元舞台俳優が配信者になってゼロから人生やり直してみた
とーじょう
第1話 退団公演
「ありがとうございました」
その言葉と同時に深く頭を下げる。観客席に座っているお客様たちからは惜しみない拍手が送られ、劇場全体を満たしていく。光輝く劇場内にたった一つ落ちてくるスポットライトに照らされる俺は華やかな白い衣装に身を包み人々の前に立つ。
ここは日本最大規模を誇る
そして、俺は今日この日をもってこの舞紙劇団を退団する。十二年に及ぶ劇団人生に幕を閉じる。
頭を上げ一拍置いたあとに続けた。
「皆様に愛され本日まで応援していただいたおかげで、無事に千秋楽を迎えることが出来ました。そして私事ではありますが、本日をもちまして、
俺は周囲を見渡す。先輩や後輩、同期の皆や遠くにいるスタッフたちには、沢山お世話になった。一人ではエンターテインメントは成立しない。様々な人たちに支えられて俺はここに立つことが出来るのだ。
「幼いころから私を育ててくれた全ての皆様。青春の全てを懸けたこの劇団。今一度、感謝の言葉を送らせてください。本当に、本当にありがとうございました」
再び頭を下げれば、観客席から声が届く。
「ほし────っ!そんなこと言いつつ、また来週も舞台立つの知ってるよー‼」
甲高い声が場内をどっと沸かせる。ひょうきんなお客様に俺もつい笑ってしまった。
俺は一年の半分以上は舞台に立っていたため、どうせ少ししたらいるんでしょ?みたいなジョークを言っているのだろう。
「ごめんなさーいっ‼来週は有給休暇を取っちゃいましたー!」
「「「えー‼」」」
「来週は横にいる彼に主役立たせます‼」
俺は横に手を伸ばした。横のクールな美青年は大股で一歩出れば、胸を張って宣言する。
「僕も有給を取りました」
「すみません来週休みになりましたのでまたのお越しをお待ちしております」
周囲から笑いが溢れてくる。俺の最後にお涙ちょうだいは似合わないと思うんだ。世界中の人たちを笑顔にすることが俺の人生の命題になり、ここまで踏ん張ってきた。俺もそうすることでしか生きていけない人間になった。
人間の感情を引き出すことがどれだけ素晴らしいことかを俺は知っている。
「さて、そろそろお開きの時間となりました。皆様と過ごしたこの時間を胸に、私は次のステージに進もうと思います。さよならは言いません。またいつか、お会いできるのを楽しみにしております。では────」
俺は一度だけ大きく手を叩く。それが終了の合図だとはお客様たちは知らない。
暗転する。たった二秒だけ。その刹那的な時間だけで皆様は理解した。終わりだということを。
明転する。息を呑むほど美しい舞台上から一瞬にして、全ての演者たちが消える。からんとした舞台に残るのは完成された舞台美術であるセットと観客席にいるお客様たち。
舞台とは夢だ。夢を売りその夢の中にお客様を連れ込む。そこではどのような人でも俺たちの見せるストーリーの世界の住民となる。誰一人として置いてけぼりにはしない。
その夢から解放されて帰ってきたお客様たちは絶望することはない。俺たちの見せる夢は、希望を与え再び前を向くきっかけや楽しい時間になればそれでいいのだ。
大粒の雨のように降りしきる拍手がそれを物語る。
美しい夢の時間は終わりだ。
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