第34話 祭りのあと
## 1. 新たな城、出陣す
突き抜けるような秋晴れの土曜日の朝。少し冷たい空気が、祭りの始まりを告げているようで心地いい。俺たちはレオの工房の前に集合した。目の前には、数日間の改造を経て生まれ変わった、俺たちの新しい『城』が鎮座している。
「どうだ、お前ら! こいつの名前、決めたぜ。『フロンティア号』だ。チーム名にはちょっと大げさだったが、未開の地を切り拓いていくこいつには、ピッタリだろ?」
レオが、まるで自分の子供を自慢するかのように、胸を張ってバンを指し示す。外見こそまだ傷だらけの中古車だが、その佇まいは以前とは比べ物にならないほど頼もしい。ごついオフロードタイヤが、どんな悪路でも走破してくれそうだった。俺たちの冒険の相棒にふさわしい、無骨で頼もしい姿だ。
「すっごーい! かっこいいじゃん!」
サクラが歓声を上げ、早速スライドドアを開けて中を覗き込む。
「うわ、中も全然違う! シートがふかふか!」
レオが改造した車内は、まさに移動拠点と呼ぶにふさわしいものだった。後部座席は完全なフルフラットになり、大人二人が足を伸ばして眠れるスペースが確保されている。床下や天井には収納が新設され、探索機材や食料を効率的に積載できる。そして何より、大容量のサブバッテリーと電源コンセントが、様々な野外活動を可能にしている。
『レオ、素晴らしい仕事です。内部のエネルギー効率は理論値の98.7%を達成しています。私の計算以上の仕上がりですよ』
俺の肩の上で、プリエスがレオに称賛の言葉を送る。
「へへっ、だろ? お前の設計案が良かったからな」
まんざらでもない顔で、レオが照れ臭そうに頭を掻いた。
「素晴らしい。これなら長期の野外調査も可能ですね。まさに移動研究室だ」
一緒に乗り込んだ桜井博士も、隅々までチェックしながら感心したように車内を見渡している。
「ハルト、タクマ、サクラ、ミオ、博士、準備はいいか? じゃあ、行くぜ!」
レオの威勢のいい掛け声と共に、フロンティア号は、ライブ会場である赤城山へと向けて、力強く走り出した。
## 2. ライブ会場の熱気と静寂
赤城山の麓にある公園に到着すると、既に多くのファンとスタッフが集まり、祭りの前の独特な熱気に包まれていた。紅葉が始まった木々に囲まれた広場に簡易ステージが組まれ、音響スタッフが機材のチェックに追われている。ファンたちは思い思いの服装で、まだかまだかと開演を待ちわびていた。
「皆さん、遠いところありがとうございます!」
ルナが、リハーサルの合間を縫って俺たちの元へ駆け寄ってきた。その表情は、不安よりも期待に満ち溢れている。今日の主役は、もう迷いを振り切ったみたいだな。
『プリエス、記録の準備はいい?』
俺は内心で相棒に確認する。
『いつでもどうぞ。周辺の空間情報エネルギー、ベースラインの計測を開始します』
プリエスは俺の肩の上で小さく頷き、静かにその瞳を閉じた。
俺たちは、博士と共に会場周辺のエネルギー状態を測定し、プリエスに初期データの記録を開始させる。タクマは、いつの間にかイベントの主催者と名刺交換をして、商売の話を始めていた。あいつの商魂は本当にたくましい。抜け目ないというか、ある意味尊敬するぜ。
やがて、一台の黒塗りの車が静かに到着し、中から見慣れた巫女装束の4人組が降り立った。斎チームだ。空気がすっと引き締まるのを感じる。
「ハルトさん。またお会いしましたね」
舞さんが、穏やかな笑みを浮かべて挨拶してくる。
「今日は、警備のお手伝いをさせていただきます」
「心強いです。よろしくお願いします」
俺が頭を下げる。
葵さんはやや不機嫌そうに、詩織さんは静かに微笑み、結さんだけテンション高そうに辺りを見渡していた。
## 3. 歌声が紡ぐ光と影
昼過ぎ、ついにライブが始まった。ルナがステージに上がると、それまでざわついていた会場が、一瞬で静まり返る。そして、彼女が歌い始めると、その場の空気が一変した。
