第4話 4年待って
海はボンヤリとした表情でシートベルトを締めた。
「で、誰に逢って来たん?」
「あの金髪美人さんと一緒にいたメガネかけた男性。駿太郎が言ってた駅前留学ってほんまやったんや」
「お兄ちゃん、そんなこと言ってたん?」
「うん、あの金髪美人さんは先生なんやて。あのとき駿太郎が『マリちゃんやきもち焼いてくれてるん』なんてアホなことぬかすから話をちゃんと聞いてへんかった」
海は握り締めていた名刺を紀子に手渡した。
「語学はマンツーマンで恋人設定の方が早く上達するねんて」
紀子は訝し気に名刺の隅々に目を凝らした。
「そやから、あのフレンチレストランへ行たってわけか」
「そうみたい。毎回デートはあのレストランやねんて。英会話の先生ってええなあ、美味しいもの食べられて」
「ほかに何か言うてへんかった?」
「もし駅前留学するなら男性講師もいてるからご紹介しますよって、女性が好きなら別ですけどって。それで名刺をくれてん」
クッキングスクールの駐車場にバックで車を入れ扉を閉めた拍子に紀子が、
「あっ」
と声を出した。
「どうしたん? 忘れ物?」
「ちゃうねん、思い出した。お兄ちゃんがマリちゃんにスーツを買ってもらったとき『マリちゃんがかわいそうやで』って言うたん。そしたら『お金を貸してる相手に固執するやろ』って言うたん」
「ふ~ん、固執ねえ」
「お兄ちゃん『マリちゃん香水つけてるのかな? いい匂いするんや』言うてたことがあってん。『まさかクッキングスクールの講師だよ それはご法度。シャンプーの匂いと違う』って言ったこともあった」
駿太郎が海のベッドに潜り込んでるのを2、3度見かけた。
初めのうちは怒って、叔母に言いつけてやると息巻いていたのに最近ではそれもなくなった。
いつも海は長い髪を頭のてっぺんでお団子にしているのだが、寝るときは髪をおろしていた。
授業の用意をするのにバタバタして話はそれきりになってしまった。
駿太郎が行方をくらましてから2か月が過ぎた。
「マリちゃん、お兄ちゃんから手紙が来たわ」
━帰国したら投函するように頼まれてれていたのに忘れていました。遅くなりすみません。
とポストカードの隅に書かれていた。
「呆れた。投函を頼まれた人忘れてたんやて」
━4年待って
と駿太郎の踊るような字で書かれていた。
「これってどういう意味やと思う? ノンちゃん」
「消印は静岡。これだけやったら何もわからんやん。そやけどマリちゃん、お兄ちゃんがけったいなことし出したのって、あの先生に会ってからやと思うねん」
「あのハーバード卒業した山中先生?」
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