第5話 合流

 

 ようやく釈放される!


「わたしに着いて来て下さい」


 騎士が牢屋の鍵を開けてくれた。

 出口に案内してくれるのは若い青年のようだ。


 騎士はその場に立ち止まり、私がいた部屋の一点を見つめる。

 壁を凝視して何か言いたげそうな顔したけれど、すぐ進行方向を向いた。

 軽く咳払いをして騎士は歩き出した。


 あ…。

 うん。

 とりあえず後ろに付いて行こうっと。


 偽マーベルはスヤスヤと眠りについている。


 友達は大切にするんだよ。

 キンバール。


 名前も知らないけれどマーベルの分身みたいで、あだ名をグレードアップさせた私は心の中でエールを送る。


 キンバールを優しく見つめた私は騎士の後を付いていく。


 やっぱりか…。

 ここは地下牢だったのだ。

 ようやく土と錆びた鉄の匂いが混じった場所から解放された。

 私は新鮮な外の空気を胸いっぱいに吸い込む。


 早く家に帰りたいな…。


 騎士は一言も発しないまま、スタスタと進んでいく。


 今私は細長い通路を歩いており、横目に庭園が映った。

 草花は綺麗に切り揃えられており、手入れがしっかり行き届いている。


「少し鑑賞してもいいですか?」


 わざと立ち止まり、この先の展開を考える。


 多分ここは貴族様の屋敷なんだろう。

 つまり、村人の私がいていいところじゃない。

 けれど、さっき私たちは屋敷の出口を通り過ぎたのだ。

 

 それってつまり…。

 まだ釈放された訳じゃないってことだよね。

 

 あれ、もしかしてこのあと打ち首とかになっちゃったり…。

 最悪、晒し首とかに合うのかな…?


 どうしても最悪のケースが目に浮かんで、頭の中から離れない。


 村人が貴族の屋敷に拘束されて釈放されないってことは結末は悲惨に違いない…。

 

 うん。

 導き出せる答えは一つしかないよね


 逃げよう。


「……いえ、このままわたしに付いてきて下さい」


 案の定、私の提案を騎士はあっさり一蹴する。


「はい……」


 私は条件反射で肯定してしまった。


 見上げると曇り空でいつでも雨が降りそうだ。

 通路を抜けるとそこには大きな屋敷がそびえ立っている。


 はぁ……。

 

 ここは私には場違いなところだ。

 牢獄も辛かったけど、これはこれで一種の拷問だ。

 この後は処刑の流れになっちゃうのかな。

 そもそも貴族様と生まれてから話したことがなければ、縁もゆかりも無い。


 ていうか私、何かやらかしたっけ?

 騎士に意識を奪われ冤罪えんざいを被せられ、大切なネックレスも奪われた。


 ……。


 どう考えても被害者だよね。

 


 屋敷の中に入ったら余計逃げきれないけど、抵抗してまた牢屋に捕らわれるのも避けたい。



 私は結局、裏口から屋敷の中に入った。

 後ろを付いていくしか選択肢はないよね。


 壁には豪華な絵画が飾られ、床は一面赤いカーペットで敷き詰められている。


 あぁ。

 どうしてここにいるのだろうか。

 やはり、ネックレスの存在があるからかな…。

 とは言っても、それが原因で捕まる理由は見当もつかない。



 ふと蘇る。

 村で介抱した騎士の存在を。


 もしかしたら、彼はここに雇われている騎士だったりとかしてね…。

 そして、彼から感謝の言葉を聞くために案内されていると…。


 それはないかと自分の考えを否定する。


 確かに騎士が行方不明になったのと、私が彼を介抱しているタイミングは一致していたけれど。

 そもそも騎士一人のために屋敷を歩くわけがないか…。

 だとしたら、騎士自らお礼を言いに来るだろう。


 それとも介抱した騎士の意識が戻ったけど、私の応急処置が気に食わなくて告げ口をしてこの屋敷の主が怒ったとか。


 いやいや、それも違うか…。


 しょうがない。

 ここまで同行してしまったのなら諦めるしかないか…。

 

 いや…。

 私は何も悪事に手を染めてはいない。

 そうだ。

 どうして私が卑屈になる必要があるのだ。

 私はしがない村人だが、決して悪事を働いたわけじゃ無い。


 うん……。


 さっきいた牢屋にイチゴの壁画を彫っていることを除けば…。

 


 とりあえず、鮭の稚魚が川下へと下っていくように私もこの流れに身を委ねよう。

 抵抗した方が危険が伴うだろうし、火種が大きくなる可能性もあるからね。


 目的地に着いたのか、騎士は荘厳な扉の前で背筋を伸ばして声を張り上げた。

「アレク様!彼女をお連れしました!」


「ありがとう。入っていいよ」


 ゆっくりと扉が開かれる。


 扉が開き終える前に中をのぞくと、窓際に黒髪の人が外の景色を眺めている。

 それと、ガラスのテーブルに色鮮やかに並べられたフルーツに手を伸ばす……。

 マーベルの姿も見えたのだった。



「えーっと…」


「そんな畏まらなくいいからね。とりあえず中に入って、長椅子に掛けてくれると助かるかな」


 窓際にいた人が振り向き、私に呼びかける。

 あれ…。

 この人って…。


「し、失礼します」


 私は恐る恐る近づいて、長椅子に浅く腰掛けた。

 平常心を保てるように呼吸を整えようとするが、どうしてもソワソワする。

 さり気なく隣に座っているマーベルをチラ見した。


 むしゃむしゃ。もぐもぐ。


 我が物顔でフルーツを頬張っている。

 コイツを見ると心がちょっぴり落ち着いてきた気がする。


 肝が据わっているというか能天気というか…。少し私にもその図太い神経を分けて欲しい。


 視線を正面に戻すいつの間にか彼が座っていた。

 つい先日、私がと目が合う。


「私の名はアレク・ビーセント。先日は私を助けてくれてありがとう」


 え…。

 もしかしてここの屋敷の貴族様なのだろうか。

  うん。

 貴族様なんだろう。

 もしも、騎士だったらこんな立ち振る舞いはしないか。

 さっきの青年もアレク様って呼んでいたし…。

 