力強く、どこまでも真っ直ぐな歌声が、会場の澄んだ秋空に響き渡る。観客たちは拳を突き上げ、体を揺らし、その歌声に魂を共鳴させていた。サクラと結さんに至っては、すっかりファンの一人と化して、サイリウムを振って応援している。おいおい、警備の仕事忘れてないか? まあ、楽しそうで何よりだけど。
『…すごい。会場全体の情報エネルギーが、急速に活性化しています。人々の感情が、彼女の歌を触媒にして、一つの巨大な流れを生み出している…! これは、一種の広域共鳴現象です!』
プリエスの分析を聞きながら、俺もその熱狂の渦に飲み込まれそうになる。これが、ルナの力なのか。
その時だった。
「…来る」
葵さんが、森の奥を睨みつけながら短く呟いた。その横顔は、さっきまでの不機嫌さが嘘のように、鋭い戦士のそれに変わっている。
「穢れの気配、五つ。形は獣」
詩織さんも、お札を構えながら冷静に告げる。
ルナの歌声が放つ強大なエネルギーに、やはり魔物が引き寄せられたのだ。
「ここは私たちに任せて、あなた方は警備を続けてください」
舞さんはそう言うと、葵さんと詩織さんと共に、音もなく森の中へと消えていった。俺たちが何かする間もなかった。まるで風に溶けるように、彼女たちの気配が消える。
数分後、三人は何事もなかったかのように戻ってきた。葵さんの霊剣の鞘が、微かに浄化の光を帯びているのが見えた。
「…片付きました」
その涼しい顔に、圧倒的な実力を見たのだった。
## 4. 祭りの後に残されたもの
夕暮れが迫り、空が茜色に染まる頃、ライブは大成功のうちに幕を閉じた。アンコールまで全力で歌いきったルナは、満面の笑みでステージを降り、観客たちも満足そうな顔で帰路についていく。
だが、問題はここからだった。
「…博士、これは…」
観客がいなくなった会場を見渡し、俺は息を呑んだ。日が落ちて急に冷え込んできた空気とは対照的に、肌をピリピリと刺すような熱気を感じる。目には見えないが、膨大な量の情報エネルギーが、まるで陽炎のように、会場全体に渦巻いているのだ。
「ええ、分かります」
博士も、厳しい表情で頷いた。
「観客たちの興奮、感動、熱狂…『生きた情報』が、行き場を失ってこの場所に滞留している。このままでは、このエネルギーが何かのきっかけで『核』を得て、新たな魔物を生み出しかねません」
「そんな…」
話を聞いていたルナが、青ざめた顔で呟く。せっかくの成功が、新たな災いの種になるなんて。
「この場所は、準汚染遺跡のように『情報循環阻害魔法』がかかっているわけではない。時間が経てば、いずれ自然に散逸はするでしょう。しかし、それまでが危険です」
博士のその言葉に、舞さんが鋭く反応した。
「…博士。今、『準汚染遺跡の循環阻害魔法』と仰いましたか? それは、一体どういう…?」
「おっと…」
博士は、失言に気づいたように口ごもった。だが、舞さんの真剣な眼差しから逃れられないと悟ったのか、観念したように話し始めた。
「…あまり公にすべき話ではないのですが。一部の遺跡では、情報エネルギーが自然に還元されるプロセスが、何者かの手によって人為的に阻害されている可能性があるのです」
「それは、誠ですか…?」
舞さんの声が、微かに震えている。彼女たちにとって、それは世界の理を揺るがすほどの情報だったのだろう。
「博士、そのお話、後日、詳しくお聞かせ願えませんか?」
「…ええ、分かりました。私にとっても、あなた方の持つ『伝承』は非常に興味深い」
こうして、科学と伝承、二つの知性が、交わる約束が結ばれた。
## 5. 想いを束ねて、結晶へ
「じゃあ、この渦巻いてるエネルギーは、どうすれば…」
ルナが不安そうに尋ねる。
俺はとりあえず思いついたことを口にした。
「舞さん、神社でやっていたような浄化の儀式とか、できるんですか?」
「浄化の儀式には、要石が必要です。この会場には持ってきていませんし、神社など特定の場所でないと難しいかもしれません。簡易的なお祓いのようなことならできますが、これほど強大なエネルギーを完全に浄化するのは…」
舞さんも、少し難しい顔をしている。
