第4話 倒れていた騎士

 

《アレク・ビーセントside》


 目の前にいた護衛たちは次々に斬られて、気付いたらボク一人が取り残されていた。

 正確にはもう一人護衛がいるはずなんだけど、なぜかマリアの姿は見当たらない。


 あっさりと護衛たちが切り捨てられている姿を見てしまって、身体が固まって動けなかった。


 いつもはマリアが傍にいるからあんまり怖くはない…。

 すぐに撃退してくれるから。


 すると、ボクと変わらないくらい小柄な女の子が賊の前に現れた。

 自殺行為なのは誰の目から見ても明らかだ。

 生き残っている人は、誰もいないけれど…。


 女の子は振り返ってボクに向かって叫んだ。


「あなただけでも逃げて!」


 腰まで伸びた水色の髪が揺れる。

 自分と年も変わらないのにこちらに顔を向けて優しく笑って、逃げるように言ってきた。


 彼女はなぜ、ボクを庇ってくれるんだろう。

 そもそもこの子は怖くないのかな?


 ジッと見てみると女の子の小さな肩が震えていた。


 賊は女の子の行動が面白かったのか鞘に剣をしまう。

 唇をベロで舐めながら女の子との距離をゆっくり詰める。


 その隙を見てボクは必死に足を動かそうと意気込んだ。

 けれど、役立たずの足は石で固まったよう動かなかった。


 何でこんな臆病おくびょうなんだろう。

 情けない気持ちになり自然と涙が溢れてくる。


 賊は手の届く距離まで近付いた女の子を勢いよく蹴り飛ばした。

 ゴロゴロと地面を転がってボクの足元に横たわる。


 瑠璃るり色の瞳をした女の子と目が合う。


「…あなたは…怪我し…ない?

 …逃…て…」


 女の子は口から血がこぼれ落ち、言葉は途切れ途切れになっている。

 ボクより傷を負っているのに心配してくる。


「…ダ…ィ。…ッ」


 大丈夫だと返事をしようとしたけれど、歯が震えて思うように言葉が出なかった。


 どうしてこんなにボクは弱いのかな…。


 女の子は口元についた血をそでで拭い、その場から必死に立ち上がろうする。


「何か言い残したいことはあるかい、お嬢ちゃん?」


 賊は収めていた剣を取り出し、いやらしい笑みを浮かべながら一歩一歩近づいてくる。


「彼だけでも…逃がして…下さい」


 土まみれになった女の子は必死に立ち上がった。


「それはできねえお願いだなぁ」


 賊は頼みを聞くはずもなく、容赦なく剣を振り下ろした。


「…逃げ…て…」

 

 仰向けに倒れた女の子は傍から見ても死にそうなのに、ボクを心配してくる。


「クッ…」


 口を噛み締め、拳を強く握ることしか出来ない。

 その場から動けなかったボクはあっさり距離を詰められる。


「次はお前の番だな」


 賊がボクの胸倉を掴む。

 マリア、ごめんね…。


 急に賊が目の前で崩れ落ちた。


「坊っちゃま!ご無事ですか?」


 いつの間にか駆けつけてくれた侍女のマリアが、賊を一撃でやっつけてくれたようだ。


「無事だよ………。それよりも…」


 震える指先を女の子に向ける。


「承知致しました」


 優秀な侍女のマリアは、言葉足らずなボクの説明をすぐに理解してくれた。



  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 

 また昔の苦い記憶が頭の中に広がっていた。


 小さい頃の私はとても気弱で意気地のない少年だった。

 あの出来事がきっかけで、私の考え方は大きく変化したのだろう。


 意識が戻ると知らないベッドで寝かされている。

 私は起き上がろうとお腹に力を入れると、腹部に痛みが走って患部を抑えた。

 包帯が丁寧に巻かれており、治療された形跡がある。


 軋む身体を起こして、立ち上がる。

 部屋の中は薬草の香りが充満して鼻孔をくすぐる。


 窓から月光がテーブルの上に置かれた花瓶を照らす。

 光芒が白い百合を照らし、より一層花の美しさを際立たせていた。


 どのくらい意識を手放していたんだろうか?


