悪徳のゴスロリ

 腕時計を見る。なんだ、45分、過ぎてんじゃん!


「ねえねえ、あんた、撮影時間の45分、過ぎちゃった。『ダメだ!ぼくにキミのアソコを見せるな!キミは女神様なんだぞ!』なんて言ってるから、私のアソコ、写真に取り損なっちゃったよ」

「……45分って短いんだな」


 私はベッドからおりて、窓際の椅子に座り直した。スカートの裾を直す。カメラをバックにしまった彼も対面のソファーに座った。


「残念よねえ。でもさ、今日は私、やることないし、撮影しないんだったら、もうちょっと付き合ってあげるけど?その代わり、お腹すいちゃったから、ルームサービスでなんか食べて良い?ね?ね?」

「それは別に構わないけど……キミの……」

「恭子!鈴木恭子!」

「え?」

「私の名前!」


 私はハンドバックの中から財布を出した。カードフォルダーの学生証カードを取り出して、彼に突きつけた。「ほら、鈴木恭子。北千住のガッコ。二年生よ」

「本当だ」

「本当も何も、本物の学生証。17歳と6ヶ月。非合法JKでしょ?未成年の非合法JK!あんたは……」

「吉澤悟」

「え?」


「ぼくの名前だよ」と悟もジャケットから財布を取り出して、名刺を私に渡した。「会社はここ。年齢は25歳、社会人二年生だ。キミと同じ二年生」


 名刺を見た。地上波でコマーシャルを流している私でも知っている有名なIT企業だった。


「悟の会社、知ってるわ。一部上場企業じゃない!だぁ~から、渋沢5枚、ポンッとくれたんだね。おっ金持ち!じゃあ、遠慮なくルームサービス頼んで良いよね?ね?ね?」

「それは別に構わないって言ってるじゃないか……恭子……」


「あ!恭子呼び!なんかさ、恋人みたいじゃん!まあ、小賢しい小娘で、身長153センチのチビでBとCカップの間の貧乳だけどね!でもさ、私のロリの小顔は可愛い、よね?ね?でさぁ、」私はデスクの上に乗っていたルームサービスのメニューを開いた。「……前から気になっていたけど、シュリンプカクテルって何?」

「シュリンプは小エビ。『カクテル』はカクテルソースのこと。カクテルソースは、ケチャップにレモン汁・西洋わさびを混ぜ合わせて作るソース」


「なんだあ。エビをミキサーで潰して、ウォッカとかと混ぜて飲むもんだと想像してました!テヘヘ」

「それは気持ち悪そう」と悟が初めてニッコリ笑って言った。いままで緊張してたのかな?「それだけでいいの?他には?」


「え~っとね、これってケンタッキーのと違うのかな?コールスロー?コールスローってキャベツとキウリのマヨネーズ和えでしょ?」

「違うよ。オランダ語なんだよ。キャベツの千切りをビネガーっていうお酢とオリーブオイル、クミンシードというスパイスを加えて和えて、できれば一晩寝かすとシットリと柔らかいサラダになるんだ」

「なんだ。キューピーマヨネーズで和えただけじゃないんだ!」

「ケンタッキーのは、調味料に塩、砂糖、お酢とマヨネーズを使っていて、玉ねぎも入れているはずだよ」


「悟、物知りだね!ええっと、じゃあ、コールスローとぉ、え~、クラブハウスサンドイッチ?」

「クラブハウスサンドイッチって何?って聞くんだろう?ゴルフクラブのクラブじゃないよ。アメリカの社交クラブで、ポーカーなんかをしていて、プレイしながら食べたいというので、トーストしたパンにベーコン、卵、チキン、トマト、レタスをサンドしたものを創作したんだ」

「ますます物知りだ!じゃあ、それ!……あ!それとワイン!赤と白ワイン!瓶で!」

「恭子は未成年でしょ?」

「悟が主に飲むの。私はお相伴で舐めるだけ!」


「仕方ないなあ」と悟が内線で係に電話した。「20分で届きますってさ」

「楽しみぃ~!」

「恭子……あのね、ホテルの人が来るんだけど……キミの座り方が……」

「何、これのどこが問題?」

「半跏趺坐の座り方が問題だ」

「ハンカフザ?また、私の知らない言葉で語るぅ~!」

「広隆寺弥勒菩薩像って知らない?」

「知らない。歴史総合の授業でも習わなかったよ」


「今は『歴史総合』って言うんだ?『日本史A・世界史A』とかじゃないんだね。え~っとね、恭子の今のポーズが半跏趺坐。右足の甲を左足の太ももに乗せ、もう一方の足を床に下ろした座り方だ。下着が見えてる」

