーレは肩まで湯に浸かりながら、ふと小さく息をついた。

「ふぅ……やっぱり湯は最高だなぁ。」

その無邪気な言葉に、ユグリットとニルファールも思わず微笑む。


三人は、ゆったりとした時間の中で、湯の温もりを分かち合った。

それはまるで、失われた時間を取り戻すかのように、穏やかで、優しいひとときだった。


 入浴を終えたユグリットとラーレは、小鳥のニルファールを肩に乗せ、自室へと戻ってきた。温かい湯に浸かったせいか、心も体もほどよくほぐれ、心地よい疲れが彼らを包んでいた。


部屋に入るなり、ラーレは寝台へと倒れ込んだ。

「ふぅ……やっぱり湯上がりは最高だな……」

顔を埋めたまま、柔らかな毛布に沈み込む。


すると、黄金の小鳥がひょいっと彼の上に飛び乗り、小さな嘴でユグリットより明るい色の赤い髪を啄み始めた。

「いひゃっ、ちょ、ニルファール……何してるんだよ!」

 くすぐったそうに身をよじるラーレを見て、ユグリットは小さく笑う。


「ニルファール、もう姿を戻しても大丈夫ですよ。」

 ユグリットがそう言うと、ニルファールは羽を震わせ、一瞬の輝きを放った。


 次の瞬間、寝台の上には、透き通るような肌を持つ美しい青年が横たわっていた。彼の身を包むのは、淡い光を宿した寝衣。儚げな布地は所々が透け、月光を受けて柔らかく揺れる。


「……っ!」

ユグリットとラーレは、思わず目をそらした。


つい先程まで、小さくて愛らしい小鳥だと思っていた。

しかし今、目の前にいるのは、どこまでも魅惑的な姿のニルファールだった。


ニルファールは無邪気に微笑みながら、二人の困惑をよそに軽く首を傾げた。

「どうかしましたか?」


「い、いや……その……」

ラーレは頬を染めつつ、言葉を濁す。


ユグリットもまた、静かに咳払いをして、努めて冷静を装おうとするが、視線が迷う。

(この寝衣は……いや、何故そんなに薄い……?)


そんな二人の様子を楽しむように、ニルファールはふわりと微笑んだ。


ラーレは誤魔化すように言った。

「そ、そういえば、夕食はパンだけでしたね。お腹は空きませんか?」


ニルファールは静かに首を振った。

「私は、食事を必要としません。半神の身ですから。」


「……なら、どうやって生きているのですか?。」

ユグリットが真剣な眼差しで尋ねると、ニルファールは少し意味ありげに微笑んだ。


「それは、愛の力です。」


 彼のスミレ色の瞳が、柔らかく二人を見つめる。


「あなた方や、この王宮の皆さんの優しい気持ち、慈しみの心、そして……。」

ニルファールは少し間をおき、ゆっくりと艶やかに微笑んだ。

 

「愛する者からの口づけや…触れ合いです。」


その言葉が落ちた瞬間、ユグリットとラーレの顔が一気に紅く染まった。


ニルファールの寝衣が透けている理由。

それは、彼が自らの存在を支えるために、「愛」を求めているからなのだと気づいた。


「どうか、私を愛してくれますか?ユグリット、ラーレ……」


潤んだスミレ色の瞳が二人を見つめる。

誘うような囁きに、熱を帯びた空気が静かに部屋を包み込んでいく。

 

ニルファールの言葉と同時に、ユグリットとラーレの体温が上昇していくのが分かった。

ニルファールの透けるような寝衣越しに見える、滑らかな肌。

その美しい肢体が、二人を強く惹きつける。

ユグリットは、ゆっくりとニルファールの頬に手を伸ばした。

触れた肌は、まるで絹のように滑らかで、熱を帯びている。

ラーレもまた、ニルファールの手にそっと触れた。

その手は、ユグリットの手と同じく、熱く、そして優しかった。

「ニルファール……」

ユグリットが囁く。

「はい……」

ニルファールが甘く答える。

ラーレは、たまらずニルファールの体に抱きついた。

「ニルファール……好きだ……」

ラーレの言葉に、ニルファールは嬉しそうに微笑んだ。

「私も、あなた達を愛しています……」

ニルファールは、ユグリットとラーレを優しく抱きしめた。

三人の体が密着し、互いの体温を感じる。

熱い吐息が混ざり合い、甘い香りが部屋を満たした。

ユグリットは、ニルファールの唇にそっと口づけた。

柔らかく、温かい感触が、ユグリットの心を蕩けさせる。

ラーレもまた、ニルファールの首筋に顔を埋め、甘い匂いを吸い込んだ。

「ん……」

ニルファールが小さく喘ぐ。

その声が、二人の理性を溶かしていく。

三人は、互いの体を重ね合わせ、熱い口づけを交わした。

愛を確かめ合うように、何度も、何度も。

やがて、三人の体は一つとなり、甘い夜が始まった――。


 

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