第12話 侵入者
お手洗いを済ませて再び会場に戻ると、貴族の方達が真ん中でダンスを披露していた。
音楽は軽快なリズムの曲調に変わっており、会場のあちこちで色とりどりのドレスが
優雅に立ち振る舞う、貴婦人たちに目を奪われる。
男性陣は花である女性を立て、額縁のように徹している。
そうすることでより女性がより華やかで魅力的な雰囲気を
心が鷲掴みされるような光景が広がっている。
しばらくの間、私は貴族の方々のダンスにうっとり眺めていた。
演奏が一段落し、ゆったりとした演奏に切り替わる。
「素敵だったなぁ…」
感動した私は思わず口にすると、隣から不意に声を掛けられた。
「もし良かったら、ボクと一曲踊りませんか?」
横に顔をずらした私は目を見開いた。
それもそうだろう。
麗しいアレク様からダンスを所望されたのだから。
今回は黒のタキシードを着用していた。
「アレク様!お言葉は大変嬉しいのですが、私はこのような場で踊ったことは御座いません。ですのー」
私の言葉を遮り、アレク様は子供がイタズラする時のような悪い笑顔を浮かべる。
するといきなり私の手を引っ張った。
「あっ…!」
反射的にあっと裏返った声が漏れるが、アレク様はそのまま私の腰にそっと手を添える。
生まれてきてから、踊りという文化に触れてたことは無い。
私は生まれた小鹿のようにあしが震え始めた。
ど、どうしよう…。
踊ったことないんだけど…。
そのまま、赤みがかった顔をしたアレク様にエスコートされダンスが始まった。
仄かにアレク様の呼気からアルコールの匂いがする。
ーーー
ーーー
気付けば、アレク様とのダンスは終わっており、会場の端っこに移動していた。
「すごく上手だったよ」
「ルリさん!とても素敵でした!」
アレク様とマリアさんに笑顔で褒められる。
「……。あ、ありがとうございました!」
放心状態だった私は慌ててお礼を告げた。
手のひらは汗ばんでおり、全身が火照っている 。
部屋に戻ったらシャワー浴びたいな。
アレク様はクスッと微笑むと、マリアさんから差し出された赤い液体が入ったグラスを煽る。
葡萄酒のような香りがほんのり漂ってきた。
お酒飲んだ状態で踊れるのは余程、踊りが得意なのだろう。
別に私は酔っ払っていないけど、2人で踊っていた時の記憶が曖昧だ…。
せっかく初めてのダンスがアレク様なのに…。
必死に記憶を手繰り寄せ、さっきの踊りを思い出してみる。
そういえば、一度アレク様の足を踵で踏んだ気がするような。
してないような?
「先ほどは、もしかして足を踏んでいましたか?」
「んーどうだったかな?あんまり覚えていないけど、あんな踊り方は中々に斬新だったから楽しめたよ!」
クスっと笑い、少し息遣いの荒いアレク様は優しく慰めてくれた。
うわぁぁぁ。
やっちゃったよぉぉ。
否定しないって事はやっぱり踏んでたんだ…。
恥ずかしい…。
「足を踏んでしまい、申し訳ございませんでした!!」
私は赤面している顔を隠すように深く頭を下げた。
何か話題を変えて、場の雰囲気を払拭しよう。
羞恥心で悶えそうだから。
あ…。
そういえば。
ダンスに気をとられて、大事なことを伝えそびれていた。
忘れないうちに言っておこう。
「アレク様、今日は生誕祭にお呼びして頂きありがとうございます!伝えるのが遅くなりましたが、お誕生日おめでとうございます!」
「ありがとう、ルリ。遠慮せず、アレクって呼び捨てでも構わないからね」
アレク様は再びイタズラっ子のような笑みを浮かべた。
お酒を飲んでいるせいか、いつもより砕けた姿である。
「とんでもないですよ!恐れ多くて呼び捨てにできませんよ」
とアレク様の冗談をあしらう。
すると、アレク様は捨てられた子犬のような顔で、
「からかってごめんね」
と一言呟いた。
うん。
こうやって沢山の麗しい貴族女性を虜にしているのだろう…。
罪な人だ。
アレク様はきっとお酒が回っているからこんな表情をしてしまうのだ。
そうに違いない。
そうやって自分に言い聞かせているが、私が貴族の令嬢ならコロッと惚れしているかもしれない。
身分がだいぶ離れていて良かったよ…。
危うく恋が始まるところだった…。
アレク様は主役だから挨拶周りが残っており、マリアさんは用事があったみたいなので解散した。
私は一人きりになると、フロアに置いてある食事を頂くのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ご飯美味しかったなぁ。
部屋に戻ったら、夜中にまた食べようっと。
会場の食事をぞんぶんに堪能した後、私はマリアさんを探した。
どこにいるのかな?
