第13話 敵襲
《モローネside》
「はぁ…。はぁ…」
どうしてだ。
アイツはこの屋敷の人間ではないのに、私を庇ったりしたのか。
そんな義理なんてねぇだろ。
そもそも私のこんな態度は、ただの八つ当たりだってことは理解している。
わかってはいるけど、アイツがいきなり特別扱いされているのが気に食わなかった。
もしも、貴族のご令嬢とかだったら割り切れていたのか?
ぶっちゃけわかんねぇ。
けどな、ぽっと出の村人があんな高待遇なのはおかしいだろう。
私はアレク様と築き上げた関係が崩れてしまう気持ちに襲われていた。
勿論、アレク様とメイドの私が結ばれないとは重々承知している。
今、こうやって走っているのはアレク様やこの屋敷に仕える人たちのためだ。
早く侵入者の存在を知らせて、皆の安全を確保しねえといけないからな。
決してアイツのためじゃない…。
そう言い聞かせながら、私は階段を降りた。
別邸にも数人護衛がいるはずだ。
玄関扉を抜けて、軽く庭を見回すと騎士達が倒れていた。
ちっ。
やはり見張りの護衛はやられている。
私は本邸の屋敷まで全速力で向かい、会場に辿り着く。
招待された客たちは全員帰っているようだ。
大広間を見渡すと、この屋敷に仕えている使用人達しかいない。
「…はぁ、はぁ…」
荒くなった呼吸を整える。
「マリアさんはどこにいる!!!」
体の底から絞り出した声は会場中に響いた。
普段、声を荒げない私はその場にいた使用人たちから驚愕の表情を向けられる。
なぜなら、私が敬語を崩して話す姿を他の使用人は知らないからだ。
まあ、マリアさん以外あまり接点がないのも大きな要因だろう。
使用人たちは皆、作業の手を止めてこちらに注目する。
大広間は静まり返っていた。
返事がないのも無性に腹立つが、アイツのことが脳裏によぎると更に今の状況がムカついた。
「マリアさん!いねえ、のかよ!いたら返事をー」
トントン。
私は後ろを向いて、相手をギロリと睨んだ。
肩を叩いた人物はマリアさんだった…。
「何かあったのですか?そんな険しい顔をして…」
「アイツが…ルリが危ない…!」
話を聞き終える前にマリアさんは全速力で駆けた。
「ルリは別邸の部屋にいるはずだ!!」
私の叫びはしっかりとマリアさんに届いただろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私は正面の二人に向かってキッと睨み、威圧する。
ここで私が食い止めないとコイツらはアレク様を殺しに行くだろう…。
殺さなかったとしても捕虜にする可能性が高い。
だけど、私は侵入者をこの剣で切れるのだろうか…。
無駄に力が入り、握っている剣が揺れる。
「アニキ、ちゃちゃっとこのガキ殺りませんかぁ?」
黒ずくめの巨漢の男が言葉を発した。
私の太腿くらいある太い上腕を持ち低いしゃがれた声だった。
巨漢の方は間違いなく男だろう。
アニキと呼ばれた華奢で小柄な侵入者も男の可能性が高そうだ。
「まあ、少し待ちなよ」
華奢な男が巨漢を宥める。
声の高さからして変声期は来ていないようだ。
「別にさ、我々が男か女なんて些細なことはどうでもいいんだよね」
私の心を読んだかのように、華奢な男がナイフの腹をなぞりながら呟いた。
本心は分からないけど、アニキと呼ばれたから
巨漢の男は機嫌が悪くなったのか
散らばった窓ガラスの破片も足で擦り潰す。
相方は苛立った様子を気にも留めずに、更に私に問いかける。
「そんなことよりさ…。君はここの屋敷の使用人じゃないよね?」
私は先ほどと同様、無言を貫く。
アレク様に招待されてここにいる。
男の言う通り、確かに私は屋敷の使用人ではない。
本当は会話をして時間を稼ぎたいが、相手に悟られてしまうのは不味いだろう。
ある意味、無視を貫くことは賭けでもあった。
華奢な男は確信を持った声音で続ける。
「無視はひどいじゃないか…。んー。どうして
と窓際にある一輪の薔薇を手に取り、意味深に見つめて華奢な男は哄笑する。
会話を広げて時間を稼いでくれているのは嬉しい誤算だ。
だけど、指摘された内容が胸に引っ掛かる。
どうして彼は平民だとすぐに気付いたたのだろうか。
男が吐いた言葉は随分と的を得ているから私は動揺が隠せない。
珍しく化粧をして髪もセットしているから、外見は貴族と
自画自賛しているのはご愛敬ということで…。
なぜ彼は私の身分を瞬時に見抜いたのだろうか?
