第4話 クッソ迷惑なんですけど!!??

国語教師の富田(26歳独身)は教鞭を取ながら保健室から帰ってきた生徒の白上夜風に目を配っていた。

(そうよね、このころの女の子って慣れない体の変化で体調を崩しがち。私がしっかり気を配らないと…)とバファ〇ンの成分のような気持で心が一杯になっていた。すると白上夜風はうつろな目をして少し頭を振っている。やはり不調をおして教室に戻ってきたのだろうと察した富田は口を開いた。

「白上さん、やっぱり保健室にもう少し…」

「ぜっったいコイツの意思は断固拒否します!」

富田の声に被せるように白上夜風の絶叫がクラスに響いた…


・・・・・・・・・・・・・・


「ぐおぉぉ…体罰反対…!!」


休み時間、富田先生からデコピン(人類史上最弱)をもらったオデコを摩りながら私は机に突っ伏していた。


「そりゃ富田先生も怒るわよ!『これは体罰だ!』とか叫びながら教育委員会行く?絶対アンタの方が立場悪くなるけど。それに富田先生のヨワヨワデコピンが体罰だって言ったら周りの生徒がブチ切れるわよ?」


痛みからじゃなく恥ずかしさでオデコを摩っていた私に、隣の机から里美が私に呆れた顔で諭してきた。

富田先生は容姿や立ち姿に定評があるわけではないのだが、誰もが認める『良い先生』なのだ!あの先生のお陰で宿題少ない!面倒をちゃんと見てくれる!テストも簡単!ちょっとガラの悪い男子生徒も「富田姉ちゃんに言われたらなあ~」と反抗しないくらいの人気の先生なのだ。そのトレードマークであるヨワヨワデコピンと「めっ!」という子供をあやすような掛け声をもらった私だった。


(そんな良い先生を学校から追い出すなんて事は私にはできない!っていうか、元々富田先生は悪くない!この、目の中のメイドが!!全部こいつが!!!…ってあれ?)


私は視界のメイドをに目をやると何やら座り、何処から取り出してきたのか画用紙(?)に何かを描いている。そして出来上がったのか満面の笑みでそれを持ち上げこちらに見せてきた。


「象形文字?ドメル語?」


その絵(?)の感想が夜風の口から漏れた。


「は?夜風、あんた何言ってんのよ?ドメル語、何それ?本当に大丈夫?」


と里美はこちらに体を向けて私の顔色を確認してきた。

すると視界のメイドはその画用紙を掲げて左右に振っている!それも「サ〇イ~のソ~ラへ~」的なリズムだ!まるで24時間も頑張りました!みたいな雰囲気を醸し出しながら揺れている!だがまったくわからん!!と私は思ったし微塵も分かりたくもなかった!

でも目の中のメイドは…達成感から涙を流している!!泣きながらサ〇イのリズムで白いプラカードと化した画用紙を振っている!そんなにか?そんなに大切な何かなのか!?とこちらが思うほどだ。


…と思いはしたけれどガン無視をしながら里美に

「私、ちょっと頭がおかしくなったかも…」と頭を撫でながら言うと

「いつもの事じゃない?今日はたまたまよ、たまたま」と里美は微笑んでいた。だけど、顔は引きつっている、若干。

「それじゃいつもおかしいって事じゃない!私の評価!」

「うん。へんてこだよ?」

とても温かい友人の言葉に夜風は嬉し(悔し)涙を流しながら再び机に突っ伏した…サ〇イを歌いつつ…



・・・・・・・・・・・・・・・・


視界にはないも居ない!と念じながら学校の授業を終えた。その頃にはメイドは力尽きたのか視界の右上でうつ伏せで倒れていた。息のできないような綺麗なぶっ倒れようである。


(そのまま寝てろ!!)


