▶PLAY『くらげのできるまで』Ⅱ

「早速聞くけど、きみは何を捨てるのかな?」

「何、その喋り方」

「おれのことはいいんだよ。さあ話して。それは日記帳かな? きみにとってどういうものなの?」

「え……べつに、あんま大したものじゃないんだけどな。ていうかこれを捨てるって、誰が決めたの?」

「きみの心の奥底のきみさ」

「わたし、二人いたんだ。めんどいこと全部そっちに任せたいわ」

「向こうもそう思って、きみにやらせてるのさ」

「何それ最悪わたし」

「自分ゲンカはあとでして。なんにしたって、それが捨てたいモノだってのは確かだろう?」

「んー……まあそうかも」

「その日記はいつのもの?」

「えっとねえ。小学生のときにさあ。クラスに変な男子がいて。その子の観察日記だったの——」

「あっ、ちょっとストップ。もっと落ち着いたキャラでやろうか」

「え? なんか変だった?」

「そういうわけじゃないんだけど、大事なモノを捨てるってときなのに、あっけらかんとしているのはちょっと違うかなって」

「はあ? どうせ捨てるんでしょ。『うわー捨てたくない!』って絶叫すればいいわけ? めんど〜い」

「……じゃあいいよ。さては、あんま執着とかしない感じ?」

「だって、大抵のものってさあ。とっといてもあとで見返したりしないでしょ?」

「でも記録が趣味だって聞いたよ? 映像やってるんでしょ? むしろコレクター気質なのかなって思ったけど」

「記録っていうか、撮ったり録ったりしたら、そこで満足しちゃうかな。ショーカされちゃう感じっていうか」

「それは消化? 昇華?」

「え? なんか違った? どういう意味?」

「いや大丈夫。とにかくその日記帳も、ショーカされてもう不要ってことだね?」

「そうだね。捨て忘れっていうか、捨てるの忘れって感じ? ああ、なんか思い出してきたかも」

「何を?」

「あの頃の自分はまだ偏見にまみれていて、これはその偏見の記録だと思う。だからあえてとっておいた時期がある。そういうのを残しているのは、自分を……振り返るじゃなくて、なんだっけ……ああ、律するものとしては必要かもしれないけれど、もうわたしそんなじゃないし、これがなくてもわたしは人に偏見を持ったりしないから、いらないかな」

「それはきみの捨てるべき『偏見』の塊だってことだね」

「ん、まあ」

「OK。じゃあ、それをこの箱に入れて。それできみは名前を取りもどせる」

「へ〜い。って、段ボールじゃん。もっといい箱なかったん?」

「うん……担当者が忘れてきてね……って、そんなことはいいだろ! さあ。きみの名前は? もう思い出せるはずだ」

「わたしぃ? わざわざ名乗るのってなんか恥ずかしいね」

「いいね。恥ずかしがって! ちょっと俯いたりしてみようか」

「そういうのはキモいからやめな?」

「すみません」

 それから、彼女は咳払いして言った。

「わたしの名前は真柴ましば幾乃いくので〜す。へへっ、にやけるなコレ」

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