 改めて、アレク様を見つめた。

 介抱した時から思っていたけれど、絶句しそうなほど整った顔立ちをしている。


 肩までかかる真っ黒な髪は正絹のように滑らかで、パッチリと大きな瞳は黒曜石みたいに綺麗だ。

 スッとした鼻梁に、瑞々しい柔らかそうな唇。


 眉目秀麗とはこの人の為にあるのだろうなと見れていると、マーベルが大きなくしゃみをする。


 呆けていた私は、慌てて返事をする。


「ど、どういたしまして。私はルリと申します。もう、お怪我の方は大丈夫そうですか?」


「解毒はされたし、お腹の怪我の方も良好かな」


 アレク様は優しく微笑み、問題なさそうな反応をする。


 私はほっと息を吐いた。

 打ち首になるのは免れそうな雰囲気だ。

 まさか介抱した彼がここの貴族様とは思わなかったけれど。


「私のことを助けてくれたのに、拘束してすまない」


 アレク様は立ち上がり、深々と腰を折り曲げる。


「だ、大丈夫です!アレク様、お顔を上げて下さい。私は気にしていませんから」


 私も無意識に立って、謝罪をしたアレク様の言葉を受け入れる。


 そもそも拘束したのはアレク様じゃなくて、他の騎士だしね。

 ネックレスの行方は気になるけれど……。


「臣下が回収したネックレスはここにあるんだ」


 心の声が聞こえたかのようにアレク様は小袋からネックレスを取り出す。


「返す前に一つ聞きたいことがあるんだけどいいかな?」


 アレク様の目線がネックレスに移る。


 これは母の形見であっては盗んだ物ではありません。

 決して!!

 お願いだから信じて下さい!


「どうぞ……」


 どっくん。どっくん。

 心臓の鼓動が大きくなり体に力が入る。


「……私と以前に会ったことはあるかい?」


 あれ。

 予想していた事とは全然違う質問がきた。


 私は拍子抜けして、強張っていた体から力が抜ける。


 てっきり母親について訊かれると思ったから。

 良かった…。

 もし訊かれたら村長と口裏を合わせた内容を話すところだった。


「……いえ。小さい頃に会ったことは無いと思います」


 幼少期の記憶は無いから交流があったのかわからないけど、私は村人だ。

 貴族様と仲良く遊んでいる姿など想像もつかない。

 仮に交流があったのなら村長が私に教えてくれるはずだし。


「……そうか。昔、似たような子と縁があってね」


 アレク様は一瞬寂しげな表情をしたような気がしたけれど、隣にいたマーベルが口を開く。


「アレクの兄ちゃんありがとな。ルリ姉を見つけてくれて。けど、部下にはきつく叱ってくれよな!」


「ああ。見つかって良かった。こちらこそ臣下がお姉さんを誘拐して悪かった。改めて後日お詫びしたい」


 礼儀や作法の欠片もないマーベルに対しても立ち上がり謝罪をする。


 貴族とは横柄で庶民から搾取してる極悪なイメージの方が強かったけれど、そうじゃない貴族もやはりいるんだね。


 ちょっとアレク様は寛大すぎる気もするけど。

 村人の私でさえマーベルの立ち振る舞いには引っ掛かることがあるのに、全部許容してくれているなんて。


「お詫びは大丈夫だぜ!いっぱい旨いもの食えたし、じいの家に沢山贈り物もあるからな!」


 すみません本当に…。

 不躾ながきんちょで…。

 無事お家に帰れたら、きっちりシゴいておきますので。


 アレク様からネックレスを受け取る。


「ルリ姉も見つかったしオレたちは帰っていいのか?」


 本当はネックレスの事も訊きたかったのだが、それは触れない方がいいのかもしれない。

 もし大切な事なのであれば理由を説明してくれるだろうし、世の中には知らない方が幸せに暮らせる事もある。

 それにこれが大事な代物なのであれば、村人の私から強奪するなんて造作もないはずだからね。

 とりあえず、無事に家に帰れるならそれでいっかな。


 私もマーベルに続いて立ち上がる。


 ……じゅるり。

 ……。

 だけど、これだけは我慢出来そうにない……。


 私もマーベルを見習って勇気を振り絞ろう。

 深く息を吸ってテーブルの上にある果物たちを見やる。


「残っているイチゴは全部食べてもいいやつですか?」


 私の表情はライオンが草食動物を餌食にするような目つきになっているに違いない。

 鏡がないからわからないけどね。

 私はイチゴだけ綺麗に盛り付けられていた山を指差す。


「…もちろん、いいよ」


 アレク様は苦笑して、いちごの山を見つめるのであった。

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