と心で呟きながら鞄に教科書を仕舞っていると里美は机に座ったままでぼんやりしている。


「ねえちょっと里美?吹奏楽部に遅れるよ?」


と私は里美に話しかけたが、やはり反応がない。若年性健忘症かな?と今朝の仕返しと言わんばかりにノートを丸めて里美の後頭部に振りかぶっり、スパーーーン!という軽い音と共に振り抜いたのだが、やはり里美はぼんやりしていた。


「あれぇ?里美??」


私は困惑した。いつもなら馬鹿なことをした私を羽交い絞めにして、私が泣くまで筆箱で頭を殴り続けることを止めない里美なのだが、今日は大人しい。というか、今朝の私みたいだった。

「なんだ?今日はウチの漫才コンビが大人しいなあ」

「夜風、アンタはサッサと帰って寝なさいよ。ほら里美!音楽室行きなって!」

とクラスメイト(男女共)が残念がっていたり心配をしてくれていた。


(いや、残念がらずに、そこは心配してよね)


とは思ったものの、それよりも目の前の里美の様子がおかしい事に今は集中した。


「ねえ里美?家まで送っていこうか?」


私は里美の肩を掴んだのだがやはり反応は薄かった。それに察したクラスメイトの女子達が私達の部活の先生には連絡しておくと言ってくれて教室を出て行った。里美の荷物を鞄に仕舞いながら話しかけるのだがやはり反応が薄い。「うん」とも言わずただ軽く頷く程度だった。いくら何でもこれはマズイんじゃなあないかな?と思った私はそのまま保健室へと里美を負ぶって運ぶことにした。


「運動部を~舐めんじゃあないわよ~!…ぐぎぎ!」


と一人歯を食いしばりながら里美を離すまいと階段を降りる。多分傍から見たら女子中学生にあるまじき形相だろう。


(こんな顔、コウ兄ちゃんには絶対みせられないなあ)


と半笑いになりながら危うい足取りで保健室へと向かう。その間視界の端にはあのメイドが今朝の用にあの待機ポーズで静かに立っていた。


(マジでなんなんだよコイツはよお!!)


と口悪く心で罵るもメイドはどこ吹く風で静かに立っていた。私の今現在の苦労も知らずに静々と。

ほぼ這う這うの体ていで保健室に侵入して「先生!急患です!」とドラマで見たようなセリフを口にした。だが保健室は今も無人で机の横のホワイトボードにデカデカと書かれた「何かあったら職員室へ連絡してね」という投げやりなメッセージボードの文字が目に入った。


「そおおおおい!!」


と掛け声を出しながら背負っていた里美をベッドに投げ出した。ベッドの上には『卍』のような姿で里美はうつ伏せになっている。

「なんというか、サボテンダー?」

と冷静に友人の姿を確認しながら荒い息を整えていた。


すると一旦行動終了を確認したかのように視界の右上に居座るメイドが動き出し背を向けた歩き始める。正直呆れてしまう…げんなりだ!という気持ちを込めて視界のメイドに話しかけた。


「ってまたアンタ…私は忙しいっていうのに。今度は職員室にご案内っていうの!」


と息が整えてメイドの奇怪な行動に意味を見つけようとした。そこに意味があるかどうかは正直分からなかったのだけれど、なんだかやはり私を導きたいらしい。どのみちこんな珍妙なメイドに構っていられないと思い職員室まで走ろうとした。けれどもそこまで体力が残っていない私は酸素不足の足を引き摺るように歩いてベッドから離れた。

メイドもそれに合わせて歩く。

だが、

メイドは出口ではなく、机の前で立ち止まり、そしてホワイトボードを指差した。

私は予想外の行動に「あれ?何がしたいんだろう?」と意識がメイドに向く。それを察したかのようにメイドはホワイトボードを指差しながら、あの「ドメル語」と(私が)称した象形文字の白いプラカードを力いっぱい持ち上げ振り始めた!


「あ?なに?このホワイトボードに?は???」


と私の口から声が漏れるのだが、その声にメイドは激しく頭を振る。


「え?正解?…ってなに私、幻覚に話しかけてんのよ…」


と保健室を出ようとした。するとメイドが ドカ!!! と音がするかと思うような勢いで土下座を始めた!何度も何度も見えない床の上で頭をぶつけつつ土下座をする!実に怖い!