「この座り方がハンカフザって言うのね。でも、いいじゃん!悟、今日、私のパンツ、たくさん見たし、写真にも撮ったんでしょ?」

「だからって、ホテルの人にも見せることはないでしょ?」


「そだね。ホテルの人は渋沢5枚払ってないものね」私は脚を揃えて座り直した。「でもさぁ、悟、悟の股間のモッコリは問題じゃない?もう、ギンギンにモッコリしてるよ」

「問題だよなあ、17歳半の未成年と一緒の部屋に成人がいて、その子がエロいゴスロリの格好で、ワインを注文してって、これ犯罪だものなあ」


「渋沢5枚くれたから、私から言わないよ。それよりさ、モッコリが収まらないんだったら、手で脱いたげようか?タダだよ、タダ」

「……『抜く』とかそういう言葉を恭子は使うなよ。ぼくの女神なんだから。それに恭子が『抜く』なんて言うとますます収まらなくなる」

「私、うまいんだけどなあ。手がイヤならお口で良いよ。20分あれば楽勝だよ!」

「そういうことを言わないでくれよ。夢が壊れる」私にどんな妄想を描いているんだろうか?せっかく、タダなのにね。


 ホテルの係が来た。ドアのところでトレイを受け取る悟。悟のモッコリはさすがに静まっていた。そりゃあ、そうだ。あれはマズいよね。


 彼がソファーテーブルにシュリンプカクテル、コールスロー、クラブハウスサンドイッチを並べた。赤白のワインはメニューに載っていた結構お高い瓶だった。ケチじゃない!


 椅子で食べるわけにもいかないので、ソファーの彼の隣に座る。ピッタリとね、身を寄せてね。悟は私の太腿が密着したらちょっとビクッとした。ジョシコーコーセイに太腿を寄せられたくらいで慌てるんじゃないよ。私はレズだし、男なんて……あれ?ちょっとドキドキした。おかしい。


 サンドイッチをパクついていると「恭子は『私、うまいんだけどなあ』なんて言ったけど、誰でも彼でもそういうことをするのか?」と悟が聞いてくる。なんだぁ、言わないでくれ!とか言いながら気にしてんじゃん!

 

「悟、私、レズなの。小学校の四年生以来、生育が止まってるじゃん?だから、普通の男子は私に興味がないみたい。ロリコンだけよ、私に興味を持つのは。小学校の頃から、女子のみんながどんどん背伸びて、胸が膨らんで、女らしくなっていく中で、私だけが取り残されたみたいに、チビのままで貧乳のままで、ロリ顔のまま。クラスの女子が『恭子、まだお人形さんみたいだね』って笑うんだよ。男子は『可愛いけど、子供っぽいよな』って、からかうか、避けるかだった」

「なるほど。それで?」普段はこんな話を男性にしたことはない。だけど、悟には自然にしてしまった。


「中学入ったら、周りの女子がブラジャーつけ始めて、恋バナで盛り上がってるのに、私の胸はぺったんこのまま。体育の着替えで、みんなの視線が痛かったよ。『恭子、まだ子供みたい』って陰で囁かれていた。男子からは『ロリコンじゃねえと無理だろ』って陰で言われてた」

「そうか。それで?」


「悟、ものわかりの良さそうな顔で頷かないで!って、まあ、良いや。あのさぁ、人間の性格とか性癖って、親の遺伝子やクソみたいな家庭環境だけじゃ決まらないよね?外見、体格、容貌の移り変わり、って言うか、私の場合、移り変わりすらないこのクソみたいな容姿が、私の性格形成にでかい影響を与えているんだと思う。心理学的には、鏡効果とか言うんじゃないの?周りが決めたイメージが、自分の中に染み込んで、性格を歪めるんだよ」


