第3話『煌坂リアでーす。アイドルってすっごく面白そう!』

 最後は……『煌坂きらさかリア』さん。

 書類に貼り付けた写真はどうやら自撮りだ。

 しかも友達と撮ったやつなのか、端っこにほんの一部だけ肩か腕が写り込んでいるじゃないか。

 大門寺社長、これをオッケーにしたのか……。

 明るいブロンドを肩まで伸ばした外ハネ気味の髪型。大きな瞳と目立たない鼻筋に、色付きのリップを塗った輝く唇。

 写真の文句が言えないほどの美少女だ。

 こっちが及び腰になってしまう。

 もちろん虹川さんはとってもエネルギーがあって、アイドルらしい可愛さがある。

 さっきの硝子堂さんも、クールで真面目で、落ち着いた綺麗さがある。

 大門寺プロダクション初のアイドルにしてはみんなレベルが高すぎないか?

 原石どころか既に研磨されはじめて、輝きが漏れだしているような気がする。

 ついネクタイをきゅっと締め直してしまう。

 さて、煌坂さんはどこにいるのか……書類に書かれている社長の一言コメント欄を覗く。

 強い筆圧の文字で『レッスン室!』とだけ。

 レッスン室って、あのダンスには向かない四畳半の部屋か?

 とにかく、2階のレッスン室へ階段で駆け上がった。

 分厚い扉をノックするが、返事は聞こえない。

 レバーを下げて押し開けた。

 

「失礼します……」


 そっと中を覗いてみると、爽やかなシトラスの香りが鼻の奥を擽った。

 鼻歌を口ずさみながら四畳半の床に寝転ぶ少女。

 スマホをいじり、有線タイプのイヤホンを耳につけている。

 彼女が3人目のアイドル候補生煌坂リアさんだろう。

 見知らぬ芸能事務所のレッスン室で、こんな堂々と寝転がれるなんて大したもんだ。

 腰に手を当て、煌坂さんを見下ろす。

 俺の影と表情に気づいたのか、大きな瞳が臆することなくニコッと笑う。

 

「あ、もしかして社長が言ってたプロデューサーさん?」


 可愛らしい子猫のような声色だ。

 イヤホンを取ると、埃をはらう仕草で起き上がる。


「話が早いね。そう、今日付けで煌坂さんたちをプロデュースすることになったんだ。よろしく煌坂さん」


 俺の挨拶に、煌坂さんは「んー」と口を軽く曲げた。


「リアって呼んでほしいなぁ。苗字呼びってあんまりだし」

「あぁ分かった。それじゃあ改めてリア、来年のデビューに向けて一緒にやっていこう!」

「よろしくお願いしまーす」


 ゆるく軽い返事だが、癒しのような空気が伝わってくる。

 そういえばリアの書類には簡単な情報以外記載がないな。


「リアはどうしてアイドルになろうと思ったんだ?」

「おもしろそーって思っただけだよ。ちょっとのんちゃんとカフェにいたら、マッチョなスーツおじさんがやってきて、アイドルにならないかぁって、最初ナンパかと思っちゃった」


 つまり、友達と一緒にいたら大門寺社長にスカウトされたわけか。

 アイドルになる理由って本当にバラバラだな。

 たった3人だけなのに、綺麗に分かれている。

 憧れ、手段、好奇心か……。


「なるほどな、そりゃ心強い。えーと、特技は――ダンスか」


 丸みの強い文字で、アピールポイントの欄に書いてあるのを読み上げた。

 ダンスはアイドルとしても欲しいスキルだ。


「うん、特になかったんだけど、アイドルらしいかなぁって」

「えぇ?」

「アタシ、人のダンスとかすぐ覚えられるんだよー」


 そんなことができるのか?!

 リアは毒気のない口調で話す。


「体動かすのも好きだし、友達みんなダンス上手だねーって褒めてくれるんだよ」

「それは凄い能力だぞ。いやぁ頼もしい子が来てくれて嬉しいよ!」


 来年のデビューライブが、ますます現実味を帯びてきた!

 レベルが高いとか思っていたが、案外とんとん拍子でうまく進むかも……。


「あ、でもモチベ下がったらすぐやめるかもー」


 突然スン、と真顔になったリア。

 背中を跳ね飛ばすような言葉は、一瞬楽観的になった俺の姿勢を正すには十分だった――。

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