 賊に襲撃され、洞窟の中でロイ達とはぐれてしまった。

 敵の武器には毒が塗られており、不覚を取ってしまった私は深手を負った。

 辛うじて殲滅せんめつすることは出来たのだが、そこからは記憶が曖昧だ。

 なんとか洞窟から抜けて、下山する途中で意識を失った。


 そして、気付いたらこの場所だ。

 見知らぬ家を勝手に漁るのは忍びないが、とりあえず情報を集めよう。


 テーブルの上に置かれたメモを発見する。


 お怪我は大丈夫ですか?

 昨日は意識がありませんでした。

 おかゆがあるのでもし良かったら食べて下さい。

 村長の畑仕事で外出中ですが、夕方には戻りますのでご安心して下さい。 ルリ。

 


 ルリ……。


 男性の可能性も否定はできないが、恐らく女性だと思う。

 村人を軽んじている訳じゃないけど、とても綺麗な筆跡だ。

 学び舎に通う貴族たちでもこのような綺麗な字を書く人はあまりいないからね。


 どんな人物なんだろう。


 メモ書きから目を逸らして、窓際に置いてあった写真立てに視線を移す。

 

 苺柄のフレームか。

 近寄って写真立てを手に取る。

 初老の男性が真ん中に立っており、両端には幼い男の子と女の子が並んでいる。


 茶色髪の男の子と水色の髪をした女の子。


 この水色の髪はー…。


 ガチャン。

 扉の開いた音がして、玄関に視線を向ける。


「……おい!てめえ!…何してるんだよ!」


 私を威圧しながら、小柄な少年は叫んだ。

 茶色の髪をしており、黄緑の垂れ目が特徴的だ。


 傍から見れば、知らない奴が無断で人様の家を物を漁っているように映る。

 声を荒らげて怒っても不思議じゃないだろう。


「勝手に物色ぶっしょくしてすまない。もしかしてキミが私を手当をしてくれたのかい?」


 謝罪をして、持っていた写真立てを元の位置にそっと戻す。

 眉間にしわを寄せている彼は、写真にいる少年の面影がある。


「手当したのは俺じゃねえ…。ルリ姉が手当をしたんだ。…クソっ」


 恐らく写真に写っていたもう一人が、ルリなんだろう。

 彼女は夕方には帰ってくるとメモ書きが残されていたけれど、まだ帰ってきた様子はない。


 私はこの少女に見覚えがある…。



「出来ればルリという女性にお礼を伝えたいんだけれどー」


「ルリ姉はさらわちまったんだ!!クソっ」

 

 私の言葉を遮って、少年は金切り声で叫ぶ。

 もしも護衛が傍にいたら彼は取り押さえられていたかもしれない。

 それくらい必死な形相でこちらを睨んでいた。


 声を掛けようとしたら、少年は玄関の扉に拳を振りかざす。


 お礼を伝えたかったけれど、それどころじゃないみたいだ。

 

 誘拐か…。

 何故だろう。


「キミはお姉さんがさらわれてしまったことに、心当たりはあるのかい?」


 少年を落ち着かせようと、優しい声音でゆっくり尋ねる。


「分かんねえ。…けど、ルリ姉を攫ったやつらは騎士の格好をしてたんだよな。だから、盗賊とは違うと思う」


 騎士。

 それだけでは情報が足りず、あまり参考材料にはならない。

 だが、一般の村人を騎士が誘拐するのも不自然な話だ。


「他に特徴や手掛かりになりそうなことがあれば教えて欲しい」


「あんま関係ねぇかもしんないけど、騎士のオッサンめちゃくちゃ絵が下手だったんだ」


 絵が下手な騎士。

 パッと、私の近衛兵のロイが頭に浮かんだ。


 ただ、私は彼の人柄を知っている。

 理由もなく彼が村の少女を誘拐するとは思えなかった。


「片目に傷を負った騎士だったか覚えているかい?」


 ロイの目には古傷があり、外見に目立つ特徴がある。


「んー、分かんねえ。すぐ気絶しちまったし…。もしかしたら、あったかもしんねえな」


 ロイが人攫いか。

 それも村人の少女を……。


「そうか…。私もキミのお姉さんを探すのを手伝うよ」



「ホントか、兄ちゃん!ありがとうな!」


 彼はさっきより少しだけ明るい表情になる。


「それと悪かったな。だいぶイライラしていたから兄ちゃんにあたって…」


 マーベルはバツが悪そうに謝罪をする。


「気にしなくていいよ。ただ、兄ちゃんという呼ぶのは辞めてほしいかな。

 私の名はアレク・ビーセント。キミの名前を聞いてもいいかな?」


「オレの名前か?マーベルだ!」

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