どうする。このまま放置して、もし魔物が生まれたら、ルナが自分を責めてしまう。それだけは絶対に避けたかった。
『ハルト、やるしかありませんね』
プリエスが俺の覚悟を促す。
『ああ。失敗するかもしれねえけど、やる価値はある』
俺は決意して提案した。
「試してみたいことがあるんです。あの情報エネルギーを結晶化できないかと。魔物になる核があれば魔物化する、のであれば、結晶の核を作れば結晶化できるんじゃないかと」
博士が俺を見て驚いた顔をした。
「ふむ…理論上は可能だ。だが、膨大で複雑な多人数の感情の流れに触れるのは相当危険ではないか? 下手すれば、君自身の精神が飲み込まれてしまうぞ」
『大丈夫です、博士。私が、ハルトの精神をナビゲートします』
プリエスが、絶対的な自信を込めて宣言する。その声が、俺の不安を打ち消してくれた。
「大丈夫です」
俺は力強く頷いた。
俺は深呼吸をして、渦の中心に立ち、精神を集中させた。途端に、何千人もの「楽しかった!」「最高だった!」という純粋な歓喜の感情が、津波のように俺の意識に流れ込んでくる。あまりの奔流に、一瞬、自我が消し飛びそうになる。
『ハルト、個々の感情に囚われてはいけません! 大きな流れ、その中心にある純粋な『感謝』の念だけを捉えるのです! それがこのエネルギーのコアです!』
プリエスの的確なナビゲーションが、俺を奔流の中から引き上げてくれる。
そうだ。このエネルギーは、危険なものじゃない。これは、ルナの歌に対する、みんなからの「ありがとう」の気持ちなんだ。この温かい想いを、俺が形にするんだ。
「この想いを、形にする…!」
俺は、流れ込んでくる感謝の感情だけを受け止め、それを一つの方向へと束ねていく。俺の手の中に、小さな光の点が生まれる。
すると、その光は周囲の熱気を凄まじい勢いで吸収し、急速に大きくなっていく。まるで小さな太陽が生まれるみたいに、眩い光が辺りを照らした。
やがて、光が収まった時、俺の手の中には、直径15センチはあろうかという、美しい夕焼け色に輝く巨大な情報結晶が握られていた。ずしりとした重みが、確かな達成感を伝えてくる。
「…これは…」
博士は、言葉を失って結晶に見入っている。「『生きた情報』を…これほど純粋な形で結晶化するなんて…。私の研究が、一気に進む…!」
舞さんも、信じられないといった表情で呟いた。
「祭事の後に、ごく稀に生まれるという『霊石』…。それを、人為的に…」
その後、俺たちは斎チームにお祓いをしてもらい、会場の熱気は徐々に和らいでいった。最後には渦巻いていた熱気はすっかり消え去り、後には心地よい静けさと、達成感だけが残っていた。
「ありがとう、ハルト君、みんな…」
ルナが、涙ぐみながら俺たちに頭を下げた。
「これで私、また安心して、みんなのために歌えるよ」
その笑顔を見て、俺は、今回の依頼を引き受けて本当に良かったと、心から思った。
## 6. それぞれの帰路、そして未来へ
出来上がった情報結晶は、博士が「研究費から出す!」と息巻いて買い取ることになった。その買い取ったお金で、俺たちの報酬と、斎チームの活動資金の支払いに当てることで合意した。
帰りのフロンティア号の中で、タクマが早速そろばんを弾き始める。
「博士、それ普通に市場に出したらいくらしますかね? もう少し出してもらっても良いと思うのですが」
「うーむ…予算がなぁ…しかし、この価値は計り知れない…」
などと真剣に交渉しているのを、俺は微笑ましく見ていた。
サクラとミオは今日のライブの話で盛り上がっている。どうやら、すっかり斎チームの結さんとも打ち解けたらしい。
レオが今日の歌を口ずさみながら運転するフロンティア号が、夜の街灯に照らされて、静かに走っていく。
俺は、手の中に残る結晶の温かい感触を確かめながら、今日の出来事を反芻していた。
歌声が魔物を呼び、そして、人々の想いが新たな希望を生み出す。この世界は、俺が思っているよりもずっと複雑で、そして面白いのかもしれない。
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