2.予言の日 当日①

 さて。先に結末から話してしまうと、予言は普通に外れた。この日、人類は滅びることなく、無事に明日を迎えることができそうだった。


 ただ、俺にとっては人類滅亡よりも衝撃的な出来事が、この日降りかかることになる。


「良介のことが、ずっと好きだったの」


 どうしてこうなったのか分からない。一週間ぶりに顔を合わせる幼馴染を目の前にして、俺はパニックに陥っていた。

 


 時間は今朝に遡る。


 ベッドで目が覚めてスマホを確認すると、花音からLINEが来ていた。

『今日、一緒に学校行こうよ。7時に家の前で待ってるね』――なんだ、珍しい。というか集合早いな。早く起きて仕度しなければ。


 なんとか約束の時間通り家を出ると、花音が家の前で待っていた。


「おはよー。 いきなり誘ってごめんねっ」

「……おう」


 思い返すと、この時から花音はなにか様子がおかしかった。笑顔がぎこちないというか、どこか緊張しているようにも見えた。


 学校までの道のりを半分くらい進んだところで、小さい頃よく遊んだ公園を通りかかる。


「時間あるし、ちょっと寄ってこうよ」

「えっ?」


 なんで? と口に出す間もなく、花音に手を引かれ、公園に入る。

 朝だからか人気のない公園のベンチに、二人並んで座った。

 これは一体何の時間なんだろう、と、俺が思い始めたくらいのタイミングで、


「ずっと、好きだったの」

「……は?」

「良介のことが、ずっと好きだったの。あの、だからね……私と、付き合ってください」


 俺の顔をしっかり見据えて、花音はそう言ったのだった。


 言葉だけ聞いたら、間違いなく俺は冗談として受け取っていただろう。

 だけど、彼女の表情はあまりに真剣だった。顔は真っ赤だが、それが一生懸命さを物語っている。

 その表情を見てしまったら、とても冗談とは思えなかった。だから。


「あ、えっ、は……?」


 言葉にならない返事をしてしまった。明らかに脳が回っていない。そりゃそうだろう。

 花音は幼馴染で、三歳からの付き合いで、お互いの家も行き来する仲で、家族同然で。でも最近は少しだけ、疎遠になりつつあって。

 そんな花音を女子として意識したことなんて、一度もなかった。


 ……本当か? たったの、一度も?


「……これ」


 俺が何も言えず固まっていると、花音はゴソゴソと自分の鞄を漁り、そして何かを取り出すと、俺に差し出した。反射的に俺は、それを受け取る。


「えっ……?」


 『それ』は、可愛いらしい花柄の布に包まれていて、やや重みがあった。


「なにこれ……?」

「オッケーだったら、それを開けて」

「は?」

「ダメだったら、開けずに返して。今日の昼休み、裏庭で待ってるから……それまでに、お願いね」


 オッケー? ダメ……? なにが? なんの話? まだ俺の頭は、追いついていない。


「それじゃ」


 だけど花音は、説明はそれで十分とばかりに立ち上がった。


「あ、おい」


 俺が声を上げたときには既に、花音は走って公園を去っていった。引き止める間もない。

 取り残された俺は、呆然とただ、座っていた。

 

「……どういうこと?」


 暑い季節が続く日本。ようやく訪れた秋の風を、心地よいと感じる余裕は、今の俺にはなかった。



 遅刻しなかったのは奇跡としか言いようがない。

 あの後放心状態だった俺が、ようやく今自分が登校中だということを思い出したのが十五分後。


 スマホで時計を確認しながら、大幅なタイムロスを取り返すべく全力疾走で学校に向かい、ギリギリ間に合った。いつもより早く家を出ていなければ、遅刻となっていただろう。


 いやそもそも、いつもより早く家を出たのは、花音からのLINEがあったからだ。


 『7時に家の前で待ってるね』――と。今思うと、公園に寄る余裕を持たせるための、時間設定だったのだろう。


「で、これだ......」


 今俺の目の前、机の上に置いてある、花音に渡された花柄のブツ。


 『オッケーだったら、それを開けて。ダメだったら、開けずに返して』――

 

 もちろん、冷静になった今なら理解できる。

 俺は花音に、告白された。

 そして、返事がYESなら開けろ、NOなら開けずに返せ、と彼女は言っていたのだ。

 ただ、その意図は全くわからない。


 正直、重さや触った感覚から、中身はなんとなく予想できている。だから別に、これの中身を知りたいという理由で、花音への告白の返事を決めることはない。

 もっと言えば、開けて中身を見た上で元通り閉じて、それから告白の返事を決めることだってできてしまう。


 だけど、そういうことじゃないだろう。花音は明らかに、真剣だった。それに対して俺が適当な返事をすることは、あり得ない。

 だからまずは、自分の気持ちと向き合って、彼女に対する返事を決めよう。昼休みまでに。


 一人頭を抱える俺の耳に、クラスメイトの会話が入ってくる。「今日、何時に滅亡するんだろうな」だの、「どうせ今日で死ぬから、課題やってこなかったわー」だの。

 そこでようやく俺は、今日が予言の日であることを思い出した。だけど今の俺に、人類の心配をする余裕など一ミリもなかった。


 もしも俺が予言を信じることができたなら、こんなに悩むことはなかったのだろうか――いや、違う。


 もし今日で人類が滅びるのだとしたら、尚更それまでに答えを出さなくてはいけないのだ。人類滅亡は、告白の返事を有耶無耶にしていい理由には、ならないはずだ。きっと。


 午前中、授業中もずっと、花音のことを考えていた。子供の頃、一番古い記憶から遡って、幼稚園、小学校……この頃までは、まだまだお互い子どもで、馬鹿みたいなことで笑い合って、ずっと一緒に遊んでたっけ。

 だけど中学に上がって……その頃も仲は良かったけど、別のクラスになれば、当然他の友達とも遊んだりして。

 そして、高校――いつのまにか、俺たちの距離はちょっとずつ、離れていっている気がして。

 

 最後に今朝、花音が公園で見せた表情を想い出す。


 考えて考えて考えて――答えは決まった。同時に、昼休みの開始を告げるチャイムが鳴る。

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