ひょっとして、パーティーの出席者に紛れて私の様子を監視していたのかな。
流石に自意識過剰すぎるか。
若しくはこの華奢な男は貴族の子女を完全に把握しているとか…。
どちらにせよ、貴族の親類関係にある程度詳しいのは確かだろう。
「貴方たちの目的は何ですか?」
私のあまり意味のない行為だと知りながら、黒ずくめに問いかける。
「それを言ったらつまらないよねー。そういえば、キミはこの屋敷に訪れるの初めてかい?」
当然私の望んだ答えは返ってこないけれど、華奢な男は尋ねてきた。
「…はい。初めてです」
嘘をつくことも出来たけれど、バレた時のことを考えたらここは正直に話してもいいだろう。
「うん。素直に喋るのは殊勝な心掛けだよ」
やはり、向こうは私が平民と確信しているようだ。
まあバレていたとしても、向こうが会話を続けてくれるなら私としても助かる。
真正面から戦って勝つ保証はどこにも無いし、護衛の人達が来るまで時間を稼げれば良いのだから。
「残念だけど、下にいる護衛達は気絶しているよ」
私の魂胆は見透かされていたようだ。
希望はあっさり砕かれ、華奢な男は愉快そうに笑った。
そうだよね。
二階の窓ガラスが割れたのだから、下に控えている騎士が気付かない訳がないか。
別邸にいる護衛達が助けてくれないなら仕方がない。
私は強張った表情を引き締めて、強く剣を握り直す。
一歩踏み出して剣を構えた。
「ぼくたちと殺り合うのは懸命な判断じゃないけど、その心意気は買うことにするよ」
華奢な男は大袈裟に笑って剣を携えたまま、小さく拍手をした。
ここで無闇に突っ込むのは得策ではない。
そもそも剣など振ったことはないし…。
であれば私の選択肢は一つだけしかないよね。
クルりと後ろを向き、すかさず入口から飛び出る。
私の実力では到底、太刀打ち出来ないだろう。
仮に一矢迎えたとしても、お互いに命を掛けた闘いになった場合、私は圧倒的に不利だ。
「逃げるのはよくないよねぇ」
華奢な男は呟き、鋭利なナイフを
運が良かったのか私の右肘をすり抜け壁に突き刺さった。
「残念、外しちゃったぁー」
昨日、せっかくマリアさんがくれたドレスは破れてしまい、ナイフが少し肘を掠ったようだ。
とはいえ、これくらいの小さな掠り傷なら大丈夫だろう。
唯一の武器である剣を床に投げ捨て、私は力一杯、床を蹴る。
身軽な方が逃走しやいからね。
後方から、
「だから言ったじゃないすかぁ、アニキィ」
と声が聞こえたけれど、振り向かず通路の先にある階段を目指す。
階段の
ナイフに毒が塗り込まれていたと感じた時には既に遅かった。
即効性の毒!?
山で取れる魔花や魔草の毒には耐性があるのだが、これは何だろう?
モンスターの毒なのか…。
考えている暇はない。
今はあいつらから逃げないと…。
視界がボヤけ、意識が
中二階まではどうにか降りれたが、そこからは身体に力が入らなくなる。
もっと距離を稼がないといけないけれど、身体が思い通りに動かない…。
私は階段から足を踏み外して転がり落ちてしまう。
地面に横たわった私は視界が徐々にぼやけていく。
うっすらとだが、メイド服を着たマリアさんがこちらに駆け寄ってくる。
良かった…。
モローネが本邸に助けを呼びに行ってくれたようだ。
私は安堵すると完全に意識を失った…。
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