第五章 探偵・宮本の接近
第五章 探偵・宮本の接近
夜の駅前カフェは、終電に近づくほど静かになる。
探偵・宮本誠は、テーブルに置かれた封筒を直角に揃え、依頼人の女性の話を最後まで聞いた。
「娘は、あの施設に行く直前まで窓辺に椅子を置いて、季節が変わるのを眺めていました。……最後に残したメモに、“ここなら楽になれる”と書いてあって」
封筒の中には直筆のメモと未送信のメール。パンフレットの切れ端も入っている。
《ここなら誰にも迷惑をかけない。笑って終われるはずだから》
“笑って”という二文字の丸みだけが、やけに孤独だった。
宮本は静かに頷き、封筒を閉じた。
依頼は単純だ。――真相を確かめてほしい。
数日後、宮本は施設のある町へ向かった。新幹線の終点からさらにバスで三十分。森を抜けた先に白い建物が現れる。
外から眺めただけで、彼の目は違和感を覚えた。
建物は閉じた箱のように配置され、入口は一つ。窓は多いのに、開いているものは一つもない。まるで外の空気を遮断しているかのようだ。
門前で、僧侶の夏樹透と出会った。竹箒を担いだまま、夏樹は人懐こい笑みを向ける。
「旅の方か」
「ええ、探偵をしています。少し、この施設のことを調べに」
「探偵やのに、裁く顔をしてへんな。記録係みたいな雰囲気や」
宮本は笑った。
「僕は裁く側ではありません。見たものを冷やさずに運ぶ側です」
夏樹は風鈴を指で弾き、小さく音を鳴らした。
「静けさは時にうるさい。そのうるささを、あんたも聞くんやろな」
その言葉が、宮本の耳に残った。
施設には直接入らず、まず斎場へ足を運んだ。
火葬を担当するスタッフ、久世千沙が帳簿を見せてくれる。線は几帳面に並び、数字は整っている。――だが、一箇所だけ小さな空白があった。
「ここ、日付が抜けていますね」
宮本が指をさすと、久世は淡々と答える。
「寺の大きな法要と重なっただけです」
言葉は嘘ではなかった。だが均一な声色の中に、わずかな揺らぎが混じっていた。
宮本は追及しなかった。ただ帳簿の余白に小さく線を引き、そこに「疑」とだけ記した。
宿へ戻る途中、彼は掲示板のログを開いた。
《ベッドから骨壺へ――それが合言葉》
《夜の静けさに、呼び声が混ざる》
断片は無数に散らばっていた。虚実の境界は曖昧だが、火のないところに煙は立たない。
窓辺に立ち、暗い森を見下ろす。施設の白い外壁が月明かりに浮かび上がる。
――中に入るのは容易い。出るのは難しい。
その予感だけが、確かな手触りをもって宮本の胸に残った。
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