ぐるっと辺りを見回した。
お!
あそこにいる!
幸い今は一人のようだ。
マリアさんは使用済みの食器やグラスなどを片付けていた。
近付いて声の届く距離になると私はダメ元で尋ねてみる。
「余った料理を部屋に持ち帰ることは出来ますか?」
たぶんそれは厳しいよね…。
まあ訊いてダメならしょうがないけど、持ち帰れるのならまた後で食べたい。
「はい!私に付いてきて下さい」
私は内心諦めていたけれど、なんと!許可が下りてしまった。
流石にパーティ会場のご飯は持ち帰るのは出来なかったが、厨房の余り物だったら持ち帰ってもいいとのこと。
そして、今は厨房から別邸までの帰り道である。
侍女のモローネが付き添ってくれるようになった。
私の両手には袋に入ったフードが抱えられている。
「良かったらお持ちしましょうか?」
モローネは呆れて人を小馬鹿にしたような目つきで手を差し伸べてくれる。
一応、本人は隠しているつもりなんだろか。
んー。
もしかして、モローネもこのご馳走のおこぼれが欲しいのかな。
…あげないけどね!
そのまま10分くらい歩くと部屋に辿り着く。
私はモローネに扉を開けてもらう。
侍女の役割だからしょうがなく開けてあげましたって感じが伝わってきた。
とはいえ、手が塞がり助けて貰っているので、私は軽くお辞儀をして中の部屋に入る。
え!
何があったの!?
一瞬、泥棒が入ってきたと思うほど悲惨な光景であった。
床にはガラスの花瓶が砕け散っており、ベットは水浸しだ。
肝心の薔薇は、イチゴジュースの空瓶に挿されて床に直置きされている。
んー。
水はしっかり入れてあるのね…。
悪意がなければ、わざわざこんなことをしない筈なんだけど…。
恨みを買うようなほど粗相をしたっけなあ…。
そもそもこんなことをする人物なんて限られているだろう。
自然とモローネの方に振り返り、犯人はあなたでしょって圧を込めた視線を向ける。
本人はなんも知りませんって澄まし顔だが、相変わらず演技が下手なようだ。
いや、あえて挑発しているのかもしれない。
というか、カラマイタケの毒を仕込んだのも、モローネじゃないのか…。
…。
十中八九この子だろう。
私はモローネを問い詰めようと口を開こうとした瞬間、
パリン。パリンッ。
部屋の窓ガラスが一斉に割れて、黒い影が屋敷に侵入する。
割れた窓側に注目すると二人の侵入者が立っていた。
侵入者は黒い装束を身に纏い、目元以外黒い布で顔を隠している。
そのため素性が全くわからない。
あれ?
もしかして花瓶が割れていたのは、実はコイツらのせいだったのかな?
なんて呑気に考えていると敵は懐からナイフを取り出した。
んー。まずいよねぇ。
この展開は…。
「アレクは屋敷のどこにいる?そしたら、命は見逃してあげるよ?」
二人のうち華奢で小柄な方が口を開く。
モローネも敵に返事をするつもりはなく、無言の空間が生まれる。
「そっかー…。その命惜しくないのかな。ならば、致し方ないね」
私は入り口扉の横に置かれている
非常事態だから許してくれるよね。
「モローネだけでも逃げて!みんなに襲撃者がいるって伝えて!」
強く剣を握り、モローネに指示を出す。
若干生意気なメイドではあるけれど、二人で応戦するより助けを求めた方が得策かもしれない。
勿論、恐怖心がないといえば嘘になる。
だけど、怖くて体が動かない状態じゃないのは不幸中の幸いだ。
十秒ほど、沈黙が訪れるがモローネが乱暴に言い放った。
「くっ…なんでだよ。ぜってー死ぬんじゃねーぞ、クソ村人が!」
やはり、そっちが貴女の素だったのね。
口調は悪くなったけれど、あんまり嫌な気分じゃなかった。
寧ろストレートな物言いになったことで、こちらとしてもやり易い。
年下の彼女に変に取り繕う必要が無いし、陰でこそこそ言われるより全然マシだ。
自然と口角が上がった私は、正面の敵を見据える。
背中に冷や汗が流れた。
モローネに威勢のいい台詞は吐いたものの、この後どうしたらいいんだろう。
そもそも
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