「恭子、難しい言葉を使ってるよ。心理学用語だよ、それは」

「エゴサーチしたからね、この界隈の知識はあると思う。それでさ、男子に対する性欲もあったよ。最初は普通に男に興味があった。でもさ、男の視線が『可愛いけど、抱き締めたいだけ』みたいな、子供扱いなんだよ。まともな恋愛対象じゃないって、わからされてしまう。そんで、自然と女に目がいくようになっったんだ。女同士なら、このチビで貧乳の体を馬鹿にしないだろ?優しく触れてくれるし、対等に感じるんだよ。私がレズビアンになったのは、この外見のせいなんだ。論文とか読んで分析したのよ。外見が『性的対象じゃない』って男性に烙印を押されると、逃げ道としてレズを選ぶケースがあるんだってさ」


「でも、恭子はレズなんだろう?それで、手とか口で抜くとか……」

「レズの相手には愛がある。手とお口には渋沢がある、っかな?渋沢1枚で手、2枚でお口とかさぁ」

「恭子、それはダメだ」

「ダメでもなんでも渋沢次第。悟だったら、私、気に入ったから、手とかお口じゃなくっても、良いよ」


 急に悟が財布を出した。渋沢を取り出す。「コミケで使うつもりだったから、現金を引き出したんだ。まだ7万円、残っている。恭子、これをあげるから、もう男相手にそんなことをするんじゃない。止めるんだ!」と怒った顔で言った。私の手に無理やり渋沢を押し込む。


 渋沢7枚?「ちょっとぉ、そんなお金、受け取れないよ。良いよ、良いよ、悟だったら、タダでさせてあげるから」私は悟に渋沢を突き返した。彼も受け取らない渋沢がテーブルの上に広がる。


「そんなのもダメだ!」

「何よぉ~、私が153センチのチビで、せいぜいBカップかCカップの貧乳だから抱けないの?最近、怖くて測ってないけどさ!それとも。私が小賢しい小娘で大人の女じゃないから抱けないの?」

「違うよ、恭子。キミが自分を、自分の体を大事にしないからダメなんだ」

「悟、インポなの?」

「違う!」


「そうよね。あれだけモッコリしてたらインポのはずはない!って、悟、またモッコリしてるじゃん!」

「ガマンしてるんだ」

「ガマンしなくていいじゃん!私が欲しいんでしょ?恭子がタダで良いっているんだから!ね?ね?しよぉよ、しよ!」


「いや、恭子……」って、悟がネイビーのボタンダウンの袖をいじりながらゴニョゴニョ言う。「キミ、自己肯定感低いよね」


「え、自己肯定感?なにそれ?なんかオシャレなスイーツの名前みたいじゃん?」マジでわかんないよ、急に変な言葉!偏差値40の私に、ムズい話しないでよ!


 悟は急に真面目な顔になって、「えっと、自己肯定感っていうのは、自分の価値を肯定的に見る心の姿勢で……」とか、めっちゃ難しい単語並べ始めた。心理学?ねえ、頭痛くなってくるんだけど!


「ちょっと待って!わかんないよ、ムズい話やめて!」

「ご、ごめんね!」って手を振ってる。


 悟は腕組みをして「うーん…」って考え込み始めた。「17歳半のギャルにわかるように…」とかブツブツ言ってた。


「自己肯定感って、簡単に言うとさ、自分を『めっちゃイケてる!』って思える力だよ。ほら、恭子、さっき『自分は小賢しい小娘』とか『脱ぐの着るのがエロいって言われるだけで何の取り柄もない』とか、『153センチのチビで、せいぜいBカップかCカップの貧乳、怖くて測ってない!』とか、自分をめっちゃ下げてたよね。それ、自己肯定感が低いってこと。自分を好きになれば、もっとキラキラできると思うよ」ハハ、キラキラ?マジで?なんかウケるんだけど!


「ねえ、恭子のゴスロリ、今日のコミケの会場でもバズってたよね?ぼくもだけど30人くらい、カメラ小僧が集まっていた。ロリコンとか関係なく、キミの魅力がハマったんだよ」って、悟が熱く語ってくる。


 なんか、悟はいい奴っぽいけど、ちょっとムカつくんだよね。「ふーん、で?それを知って私に何かいいことあるの?」ネットタイツの脚を揺らして、赤リップの口を尖らせてやった。


 まだ、私を押し倒さないの?ねえ?タダだって言ってるのにぃ!

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