異世界賢者、現代に転移する
tanahiro2010@猫
第一章 - うぇるかむ日本
Prologue
果たして、どれだけの時をこの空間で過ごしただろうか。
不老不死の魔術を開発して以来、それこそ星が生まれ、寿命を迎えては爆ぜ、また新たな星が瞬く。そのサイクルが幾度も繰り返されるほどの時間を、僕はこの閉じた世界でただ独り過ごしていた気がする。
この”疑似世界”は僕が創造したものだ。
空間そのものを切り取り、時空の流れを歪ませることで、現実世界の一日で千年が過ぎ去る密度の時を流す領域。
その世界の中で、僕はただ魔術の研鑽を続けてきた。
他の何もかもを捨て、永遠に等しい時間を削って。
「――やっと......完成した」
空に浮かび上がる、一つの魔法陣。
黒と金が複雑に編み込まれ、まるで夜空を裂くかのようにそこへ顕現した。
視界を揺らがせるほどの魔力の奔流が、魔法陣の刻印の隙間から溢れ出していく。
――【異界転移】の魔術。
僕が長い時間をかけて構築し、魔術史の全てを凌駕する究極の転移魔術。
それは《この世界とは異なる世界》へと自らの存在ごと跳躍することを可能にする。
「さて......僕も、そろそろこの空間から出なくちゃな」
異界へ赴くためには、僕自身がこの空間――僕が創造した閉鎖領域から抜け出す必要がある。
世界に自らの存在を繋ぎ止める
もっとも、ここも“虚無”と呼ぶに相応しい世界ではあったが、それでも最低限の畑と水源、栄養素の確保だけはしていた。
いくら不老不死とはいえ、空腹で精神が摩耗すれば意味がない。
生きるための義務。それがあるからこそ、僕はまだ“僕”でいられる。
――《疑似領域 解除》
静寂を切り裂く音もなく、世界が震えた。
世界を維持し続けることは、常に生命活動のすべてを注ぎ続けることと同義だった。
それが解除された瞬間、僕の内部を巡る膨大な魔力が一気に解放される。
空気が澄みわたり、視界が明瞭になる。
長年全能感の泥沼で麻痺していた感覚が戻り、指先が震え、胸の奥に熱が灯る。
「久しぶりだな......この感覚」
体内に意識を向けると、魔力の奔流が再び、しかしゆるやかに満ちていくのがわかる。
問題ない。
魔力は尽きず、回復の流れも安定している。
ならば、次は――
――《異界転移》
呪文と共に巨大な魔方陣が顕現し、足元から空へと走る紋様が世界を切り裂く。
次の瞬間、白光が周囲を覆い尽くし――
僕は、この世界から完全に消滅した。
◇ ◇ ◇
日本。
とある都内の地下深くに設けられた特殊研究機関。
「......所長、異常魔力反応を検出しました」
緊張に満ちた声が静かなラボに響く。
「なんだと?」
反応したのは、白髪交じりの初老の研究所長。
「ランクはいくつだ?」
尋ねる声に、若い研究員が言葉を詰まらせる。
その沈黙が、空気を張り詰めさせる。
「......どうした。言え」
震える唇が動き、ついに告げられた。
「――機器の故障でなければ、Error級です」
沈黙。
場の温度が下がる。
「......なんだと?」
Error級。
この日本、いや《この地球》において魔力というものは基本的に観測されるものではない。
先天的に微弱な魔力を持つ者がごく稀に生まれることはあるが、その魔力量は微々たるものだ。
時折、無意識に“超能力”と称される魔術的な現象を引き起こす者がいても、その魔力はせいぜいB級にも満たない。
そんな世界で、Error級魔力の検出は――
「......地球の危機だな」
初老の所長が呟く。
目の奥に深い恐怖と覚悟の光が灯る。
「機器の故障はないのか?」
「......おそらく、ありません」
「直ちに政府へ連絡しろ!緊急事態だ。最終兵器の使用準備も進めろ」
「ッ、了解!」
研究所に警報が響き渡る。
この瞬間、”異界の賢者”と呼ばれる存在が地球に降り立ったことを、世界はまだ知らない。
◇ ◇ ◇
「魔術は......成功、か」
足元にアスファルトの道。
見上げれば、鉄とガラスの塔が空を切り裂く。
見渡す限りの建造物の群れが、直線と曲線を描きながら人々の営みを支えていた。
――《
手を軽く掲げ、魔術を起動する。
世界の情報が奔流となって頭に流れ込み、あらゆる歴史、言語、社会、科学、宗教、思想、地理が、同時に脳を貫いた。
強烈なめまい。
視界が白く染まり、時間が歪む。
「......へぇ、この世界、科学が発展してるんだな」
僕のいた世界では、魔術と魔法の存在により科学は廃れた学問だった。
物理法則を曲げることが容易な魔術師たちは、化学や力学などという法則に縛られる行為を嗤った。
だが、この世界は違う。
この世界の歴史を高速で精査する。
――12世紀後半。
“魔女狩り”と呼ばれる出来事を境に、魔術師たちは淘汰され、神秘は封じられ、科学という新たな神話が胎動を始める。
だが、そのあとの発展の速度は、驚嘆の一言に尽きた。
僕が生まれた時代は、人類誕生から一億年を超えてなお、中世ヨーロッパ程度の文明レベル。
いくら便利な魔術があろうとも、生活は遅々として進まなかった。
だがこの世界は、たった五百万年でこの繁栄を築き上げている。
「......すごいじゃん」
皮肉でも虚飾でもなく、心からの感嘆だった。
ここに来られたことに、初めて喜びを覚える。
だが同時に、僕は理解する。
この世界において、僕は“異物”だ。
◇ ◇ ◇
東京湾上空、夜。
数機のステルスヘリが静かにホバリングし、その下で”特殊部隊”が夜風を切って降下していく。
全員が対魔術戦装備を身にまとい、無言で展開する。
装甲車両が市街地の路地裏に潜り込み、狙撃手がビル屋上へと散開する。
「ターゲット確認、目標は人型、単独行動中」
「Error級反応を維持中、作戦行動継続」
ヘルメットのバイザーに映るのは、一人の青年。
その瞳に、魔力の光が宿っていた。
その瞬間、夜の街が、呼吸を止める。
――《
ターゲットが、その一言を発した瞬間、空間が泣き声のような音を立てて裂けた。
地面も空も光に呑まれ、無数の装備ごと、隊員たちは影も形もなく溶け落ちる。
数秒後、夜風だけが何事もなかったかのように吹き抜けていた。
◇ ◇ ◇
「なんだったんだろ、今の」
なぜか僕を襲ってきた、武装集団。
特に魔力は感じられず、変な黒い鎧だけをまとっていた。
僕がこの世界に来たことを察知してもどそうとしてきたのかな?
うーん。
この世界では、表向きには魔力というものが存在しないことになっているらしい。
どうやら、力を悪用する犯罪者を減らすためとかなんとか。
でもたぶん、そこにはお偉いさんたちの利権問題も入っている。
名家の魔術独占とか、そんなくだらないこともさっき得た情報の中には混ざっていたから。
「うーん。そこら辺に関しては僕特に関係ないか!」
別に、この世界を支配したいわけではない。
観光、あとついでに暮らしてみたいだけ。
「とりあえずは...国の上の人たちに話しに行くか」
戸籍なんて面倒なシステム、消えちゃえばいいのに。
そうおもいながら、僕はまた空を駆けるのだった。
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