「ちょちょちょ!はぁ!?ちょっと!!!止やめてよね!!」


と私が制止するとメイドはそ~っと頭を上げて、再びホワイトボードの方向を指差した。


(私、頭が絶対おかしくなってるわコレ。脳外科かな~いやだな~…いや待て私…お見舞いにメロン、これは…ゴクリ)


と一瞬極楽が見えた!現実の地獄より一瞬の天国と食欲を優先する自分を恥じることはない!本能だ!!と自身に弁解しながらホワイトボードをチラッと見た。するとメイドは急に立ち上がり、自分の視界に入っているホワイトボードにメイドは手に持つ白いプラカードを重ねる。そしてもう片手にマジックを持ってプラカードの文字をベシベシ叩いていた。


「はえ?え?何?ホント何??」


メイドの奇行に夜風は頭を捻るのだが、メイドは業を煮やしたらしく、マジックのキャップを外してホワイトボードに文字を大きく書く動作をした。


「はあ?『ホワイトボードに、書け』…『このプラカードの文字を』って事?」


と言うとメイドは感激したのか、ぶっさいくな顔で泣きながら頭をぶんぶんと縦に振っていた!


(もうここまできたら私自身の妄想に付き合ってあげるわよ…)


と半ば諦めて脳外科の病院の予約ってどうするんだろうと思いながらホワイトボードの前に立つ。

思いっきりため息をつきながら

「ちょっと、その文字小さいって。もっと大きく見えないの?」

と呟いた。するとメイドは爆速で視界に右上から中央にダッシュしてきて私の方に走ってきた!(私目線)

「うわ!近い近い!近いわ馬鹿!!」と顔を背けるが、意味はない!目の中だもの!!

視界一杯にその不思議な文字を見せつけるメイド!だが向こう側が半透明になっている。その状況に思いっきり深いため息をつきながら、ホワイトボードにその文字をなぞるように書いた。


ゴウン!ゴゴゴゴゴゴ…


書きあがった瞬間、錆びついた重い鉄の扉が開いたような、そしてそれが地面を擦りながら開き、中へと導くその様を音で表現するにはピッタリの轟音が耳に届く。

「きゃ!」

と私は驚き急いで耳を塞ぎ蹲うずくまるが、手の厚みを無視して耳に響く。音が止み、おそるおそる私は立ち上がった。そこには何も異常はなく、ただ放課後の保健室の景色が広がっていた。


「ってなんなのよ…」


震える手を抑えつつ愚痴り、視界のメイドを探したのだが、そこにはメイドは居なくなっていた。その変化に私は戸惑ったが、これが日常だと気が付き、脳外科はキャンセルだと安堵の息を盛大に漏らした。

「っといけない!そんな事より職員室!」と思ってホワイトボードに目が行くと


先程自分で書いた文字。黒のペンで書いたホワイトボードの文字。


その『黒の線』には『向こう』があった。


黒の線の奥には誰かがこちらを見ていた。

嫌味の無い涼やかな目、そして口の辺りだろう黒の線のには何か布が見える。

その涼やかな目は少し細まり、そして


「【今晩が楽しみね】」


と風鈴のような音が耳に届いた。

その直後、『文字という境界』はパラパラと剥がれるように消え、ホワイトボードには痕跡がなくなっていた。

私はその様を硬直しながら見守ることしか出来なかった。恐怖が許容オーバーだった。足が棒になり床に生える植物のように曲げることも持ち上げることも出来なかった。

数分そのままで立っていたと思う。ようやく恐怖が薄らぎ額の汗を拭いながら思ったことは「さっきの休み時間、トイレに行っておいて良かった」だった…

私は急に力が抜けてヘナヘナと床に座り込んだ。すると


「夜風?何してんの?」


とベッドから友人の声が聞こえた。私は急いで立ち上がろうとしたのだが、「ずべちゃ!!」という奇声と共に私がサボテンダーポーズで床に叩きつけられた。


「あんた…あははははは!」


と友人の大笑いが放課後の保健室に響いた。

その温かい笑い声に私は釣られて笑い、

そして


今夜が恐ろしい と


あの意味の分からない言葉に心をかき乱していた…

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