菜々子さんのシナリオ②

 勃発! トリック実行不可能問題!

 ああしくじった、しくじった。

「なかったこと」を「あったこと」にしなくてはいけない局面において、わたしはやってはいけないことの極めて大きなパターンの一つを踏襲してしまった。

 つまり「起こったこと」にしたことがよく考えたら「起こりえないこと」だったということだ。あーもーコトコトうるさいな。ボルシチでも作ってんのか、てめーは。

 落ち着きましょう。

 要点を整理する。あの事故について、みんなはNの失敗だと思っている。そんな中で、わたしは坪手つぼてくんと「犯人は瀬戸せと論」を共有するためにずっとこれまで語ってきた。彼の思考をその一点に導くようにずっと計算して喋っていたし、彼のことだからきっとその通りになった瞬間はあったはずだ。

 でも、いまはどうだろうか?

 違うな。順番が違う。

 落ち着きなさい。

 瀬戸が犯人である。その根拠は、彼がトリックにある道具のある機能を使っていたから。ここまではいい。これを思いついたときは、しめたと思った。実際にどうなのかなんて検証不能だし、それなら全て瀬戸の犯行だということにできた。

 でも実際は、瀬戸の持ってたそれにはその機能がない。

 そして最大の問題は、そのことに坪手くんは気づけるってことだ。

 どうして気づかなかったのだろう。久美子くみこに言われるまでカケラも気にしてなかった。

 焦って小細工に走ってしまったけど、やっぱりそんなのやるもんじゃない。なんて、反省する暇はない。問題は、坪手くんがいつ気づいてもおかしくないということだ。明日かもしれないし、今日かもしれない。ヘタしたらとっくに気づいていてて、わたしの言葉を蔑みながら聞いているかもしれない。

 気づかないことはあり得ない。

 金曜にお見舞いに行くことをすっぽかしたのも失策で、彼に考えるきっかけと時間を与えてしまった。這ってでも行くべきだった。

 落ち着け。

 やることは、大至急〈プランB〉を仕立てあげること。


〈プランAの失敗点と改善策〉

 罪を他人になすりつけるつもりで話を組み立てていたけれど、そこにはドデカい穴があった。

 坪手くんの不信感を、一点に向けることが必要。

 一点とは?

 わたししかいない。

 わたしが犯人であると坪手くんに告げる。告げないまでも、そう認識させる。わたしは彼の復活を願うのではなく、彼が「わたしが犯人である」と気づくのではないかと疑って、監視しているのだ。そう理解させる。

 そうだな。こんな感じはどうかな?

 彼の顔をのぞき込み、まぶたの隙間から見える瞳孔の動きで起きていることを確認する。それから——。


〈プランB/シナリオ案〉

「えーと、おどかしてごめんね。それから、金曜はサボってごめんね」

(すごくしおらしい態度。逆にいかにも怪しいふうに。彼は思う。)

『やっぱりサボったことに理由はあったんだ』

「何から話そうかな。いつもなら寝てるの起こしたりしないんだけど、今日はちょっとありまして」

(無理に改まった口調に直し、落ち着いたそぶりが逆に怪しいと思わせる。もう、怪しい人になる。それからどうでもいい日常の話を。英語の先生に謝られたとか、クラスのバカが廊下に立たされてたこととか。バスで知らないおばあちゃんにミカンもらったこととかも話してもいいかもね。あとお茶でも注いで、忙しない感じにする。そして、ここからギアを入れる。どんな台詞がいい? たとえば。)

「今日はこれからが本番なの。木曜からずっと続いていて、いよいよ総まとめみたいな。準備はOK?」

(金曜に休んだことは、突発的な出来事ではなくて持続的な問題の表出だったと思わせる。ここで深呼吸。二回くらい。)

「金曜日、わたしは放課後、Nのお墓参りに行ってきました」

(絶対に彼はビビる。Nの名前を出すのはたぶん初めてだもの。彼はお墓の場所は知ってたっけ? 知ってるわけない。当然行っているはずもない。)

「お墓に行くのは久しぶりだし、一人で行くのは初めてだから迷っちゃって」

(声はひたすら落ち着き払って。)

「坪手くんのお母様に連絡しようとしたんだけど、ケータイの電池切れちゃってさ。三年以上使ってるとさすがにバッテリーの持ちも悪いわね。音楽聴いてるとすぐなくなるし」

(わたしの携帯電話が前と変わっていないことを伝える。そしたら次はお墓の様子。)

「お墓はきれいに掃除されてて、お花もきちんと飾られてた。きっと普段からこまめに行ってらっしゃるのね。もう県外にお引っ越しされてるのに、大変だわ」

(Nの家族はもうこの街にいないことを伝える。ここまでが種まきで、こっから。茶でも飲んでから一気に。)

「わたしは、あの事故は、事件だと思うの」

(わたしは渾身の作り話をする。あのできごとの犯人を、彼に「内心だけ」で突き止めさせる。どういう経過を辿ろうとも、これで彼は必ず最終的にわたしを疑う。もうすでに疑ってるかもしれないけど、そうでなくてもこれで確定する。)


 そしたらさよなら坪手くん。きっと好きだったよ。

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